第5話 我慢比べ

「ひひっ……ひぃ~くすぐったいぃ~ひぁはは~」


 部屋に必死で笑いを堪える声が響き渡る。

 その声の正体はこの部屋の主である小百合である。

 フローリングの上に座り膝を曲げて足の裏を重ね合わせている。いや、正確には両足裏をスレスレのところで離している。

 小百合の足の裏にはたくさんの小人たちが貼り付けられていた。1ミリちょいの大きさしかない人々がびっしりと小百合の足裏にこびりつきながら、その小さな身体でぴちぴちと暴れているのだ。

 彼らはみんな小百合の唾液を全身に浴びた状態でしっとり肌の足裏に粘りつき身動きがとれないでいた。


 小百合は身をよじりながら足の裏にくっついている小人たちの動きによるくすぐったさに耐えて遊んでいたのだ。

 最も当の小人たちは2000メートルを超える小百合の足裏の表面で、激しい揺れや反対側の足のうねるような動き、そして0距離からの汗ばんだ足の裏の匂いによる地獄の苦しみを味わっていた。


「あ~も~限界ぃ~ひぃ~~!」


 もう我慢の限界と思った小百合は両方の足裏をぴったりとくっつけて両足をごしごしと擦り廻す。

 痒さを払拭する為のごく自然的な動き。しかし小百合のその何気ない動作によって足の裏に貼り付いていた小人たちは文字通り完全に磨り潰されていた。

 超高速で交差する肉の壁は小人たちが断末魔を上げる間もなく磨り潰し、あっという間に足裏の染みと化していった。


「あ~こそばゆかった~。ふぅ、スッキリした!」


 足指をぐっぱぐっぱしながら身体の力を抜く小百合。どうやらくすぐりには弱いようだ。


 小百合は夏休みを心待ちにしていた。中学に入って初めての夏休みなのだ。まだまだ遊び盛りな小百合にとって、夏休みは体力の許す限り遊び倒せる一大イベントだった。

 特に、夏休み初日は小百合の大好きなひとつ年上の親戚が遊びに来る日なのである。小百合はその日を今か今かと待ちわびていた。


「早く会いたいなぁ~。」


 そう言いながら小百合はおもむろに右手の人差し指をべろりと舐めると、小人たちが囚われている箱庭へと手を伸ばしていった。



 ※



 待ちに待った夏休み初日、小百合は部屋の中でその場を行ったり着たりしていた。ソワソワしているのだ。

 足元の近くの箱庭にいる小人たちは小百合の落ち着きのない足運びによって大地震に見舞われた。住人全員が地面から数メートル浮き何度も地面に叩き付けられていた。


 ピンポーン♪


「!!」


 小百合は呼び鈴の音に敏感に反応し、ダッシュで部屋から飛び出していった。

 小百合の一連の動きによって箱庭の一部の建物は崩壊し、数百人の小人が死亡していた。


「待ってたよ麻百合ちゃんッ!!」


 玄関で犬のように荒い息づかいをして親戚を迎える小百合。

 そこには会いたがっていた麻百合が笑顔で佇んでいた。


「やっ♪小百合ちゃん♪元気だった?背ぇおっきくなったねぇ~」


 まるで祖父母のような台詞を言う麻百合。小百合のことを実の妹のように想っている優しい声色だった。


「もう!小百合はもう子供じゃないもん!そんな言い方やめてっ!」


 怒りながらも嬉しくて堪らない小百合は、麻百合の手を引っ張るようにして自分の部屋へと走っていった。


 ガチャ


「お~懐かしいねぇ!全然変わってないや。」


「そ、そんなことないよッ!ほらっ、今風のポスターとか貼ってるし、化粧品だって……ッ!」


 あせあせとしながら中学デビューを必死にアピールするが、ポスターはメジャーなバンドのものがたった一枚、化粧品といってもペディキュア用の物が一個と、ちょっと背伸びした程度の変化だった。


「そうだ!また一緒に小人で遊ぼうよ!」


「え?まだ残ってたの?あのオモチャ。」


「ううん、前のはもう全部使い切っちゃった。でも、また新しいのが手に入ったんだよ!」


 そう言って小百合は箱庭を指差した。

 箱庭の住人たちは新たに現れた巨人に怯えていた。

 麻百合は中学二年生の少女で、小百合のお姉ちゃん的な存在である。髪は明るい茶色のショートカットで、小百合とはうって変わって高身長と豊満な乳房が魅力的だ。中学生とは思えないスタイルの持ち主だった。


「今日はどうやって遊ぶ?」


 麻百合が訊ねると、小百合はくるっと振り向きながらドヤ顔で即答した。


「我慢比べッ!」


「我慢比べ?小人で?どうやって?」


「小人を足の裏に貼り付けてこちょこちょするのを我慢するの!んで、先に一人でも潰した方が負け!」


「なるほど、そういうことか。よぉし、受けて立とう!」


 そう言って二人は早速指を舐めて箱庭の中に入れ始めた。


 小人たちは巨人たちの会話を聞いていた。いつもの巨人がここ最近続けている遊びのことだろう。

 だが、だとしたら絶対に捕まるわけにはいけない。巨人のあの遊びに連れていかれて生きて帰った者は誰一人としていなかったのだから。

 小人たちは我先にと逃げ回るが巨人たちの指は確実に小人らを捕らえていった。小人の足では1000倍の大きさの指から逃げ切るのは至難の技だった。

 次々に上空の掌へと運ばれていく人々。掌の上の点が程よく埋まると、二人は箱庭から離れた。

 掌の上の小人たちは自分たちの身に降りかかる強力な重力と指紋で凸凹とした不安定な足場からの落下に耐えていた。


 小百合と麻百合は向かい合って床に座ると、せーので自分の足の裏に唾液まみれの小人たちを付着させていった。

 汗をかいた足の裏はそのままでも充分な吸着性を持っていたが、笑いを堪える際の揺れで落下してしまってはゲームにならない。

 彼女らは入念に小人を貼り付けていった。

 二人の少女の両足裏に大量の小人たちが密着している。お互い最後の小人を貼り付けたところでゲームスタート。二人は両足裏を近付け小人たちのくすぐりに備えた。


「う……うひひっ……!」


「ん……あ、あはははっ……!」


 二人は上半身をくねくねと動かして痒さを紛らわす。足がピクッピクッと何度も痙攣していた。

 その間小人たちは汗臭い足の裏の表面で、必死の命乞いをしながら泣き叫んでいた。4つの巨大な肉の絶壁が激しく振動し、向かいの足裏が間近で暴れまわっていた。

 小人たちは大声で悲鳴を上げたが彼女たちの巨大な笑い声によってかき消され、巨人たちの耳には届かなかった。


「ひぃあぁ~ッ!ま、まだ大丈夫なの~!?」


「くッ!あはは…まだまだぁ……!」


 勝負を仕掛けた小百合が早くも音を上げる。小百合は何度も練習に励んではいたものの、敏感な足裏をくすぐられるのに最後まで慣れることができなかった。

 元から敏感肌でくすぐったがりの小百合にこの勝負は不利だったのだ。


「あっあっあぁ~ッ!も、もうだめぇぇぇ~ッ!!」


 小百合は我慢できずに両足をくっつけてしまった。そしてそのまま全力でゴシゴシと両足を擦り合わせた。


 プチッ プチッ プチチチッ


 小百合の足裏の間で大勢の小人たちが強固な皮膚のピストンによって弾けとんだ。

 小百合の大きな笑い声と共に沢山の小人の弾ける音が麻百合勝利のゴングとなった。



 ※



「あ~あ……麻百合ちゃん強すぎ…。」


「違うよ。小百合ちゃんが弱すぎるんだよ。」


 勝負を終えた二人は脚を伸ばしてジュースを飲みながらリラックスしていた。

 結局、麻百合の足裏に付いていた小人たちもその後同じように磨り潰された。麻百合曰く心地よい感触だったそうだが、小百合は痒みを消すのに精一杯で感触を楽しむ余裕なんてものはなかった。


「うぅ、悔しい……。ジュース飲んだら、もう一回リベンジねッ!」


「ふふっ、いいよ~いくらでも相手してあげる♪」


 二人の足元にある箱庭の人々は再戦の決定を耳にし、逃げ場のない街の中を死に物狂いで駆け回っていた。

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