第26話 おしゃべり

 三人の間に突然現れた少女はペーパーホワイトの紙吹雪を避けようとしなかった。姿勢を変えずに、ただシザースグレーに向けて手を振っているだけだった。

 ペーパーホワイトの紙吹雪が彼女に迫り、そして貫いた。

 しかし少女がダメージを受けた様子はなく、何もなかったかのように微笑んでいるだけだった。

 ペーパーホワイトとロックブラックはその光景に驚きを隠すことができなかったが、シザースグレーだけはそれがどうしてか気づいていた。

 シザースグレーはレインとの戦闘で、どうしたら魔人にダメージを与えることができるのか知っているからだ。

 シザースグレーはハサミに魔力をまとわりつかせて、その少女に向けて突き出した。


「はぁ!」


 シザースグレーのハサミが少女を貫いた。すると、少女はゆらりと揺れてその姿をくらました。


「違うよシザースグレー。それは違う。それは私には効かない」


 部屋の中に少女の声が響いた。その声からは少女の居場所を特定できなかった。部屋その物から声が聞こえる、もしくは頭の中に直接声が聞こえると表現した方が良いだろうか。そんな感じだった。


「どうして私の名前を知っているの!?」


 シザースグレーが叫んだ。すると、微かな笑い声と共に少女の声が響く。


「フフフ。あなたの名前は魔人の中では有名なんだよ? シザースグレー」


 少女は笑う。


「ロックブラックとペーパーホワイトはまだまだ知名度が足りないから、もっと頑張ろうね」

「お前は誰だ!」


 ロックブラックが叫ぶと、今度はロックブラックの背後に少女の姿が幻影のように揺れた。少女はロックブラックの肩をポンポンと優しく叩いた。

 ロックブラックは驚いて、振り向きざまに攻撃を仕掛ける。

 その攻撃は確かに少女の顔面を捉えていたが、少女の姿は先ほどと同じように掻き消えた。


「私はミスト。魔人ミスト。よろしくね。──ところで、そろそろ運動したいんだけど、攻撃を仕掛けてもいいのかな?」


 ミストは楽しそうに笑っていた。それとは対照的にロックブラックが怒りに任せた怒声を飛ばした。


「馬鹿にしやがって! かかってこい! ぶっ飛ばしてやる!」


 ミストは「じゃあいくよ?」と言った。

 ミストの戦闘開始宣言と共に、シザースグレーの中に深い霧が立ちこみ始める。その霧はどんどん深くなっていき、遂には床すら見えなくなった。


「二人とも! 外に出よう!」


 シザースグレーはそう言って、窓ガラスを突き破った。シザースグレーの部屋はマンションの十階にあるので、それなりの高さなのだが、彼女たちは魔法少女であるためにマンション十階の高さから飛び降りるなんて余裕である。

 シザースグレーは地面に着地したが、顔をあげたと同時に驚いた。

 そこには見渡す限り、いや、見渡すことができないほどの真っ白な景色が広がっていた。

 すでにミストの能力によって町全体が深い霧に覆われていたのだ。


「フフフ。シザースグレー。魔人にもいろんなタイプがいるんだよ?」


 どこからかミストの声が聞こえる。


「レインは正直な戦い方をするよね。敵を真っすぐ見据えて戦う。サンもそんな感じ。クラウドはもっとずる賢く、敵の体力を削っていく。シザースグレーはクラウドと戦ったことはあるんだっけ? ──サンダーとウインドに関しては、彼女らはチートだから出会ったとしても戦おうとしない方が良いよ? これ、私からのアドバイスね」


 ロックブラックとペーパーホワイトが地面に着地してシザースグレーと背中を合わせる。


「そうやって背後を取られないようにするのは、とても良いと思う。視界が不明瞭な時はとにかく隙を作らないようにしないとね……でもね」


 その時、シザースグレーの視界に深い霧の奥で輝く閃光のようなものが見えた気がした。


「飛んで!」


 シザースグレーが合図すると、ロックブラックとペーパーホワイトも続いて高く飛びあがった。

 刹那、三人がいた場所に鋭い大鎌が振り下ろされた。


「おお」とミストの嬉しそうな声が響いた。


「さすがはシザースグレーだ。魔力の感知に優れてる。でもね、まだ足りない。シザースグレーだけじゃなく、ロックブラックとペーパーホワイトも、もっと魔力を感知する能力を高めなくちゃだめだよ。それこそ、目をつむっていても周囲の状況を把握できるくらいにね」


 シザースグレー達はミストの姿を全く捉えることができないことに危機感を抱えていた。姿が見えないことには攻撃もできない。周囲に攻撃をバラまくことも考えたが、周辺は一般人が住む住宅街だ。一般人を危険にさらすわけにはいかない。


「そういえば、さっき敵がシザースグレーに『それは違う』って言ってたけど、何のこと!?」


 ロックブラックが空中でシザースグレーに尋ねた。


「あの人たちは魔人って言うんだけど、魔人には普通の攻撃が通らないの! 魔人には魔力を流し込む攻撃しか効かないみたいで!」

「あのさぁ」


 その時、三人の目の前にミストが突然姿を現す。


「私の話聞いてた?」


 ミストはその身体よりも何倍も大きな大鎌を大きく振りかぶった。鋭い一撃がモノクロームの三人をまとめて刈り取ろうとする。そこへロックブラックが硬化させた腕を差し込んで大鎌を受け止めた。

 しかし、勢いを相殺することはできず、モノクロームの三人は地面に落とされてしまった。


 相変わらず真っ白で不明瞭な視界の中で、シザースグレーは二人の安否を確認する。


「大丈夫!?」

「私は大丈夫……」

「私も大丈夫です……」


 シザースグレーはひとまず安心したのだが、目の前で魔力が光ったのを見てとっさにハサミを自分の前で盾にした。

 大きな金属音が鳴ってハサミと大鎌がぶつかり合う。ミストは「ふふふ」と笑いながら、またも深い霧の中に姿を隠した。


「ほらほら、戦いの中で成長しないと首と身体が分割されちゃうよ? もっと集中して魔力を感じ取らなきゃ」


 ミストの声は微かで震えていて、非常に細い声なのだが、どこか楽しそうだった。


 ●


 ミストが外で戦っているとき、一緒にやってきたレインはシザースグレーの部屋に侵入して、デビちゃんのことを探していた。

 シザースグレーの部屋の中にはぬいぐるみくらいしか見当たらなかったが、レインは部屋の中の魔力を探すことにした。

 目を閉じて、深く息を吸い込む。すると、目を閉じているのにもかかわらず、部屋の構造などがはっきりと感じ取れる。


「……いた」


 レインが手を伸ばしたのはシザースグレーのぬいぐるみコレクションの中。ずぼりと手を突っ込み、何かを掴んで引き抜く。


「あ、うす」


 レインがデビちゃんの頭を鷲掴みにしていた。




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