第18話 図書室の怪 ②


「そうなのかなぁ? 僕はてっきり、この本に書いてあるような物の怪達のせいだと思ったんだけどなぁ」


 安倍くんが、一冊の本を手に取ると、意地悪そうな顔をしてわたしを見た。手に持っているのは、『陰陽師の晴明くんはのんびりスローライフを送りたいのに、みんなが許してくれません!』という長い題名の本。


 この人、何が言いたいんだろう?

 どこまで知っているんだろう?

 意地悪い顔をしているってことは、わたしのことを挑発してる?

 探っている?


 でも、安倍くんとは面識ないと思うんだけどなぁ……。

 

 わたしがどう答えたらいいかわからなくて安倍くんを睨みつけていると、リサちゃんがパンと安倍くんの肩を軽く叩いた。


「やだあー。安倍くんって、そういうの信じるタイプ?」


 ありがとう! リサちゃん!!


 わたしは心の中で、この険悪な空気を変えてくれたリサちゃんに拍手を送る。


 不意打ちをうけた安倍くんは、ふらっとよろめいて、展示コーナーに手をついた。持っていた本が床に落ちる。安倍くんは、一瞬むっとしたような顔をしたけど、細い目をもっと細くして、目元をさげる。

 そして、神経質そうに、展示コーナーの薄い水色の布をなおし始めた。自分が手をついたことでシワになった部分がわからなくなると、今度はその手を自分の前髪の先に持っていって前髪をいじり始めた。そして、すごく、もったいぶった感じで言った。


「僕の遠いご先祖様は安倍晴明だって言われているからね……」

「……」


 リサちゃんは、すこし首をかしげてさりげなくスルーする。わたしも視線をそらして、安倍くんが落とした本を見る。さすがの安倍くんも微妙な空気を感じ取ったらしい。わざとらしく咳ばらいをした。そして、声のトーンをさげて、「それに、……」と言った。


「それに? なになに?」


 リサちゃんも声のトーンを下げて、聞き返す。


「ここだけの話なんだけどね、でるって噂なんだよ」

「でるって? どこに?」


 リサちゃんとわたしはきょろきょろと図書室の中を見渡す。机に向かって勉強している人。書架で本を探している人。しっぽが生えていたり、制服以外の姿をしている人はいない。リサちゃんとわたしは、顔を見合わせて、ちょっとだけ笑いあう。


 でも、背の高い書架がいくつも並んでいるから、図書室全体はなんとなく暗い。ぎっしりと詰め込まれた本は、ちょっとだけかび臭い。こんなところだったら、ユウレイとかがいても不思議じゃない。


 安倍くんの話も、まんざら嘘ではないのかなぁ。

 指がピリピリするのはそのせいだったのかなあ。

 でも、なんか違うような気もする。


 わたしとリサちゃんが困ったような顔をしていると、安倍くんが口もとに手をあてて、さらに声のトーンを下げる。


「窓側に一人用の机と椅子が並んでいるだろ? 右から三つ目の席なんだけどね……」

「……、あの席……?」


 リサちゃんとわたしは、安倍くんが言う机と椅子を見る。目を凝らしても、何も視えない。


 なーんだ。なんにもいないじゃない。


 わたしが口を開こうとしたら、リサちゃんがわたしの手をきゅうっと握ってきた。ひんやりと冷たくなったリサちゃんの手。リサちゃんの目はこわいものみたさで、じぃっと机を見ている。


「そう……。今も誰も座っていないだろう? あそこに座ると、急におなかが痛くなったり、カタカタっと小さく机が揺れることがあるらしい」

「それって……」


 リサちゃんが、ごくりと唾を飲み込む。安倍くんがリサちゃんの反応に満足げにうなずく。わたしは、なんだか白けた気分だったけど、この場の雰囲気を悪くするわけにもいかないので、神妙な顔をしてみる。


「そう。鈴木さんの想像しているようなことかもしれないよ」


 安倍くんがさらに続ける。


「閉館の時にきちんと椅子を机にもどすことが図書委員の仕事なんだ。それなのにあの席、椅子が出っぱなしになっていて、獣の毛のようなものが机の上に落ちていたんだって」

「…… そ、そうなの?」


 リサちゃんがふるっと震えて、わたしの腕をつかむ。


 獣の毛? なんだろう?

 

 わたしはそう思いながら、リサちゃんの手に手を重ねる。たぶん、安倍くんからみたら、女子生徒がふたり自分の怪談話で怖がっているように見えたんだと思う。狐のような細い目がぐぐっと細くなる。


「うん。僕が司書の先生の代わりに図書室を開けた時も、生臭いにおいがしたし、……、これは絶対何かいるよ。でも、この話は内緒だよ。図書室にお化けがいるだなんて噂が広まったら、利用する人が減っちゃうからね」

「で、でも、安倍くんをはじめ、図書委員の人たちは怖くないの?」

「僕たち、図書委員の仕事は、本を読む人の居場所を作ることだよ。だから、ユウレイだって、物の怪だって、本を読みたいのなら、迷惑の掛からない範囲で読めばいい。もし、図書室を利用している人にいたずらをしたり、本を破損したら、即刻、僕が調伏するから問題ないしね!」

「え? 安倍くんって、ユウレイや物の怪を調伏することができるの?」


 わたしと手を握り合って震えていたリサちゃんの目つきが変わった。


「まあね。だから、言ったじゃないか。僕は安倍晴明の生まれ変わりだって!!」






 数日後、クラスでは、図書室にが出るらしいという噂でもちきりだった。図書室から人がいなくなるかと思ったら、その逆で、放課後の図書室は、いつも満員状態らしい。あの、展示コーナーの本もすっかり貸し出されてなにも残っていないという話を誰かがしているのを聞いた。


 噂の出どころはリサちゃんじゃなくて、図書委員の倉田さんだった。リサちゃんはちゃんと約束を守って喋らなかったのに、図書委員自ら、言いふらしたらしい。他のクラスも同じような感じだった。


 そんな中、教室に安倍くんがやってきた。


「鈴木さん、芹沢さん、今週の木曜の夜って空いているかな?」

「?」

「図書室に出るを調伏するから、一緒に来てほしい」

「はい?」


 わたしの裏返った声とリサちゃんの黄色い声が重なった。




 





 

 




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