第4話 実はあやしい理科準備室 ②


「ねえ、おばあちゃん、物の怪って怖いの?」

「難しい質問だねぇ。なずなは物の怪の見た目が怖いのかい?」

「う――ん。 さすがに目が100個あったら、怖くて泣いちゃうかもしれないけど、……、あんまり怖くないかな」

「そうか」

「でも『三枚のおふだ』にでてくるやまんばは怖かった」

「そうか。人間を襲うかもしれないと思うから怖いんだね」

「そうかも。物の怪って、人間に会ったら人間を襲うものなの?」

「それはないね。物の怪だって、普通に暮らしている。ただ、人間に嘘をつかれたり、だまされたり、約束を破られると、怒って自分を見失ってしまう。そうなると、悪霊になって、人間を襲ってくるね」

「へえ……、そうなんだ。じゃあ、友達になれるの?」

「ああ。なずなは物の怪と友達になりたいのかい?」

「うん」

「どうしてだい?」

「だって、楽しそうじゃない?」


 





 ヒヤっと、背中が冷たいし固い。

 モフモフとした暖かいものが頬にあたる。

 

 ん――?!


 わたしは、はっとなって飛び起きた。


 やっぱり、理科室の実験台の上じゃん! 背中が、冷たくて固かったのは、実験台の甲板のせいだった。


 でも、なんで、こんなところに寝かされているんだっけ?


 えっとぉ、すずしろのあとから、理科準備室に入って、それで、いたちとか見て、びっくりして、気を失って……。

 

 わたしはあわてて実験台の上から降りた。少し汚れた制服のスカートをはたく。そしてゆっくりと実験室の中を見渡す。

 

 柳井センパイが少し離れたところで本を読んでいる。

 実験台の上に丸くなって、すずしろが自分の前足をなめている。

 さっきの出来事はなかったかのような普通の理科室にちょっとだけほっとする。


 わたしはすずしろの翼のある背中をそっとなぜる。すずしろが、『みゃあ』と子猫のような鳴き声をあげて、わたしを上目遣いで見る。わたしは、すずしろを抱き上げると、ぎゅっと抱きしめた。


「気がついたか?」


 柳井センパイが本から目を離して、わたしのほうを見た。


「……すみません。お世話をおかけしました」

「いや。問題ない。芹沢は、物の怪に会うのは初めてだったのか?」

「はい」

「それじゃあ、一度にたくさんの物の怪に会ったから、妖気酔いを起こしたんだろう」


 神経質そうに、眼鏡のつるに手をかけて、眼鏡をかけなおしている。片方の眉がわずかにしかめられたような気がする。


「妖気酔い?」

「妖気とは、物の怪から出る人間のいうところの『気』みたいなものだ。幻覚を見せたり、攻撃することが出来る」

「へぇ……」

「芹沢、お前、陰陽師を知っているか?」

「? マンガで読んだことありますが……」


 最近、リサちゃんに借りた平安時代を舞台にした恋愛マンガに、安倍晴明という陰陽師がでていたような……。

 

 それを聞いて、柳井センパイが「マンガかよ」とがっくりと肩をおとした。


「まあ、いい。昔は、人間も『気』を扱ってきたけれど、進化の過程で、目に見えない『気』よりも目に見える科学を選択した。目に見えないものは信じない。すべては数式で解決できると信じることにした。おかげで、世界から、『気』が失われてしまった。芹沢、お前、霊感が強いだろ? それが『気』を感じる力だ」

「あ、……はい」


 柳井センパイがわたしの秘密を知っていたようで、ちょっとだけびっくりする。


「人間社会には、さほど『気』は溢れていない。だから、危険回避のためにお前は無意識のうちに感度をあげていた。『気』にふれると体のどこかがしびれたりしなかったか?」

「あ、……面倒ごとが起きそうな時には右手が……」

「それだ。それが、『気』が溢れている世界に足を踏み入れたから、感度が振りきれた。つまり、小さなボソボソ声を聞こうとイヤホンの音量を上げていたところ、急に大音量の音が流れてきたのと一緒だ」

「はあ……。それって自分で調整できるんですか?」

「今度は無意識に感度を調整するだろう。人間の体とは不思議にできている。すごく臭いにおいの中に入ると最初どうにかなりそうと思うが、そのうち慣れてしまうのと同じだ。臭いといえば、最近、くさやという魚を西園先生が三宅島のお土産に買ってきてくれたのだが、それを理科準備室で焼いたときには……」


 柳井センパイの説明は、やっぱり、説明くんのする説明だった。よくわからないなぁと思う。でも、わたしは、なんだかおかしくなってきて、思わずふふふっと笑ってしまった。柳井センパイが少しだけ顔を赤くする。


「と、とにかく、、あいつらも三好堂のアイス最中が大好物で、出てきてしまったんだ」


 柳井センパイはそう言うと、、パタンと本を閉じた。


 わたしはちらりと理科準備室の方を見る。


 そういえば、普段、理科準備室にはいれないことを思い出した。西園先生は危険な薬品も多く保管していて危ないと言って鍵もかけている。


「芹沢が見た通り、理科準備室は、物の怪の世界に通じる場所なんだ。お前はこいつの世話係になったから、これからは理科準備室に自由に入れる。それをちゃんと説明しておけばよかった。そして、これが、理科準備室の鍵」


 そういって、柳井センパイがポケットから鍵を出した。


「あ、はい……」

「月長石と鍵はとても大切だから、いつも肌身は出さず持っておくように」

「はい……。それで、さっきのは……」


 わたしは鍵をうけとって、もう一度、ちらりと理科準備室の方を見る。


「鳴釜の『りんりん』、かまいたちの『いたにゃん一号』『いたにゃん二号』『いたにゃん三号』、雲外鏡の『ふぇるなんど』、ぬらりひょんの『ぬ~べ~』、それから……」

「そ、そんなにいたんですか?」


 おまけに、ツッコミどころ満載の名前の数々! 鏡の物の怪である雲外鏡の名前が『ふぇるなんど』だなんて、笑える。

 わたしは頭の中で、ふぇるなんどという名前の雲外鏡を想像する。


「ああ。あいつら、ちょっと油断すると、すぐ出てくる。今回は、名づけてもらって妖力のあがったすずしろが、ふぇるなんどに向かって、『冷蔵庫をあけてアイス最中を出してくれ』って頼んだから、うじゃうじゃ出てきてしまった。自分もうかつだった。すまない」

『みゃあぁ~』


 すずしろがわざとらしく子猫の鳴きまねをして、しおらしくしている。

 柳井センパイにいろいろ言われたのかな?

 でも、そんなことを気にするようには思えないんだけどなぁ。

 となると……。


「……、すずしろ、もしかして、わたしの分のアイス最中も食べてしまったの?」


 すこし首をかしげてすずしろがとぼけたような顔をする。


『みゃあ?』


 あ、これ、食べたな。








 

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