「かおりちゃんも、木村くんも、片山さんも、松井さんも、みんなみんな、学校に行けば会える。新しい友達や先生たちと、先輩たち。みんな優しくて、面白くて、親切で、時々怖いけど、だけど毎日楽しい。なのに、吉田くんがいないことを思い出すことがある。そうすると、急に悲しくなる。楽しかったのが、全部消えちゃうくらい、悲しくなるの」

「ごめん……ごめん、佐藤……」

「謝らないで。吉田くんは、何も悪くないよ。悪いことしてないよ。誰も悪くない。だから余計に、この悲しいのをどうしたら良いのかわからないの。誰にも怒れない。誰も責められない。どうにもできなくて、心の中でぐちゃぐちゃになる」

 ずっと抱え込んでいた思いを、吐き出すようにぶつける。

 こんなことしたって、悲しい顔をさせるだけだ。

 吉田くんは、黙ってしまっている。

 わたしも何も言えなくて、そのまましばらく沈黙が続いた。

 口火を切ったのは、わたしだった。

「…………ごめんなさい」

「佐藤……」

「吉田くん、せっかく会いに来てくれたのに、こんなこと言って困らせて……ごめんなさい」

 そうだ。吉田くんは、ちゃんと会いに来てくれた。

 その事実が、今更になって込み上げてくる。

 喜ぶべきなのに、わたしは何をやっているんだろう。

「良いよ。佐藤が、そうやって思ってることを話してくれて、おれは嬉しかった」

「嬉しい? どうして?」

「だって佐藤、いつも教えてくれないから。顔に出るけど、佐藤の言葉で聞けることなんて、滅多にないから」

 吉田くんって、考え方が大人だ。

 どうして今ので、怒らないでいられるんだろう。

「それに、やっぱりおれが悪いよ。だっておれのせいで、悲しい気持ちになったんだろ? だったら、おれを責めていい」

「……やだ」

「佐藤?」

「そんなことしたいんじゃない。わたしは、吉田くんに会えて嬉しいのに。こんなことより、もっと伝えたいことがあったのに……!」

 ぶんぶんと首を振る。まるで、何かを掻き消すように。

「言って、佐藤。おれに伝えたいことって、何?」

 優しい、穏やかな声音。眼差しが、まるで春の陽射しのように、ふわりと注ぐ。

 どうして嬉しそうなんだろう。どうして楽しそうなんだろう。

 わたしの中に生まれていたもやもやした気持ちが、すっと晴れていくようだ。

 掴めないぼやかしが霧散していくように、視界がクリアになる。

 わたしは落ち着いて、息を整えた。

 不思議とリラックスしている。

 もう大丈夫。

 決めたんだ。会えたら、言うって。

 今度こそわたしは、チャンスを逃さない。

「吉田くん、会いに来てくれてありがとう。手紙、びっくりした。わたしもね、吉田くんと過ごせた一年間は、すっごく楽しかったよ。いろんなことがあったけど、楽しかったって思えるのは、吉田くんのおかげだって思う。だから、本当にありがとう。それでね、その、聞いてほしいことがあって……」

 緊張する。ばくばくと、心臓が大きな音を立てる。声が上擦った。自身の指先を、ぎゅっと握り締める。

 深呼吸して、少し背の高くなった男の子を見つめた。

「わ、わたしね……その、吉田くんのことが、す――」

「――ストップ」

「ふえっ……!」

 覚悟して、いざというところで、まさかのストップ。

 わたしは、思わず頓狂な声を上げていた。

「止めてごめん。だけど、ちょっと待って。その……先に、言わせて」

「え?」

 首を傾げると、吉田くんは微笑んだ。

 どこかはにかんだ、照れたような笑顔だった。

「おれも伝えたいことがあるんだ。手紙には書けなかったこと。キャンディーじゃ伝わらなかったこと。直接、言いたかったこと。……聞いてくれる?」

「う、うん……」

 視線が、わたしを射抜く。それだけで、雰囲気が変わる。

 わたしの心臓は、更に大きく脈打つ。

 瞬きすらできないくらい、視線は逸らせない。

「佐藤。おれ、いつも一生懸命で、優しい佐藤のことが――」

 青々とした緑を揺らしながら、さあっと吹き抜ける風。

 驚きに見開かれたわたしの瞳を見つめる、細められた優しい眼差し。

 二人だけの空間で、まるで時が止まったかのように、穏やかな空気が流れる。

 そんなわたしたちを見守るのは、小さな赤い果実。

 勇気と努力がもたらした、希望の結晶。

 ここは、ゴールなんかじゃない。未来を導く、新たなスタートだ。

 わたしたちの笑顔が、それを物語る。

 やっぱりイチゴ、育てて良かった――

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