だから、行く前から不安に思うのはやめる。

 だって、どうなるかなんてわからない。

 パーティーには、松井さんはいない。みんなでわいわい楽しく過ごす。そうしたい。そうするんだ。

 わたしは、教室に戻ってきたかおりちゃんを捕まえて、当日の企画を話し合った。

 お菓子を持ち寄ったり、金額を決めてプレゼントを用意して、みんなで交換しようという話になった。

 片山さんも、木村くんも、吉田くんも。みんな賛成してくれて、わたしとかおりちゃんは、今度の休みに二人でプレゼントを買いに行こうと約束した。

 当日は楽しくなる。そんな想像を抱いて迎えた、終業式。

 わたしはそこで、見たくなかった光景を目撃することになる。


◆◆◆


 終業式が終わって、学校を出る。少しして、手提げカバンを忘れたことに気がついたわたしは、慌てて教室へと引き返した。

 明日から冬休みなのに、忘れ物なんて笑えない。

 学校には、まだちらほらと何人かの児童が残っていた。

 彼らを横目に急いで教室へ入り、目当ての物を見つけて今来た道を引き返す。

 家に帰ったらご飯を食べて、プレゼントとお菓子を持って、かおりちゃんの家に集合だ。

 わたしは食べるのが遅いから、遅刻しないようにまっすぐ家へ帰らなくては。

 どうして、行くことを躊躇っていたのだろう。行くと決めて準備をしたら、今日という日がすごく楽しみになった。

 冬休み前で弾む気持ちに、わくわくと、どきどきと、ちょっぴり急がなきゃという焦りを抱えて、靴箱を通り門へと向かう。

 その途中。校舎の横を通り過ぎようとしたところで、ふいに話し声が聞こえた。

 聞き間違えるはずがない。吉田くんの声だ。

 先に帰ったはずなのに、何か用事だろうか?

 それに、もう一人の声にも聞き覚えがある。女の子。誰だろう。

 わたしはどうしても気になって、声がした方をそっと覗き見た。

 松井さんがそこにいた。

 二人が、一緒にいる――

 それだけで、突如気分が反転した。

 わたしは、慌ててその場を去ろうとする。

 聞いてはいけない。聞きたくない。

 とにかく、この場から逃げ出したかった。

 しかし、この耳は捉えてしまう。

 踏み出した足が、止まった。

「好きです。付き合ってください」

 松井さんだった。

 いつもの、凛としたまっすぐで自信に溢れた声に、少しの揺れ。

 不安だと、すぐにわかった。

 すごい……松井さんは、勇気がある。想いを伝えるなんて、本当にすごい。

 わたしには、できない。

 運動会の出来事が蘇る。

 彼への想いは誰にも負けないと言った彼女の声が、脳内に響いた。

 本当にそうかもしれない。

 わたしは、思いを口にしたこともない。

 それすらもできない。

 誰も聞いていなくとも、緊張して、声が出なくなる。

 松井さんは、それどころか本人を目の前にして、言葉にした。

 それが、どれだけすごいことか。

 そう思うと、胸が締め付けられた。

 吉田くんの声がする。

「ありがとう。嬉しいよ」

 衝撃が走った。

 吉田くんは、やっぱり松井さんのことが……。

 これ以上は、もう聞けない。

 わたしは、その場から逃げるように駆け出した。

 様々な感情がない交ぜになって、心を支配する。

 苦しい。胸が痛い。

 それが、走っているせいなのか、違うのか。その判断は、つかなかった。

 この後、会うことになるのに。

 もしかしたら、松井さんも参加することになるかもしれない。

 そうなったら、わたしはその場にいられない。

 二人が仲良くしている姿なんて、見たくない。

 それに、うまく笑えない。笑えるわけがない。

 おめでとうなんて、言えないんだから。

 そんな二人に、会えるはずがなかった。

 どうしよう、どうしよう。どうしたらいい?

 わたしは、どうするべきなの?

「あっ――!」

 走り続けていたわたしは、その場で派手に転んでしまった。

 痛くて痛くて、涙が出た。

 膝からは、血が出ていた。

 今日は、吉田くんはいない。

 手を引いてくれた優しい彼は、松井さんと一緒にいる。

 そりゃそうだよね。

 あんなに綺麗な子に告白されて、嬉しくないわけがないよね。

 いつも自信があって、堂々としていて格好良い松井さん。

 占いの相性も良かったみたいだし。

 誰がどう見ても、お似合いの二人だよね。

 あーあ……どうして、好きになっちゃったんだろう。

 叶わないなら、最初から好きになんて、なりたくなかったのに……。

 この気持ち、いったい、どうしたらいいの……?

 立ち上がり、のろのろと歩き出す。

 ようやく家に辿り着いた時には、膝から出た血は固まろうとしていた。

 早くお昼ご飯を食べて、パーティーの準備をして、プレゼントを持って出かけなきゃいけないのに。

 わたしは、そのどれをするでもなくベッドに飛び込んで、猫のクッションを抱き締めていた。

 学校で聞こえてきた二人の声が、思い出したくもないのに頭の中で再生される。

 だめだ……無理……行けないよ……。

 こんな状態で行ったって、かおりちゃんやみんなを心配させるだけだ。

 わたしは、クッションを抱き締めたままリビングへ向かう。

 膝を洗って土を落として、消毒をした。

「苺樺、行くにしても行かないにしても、ご飯は食べるでしょう?」

「うん……」

 わたしの顔を見るなり手を止めたお母さんが、何も聞かずにご飯の用意を始めた。

 そうだった。わたし、顔も洗ってない。ひどい顔をしているに違いない。

 お母さんの気遣いが今は嬉しくて、とぼとぼと顔を洗う。

 そうして、家の電話の子機を持って、自室へ戻りかおりちゃんに電話をかけた。

 かおりちゃんは、わたしと違ってケータイを持っている。

 その番号にかけると、ややあってから、かおりちゃんの声がした。

 いつもの声に、少しほっとする自分がいる。

 クッションを更に深く抱き締めた。

「はい、もしもし」

「かおりちゃん、苺樺だよ」

「苺樺、どうしたの? 何かあったの?」

「ごめん。やっぱり、今日は行けない」

「え? 突然どうしたの? 体調でも悪くなっちゃった?」

「う、ん……」

「苺樺?」

「……かおりちゃん……どうしよう……」

「…………苺樺? もしかして、泣いてる……?」

 かおりちゃんってすごいな……顔が見えないのに、わかっちゃうなんて。

「ねえ、苺樺。今日不参加でも良いからさ、ちょっと話さない? 家に行っても良い?」

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