臆病カレッジ

 

 吹く風が心地よく、晴れ渡った秋口の、とある日。

 六年一組の教室内では、今まさにじゃんけん大会が始まろうとしていた。

 とはいえ、これは休み時間に鬼ごっこの鬼を決めるためでも、給食の時間に欠席の子の分の余ったデザートを賭けるためでもない。

 今は授業中。特別活動の時間で、今日は来月からの委員会を決めるために使われていた。

 運動会前の練習漬けの日々に加え、今は六時間目。みんな、さっきまでどこか眠そうだったのに、今はやりたい委員を勝ち取ろうと、どの子も目がギラギラしている。

 それもそうだ。後期の委員会は、小学校生活最後の委員になる。

 みんなが狙うのは、大人気の飼育園芸委員の席。

 放送委員も人気だけれど、ダントツトップはこの飼育園芸委員だった。

 なぜなら、この委員は学校のアイドル、うさぎのうさぴーをお世話と称して抱っこし放題な委員会だからだ。

 かくいうわたしも、そのなりたい一人。

 いつもは下級生に譲って、遠くから見ているだけのうさぴーたち。そんなうさぎたちを、近くで見るだけでなく触れるなんて、夢みたいだ。

 前期の時は、みんなの熱に圧倒されて、小さく挙げかけた手を下ろしてしまったけれど。後から、やっぱりやりたかったなと悔やんだ。

 だから、今日は勇気を出して自分から立候補する。もう譲ったりしない。半年前に、そう決めたから。

 負けたら仕方ないって諦められるけれど、挑んでもいないうちは後悔が残るということを知った。

 緊張する……。普段は、ここまで誰かと争ってまで勝ち取りたいと思うことなんてない。

 わたしは、どきどきする気持ちを、そっと服の上から押さえた。

 それに、高揚しているのは、今からじゃんけんが始まるからという理由だけではない。

 同じ立候補者の中に、好きな男の子がいるからだ。

「はい、一度落ち着いて。では、やりたい人は、その場に立ってください。ええと……十五人か。やっぱり多いねえ。じゃあ最初は、先生とじゃんけんをします。負けた人とあいこの人は、座ってください。前期で飼育園芸委員だった人は、立たないでね。まだやっていない人に譲ってあげてください」

 飼育園芸委員になれるのは、たったの四人。

 運任せでしかないじゃんけんで、突如神様や仏様に祈りだすクラスメイトたち。

 こちらの気持ちなど微塵も知らない先生が、のんびりと発声した。

「じゃあいくよー、じゃーんけーん――」

 ぽんという声とともに出たのは、グー。

 おそるおそる薄目で確認した先生の手は、チョキだった。

 先生と自身の手を、交互に確認する。

「はい、グーの人だけだよ。パーとチョキの人は、座ってね。誤魔化しても駄目だから。先生のところから、よーく見えているからね」

 落胆と歓喜の声が入り交じる。まだ決まったわけでもないのに、グーを出したひとはみんな喜び、はしゃいだ。

「残っているのは、十人か。はい。じゃあ、二回戦目。いくよー」

 そうして二度、三度と先生とのじゃんけんを繰り返し、残るは六人となった。

「じゃあ、残った六人でじゃんけんをしてください。負けちゃった人は、第二希望を考えておいてね」

 勝ち残った六人が、教室の後ろの空いているところに集まった。

 たった四つの席を賭けて、文句なしのじゃんけんが始まる。

 そこには、わたしも、意中の彼もいた。

 このまま、一緒に勝ち残ったらどうしよう。

 嬉しすぎて、興奮してしまう。

 そんな、どきどきとわくわくと、少しの不安を込めて。

 盛り上がったじゃんけん大会は、あっというまに終了した。


◆◆◆


「ちょっと、また男子来てないじゃん!」

「忘れちゃってるのかな?」

「絶対わざとだって。後で文句言ってやる!」

 木曜日の早朝。怒っている友達とわたしが立っているのは、飼育小屋前だ。

 先月のあの日、見事じゃんけんに勝ち残ったわたしは、決められた担当曜日になると、こうして校庭の端にある飼育小屋へと来ていた。

「火曜もサボってたし、捕まえようとしたら逃げたんだから。苺樺いちかは、ムカつかないの? 花の水やりとか、掃除とか。面倒くさいことだけ、あたしたちに押しつけてんだよ?」

「まあまあ、かおりちゃん。とりあえず、水やりしよう? ね?」

 同じ委員になった友達をなだめて、花壇の花たちに水やりをする。そうして、わたしたちは小屋内を掃除していた。

 動植物のお世話って大変だ。『やってみたい』という単純な好奇心だけでは、務まらない。

 週二回。早起きして、休み時間と放課後を委員の仕事に費やさなければならない。その上、餌やりも、掃除も、水やりも、サボったり間違えたりすると、彼らの命に関わってくる。

 だから、かおりちゃんも怒りながらだったけれど、委員の仕事を優先して動いてくれていた。

「よし、こんなもんかな。鍵掛けて大丈夫?」

「うん、お願い」

 一通りのお世話を終えて、施錠を済ませたわたしたちは、教室へと向かった。

「教室着いたら、吉田と木村をとっちめてやる!」

 同じ委員のメンバーである男子の名を挙げながら歩くかおりちゃん。その手は、ポキポキと指を鳴らしていて、不穏だ。

 わたしは、あははと苦笑しながらも、そっと一人の顔を思い浮かべていた。

 吉田弥生やよいくん。今年の春にこの地域へ引っ越してきた、転校生。

 いつのまにか好きになっていた、同じ飼育園芸委員のメンバーだ。

 彼の名前を聞くだけで、顔を思い浮かべるだけで、わたしはどきどきしてしまう。

 じゃんけんで一緒に勝ち残った時は、すごく嬉しかった。

 飼育園芸委員になれたことよりも、吉田くんと同じ委員になれたことの方が、わたしには大きかった。それだけで、もう幸せって思った。

 担当曜日の火曜と木曜には、いつもちょっとだけ期待して、苦手な朝もばっちり目が覚める。苦手な体育があっても、学校に来るのが楽しみになる。今日は来ているかなって、きょろきょろしてしまう。

 だけど、来ていたのは月初めだけで、今はもうかおりちゃんの怒りの標的だ。

 それでも、姿を探すことをやめられない。

 わたしは、期待することをやめられないでいた。

「あ、いた! 木村! 吉田!」

 ふいに隣から上がった怒声。

 弾かれるように顔を上げると、そこには木村くんと吉田くんがいた。

 振り返った吉田くんと、目が合う。

「うわ、山本だ! 逃げるぞ、弥生!」

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