第5章 魔王様の命令

第24話 ハーツと代償


 それからまた、数週間がたち、アランが人間界にやってきて一ヶ月がたった頃。


 魔王城では、冥界に飛ばされていた幹部たちが深く頭を下げていた。


「申し訳ありません! 魔王様!」


 無理矢理、与えられたリフレッシュ休暇を終え、魔界に帰ってきた幹部たち。


 しばらくバカンスを楽しんだ彼らの肌は、みんなツヤツヤだった。だが、その顔は、清々しいどころか真っ青。


 ムリもない。一ヶ月も冥界に飛ばされていたあげく、アランだと思っていた少年が、ただの人間だったのだから!


「全く、お前たちには呆れる」


「あぁぁああぁぁ、申し訳ございませぇぇん!!!」


 魔王が、深くため息をつくと、その場にいた魔族たちが、盛大せいだい土下座どげざをした。


「つ、次こそは必ずや!!」


「そうです! ちょっと、アラン様の張った結界が強力すぎて、屋敷には一歩たりとも近付けないんですけど!!」


「あと、シャルロッテとカールも強すぎるんですけど、次こそは必ず!!!」


「……もういい。お前達には、これをやる」


 すると、魔王は再度深くため息をつくと、手の平に小さな魔法陣を作り出し、そのから数枚のを取りだした。


 カードサイズくらいの小さめの紙。

 そこには、何かの魔法陣が記されていた。


呪符じゅふだ。それを貼りつけさえすれば、シャルロッテとカールは物言わぬ、ただの人形になる。動かぬ人形が相手なら、ハーツを壊すくらいたやすいだろう。……いいか、まずは、あの人形達を壊せ。あの二人さえいなくなれば、アランは直に戻って来る」


「なるほど!! さすがは魔王様!!」


 今度こそは!──と気合いをいれた幹部たちは、その後、バタバタと駆け出していく。


 すると、それをみつめながら、魔王の側にいた、堕天使だてんしの女が語りかけた。


「ヴォルフ様、本当によろしいのですか? シャルロッテとカールを壊しても」


「なんだ、口答えする気か、ダリア」


「いえ、そういうわけでは……ですが、ハーツを壊せば、あの二人は跡形あとかたもなく消滅しょうめつしてしまいます。それに、あの二人はローズの……の、形見かたみでございます」


 堕天使の女・ダリアが魔王に向けて、そういうと、魔王は更に冷たい言葉をはなつ。


「かまわん。例え母親の形見でも……壊すまでだ」







 

「えぇ、ハーツが壊れたら、体ごと消滅しちゃうの!?」


 11月に入った、ある日の朝。

 俺は通学路の途中で、叫んでいた。


 学校に行く途中、たまたま見回り中のカールさんにあっただけど、何気なしにハーツのことを聞いたら、びっくりする返事が返ってきたから!


「そうだよ。人間だって、心臓が止まったら死んでしまうだろ。それと同じさ。本来、人形は、その形がなくならない限り、魂だけで永遠に生き続けるものなんだ。何年も、何百年もね。だけど、その魂を、魔法の力でハーツに変えることで、自由に動ける体と実体化できる力を手にできる。でも、そのハーツが壊れた時は、体ごと消滅して、二度と元には戻らない。それが”代償だいしょう”ってやつだよ」


「代償……」


「そう。だから、ララのことも気をつけてあげて」


 いつもの爽やかな笑顔で、カールさんは、そう言った。


 黒のスボンに、Vネックのシャツ。細かいラインが入った七分丈のジャケット着ているカールさんの服は、先日、アランがデザインして作り上げたもの。


 この前、一緒に買い物をしたあとから、俺たちはよくアランの家で、一緒に裁縫をするようになった。


 魔法でなんでも出来ちゃうアランだけど、裁縫は魔法の力は一切使わず、一針一針、丁寧に自分で縫うんだ。


 アランの魔法は、魔界の地下で見つけた古い魔導書の他にも、自分で新しく作った魔法もあるみたいで、この前、俺にくれた銀色の腕輪も、アランがつくった魔法道具の一つ。


 だから、洋服だって魔法で作ろうと想えば作れちゃうみたいだけど、アランは「それじゃ、つまらない」といって、人形達の服は、自分で一から作り上げる。


 むしろ、それが楽しいと笑っていた。


 ちなみに、俺も、あれからララの服を二着作り上げた。


 ララが言っていた、星のマークと帽子がセットになった服。帽子を作ったのは初めてだったけど、アランと職人たちが丁寧に教えてくれたから、初めての俺でも上手に出来た。


 だけど、こうして、俺たちが考えた服を着ている3人は、全部魔法のおかげで動いてるんだって、あらためて実感した。


 カールさんも、シャルロッテさんも、ララも、アランに命を与えられる時に、自分で、それを選択したんだ。


 例え、ハーツが壊れて消滅したとしても、俺やアランを守りたいからって──


「でも、今、カールさんたち、そのハーツを魔王に狙われてるんでしょ?」


 俺が心配そうに話しかけると、カールさんは、少し難しい顔をして答えた。


「そうだね。魔界から逃げる時、魔王様に胸を一突ひとつきにされた時は、もうダメかと思ったよ」


「え!? あの傷、魔王にやられたの!?」


「あぁ、運よくハーツは無事だったけどね。でも、あの時は、シャルロッテも怪我をして人形に戻ってしまっていたし、アラン様も、魔王様との戦いで魔力を使い果たしてしまったから、ハヤトくんがいてくれて助かった」


「え! でも俺は、ボールけるくらいしか出来なかったし……でも、魔王ってそんなに強いんだ」


「そうだね。あのお方は、とても強く恐ろしい方だよ。さすがのアラン様でも歯が立たない」


「アランでも……」


 背筋がゾクッとした。あんなに魔法をたくさん使えるアランでも、魔王には勝てないなんて


「ごめん、怖がらせてしまったね。でも、魔王様が、魔界から出てくることはないから、人間界にいれば安全だよ。それに、他の魔族たちには、負ける気がしないしね」


「そっか、よかった」


「颯斗ー!」


 すると、学校が近くなってきたからか、ちょうど登校中のクラスメイト達に声をかけられた。


「おはよう、颯斗!」

「おはよー」


 集まって来るみんなに挨拶をすると、カールさんは「じゃぁ、学校楽しんでおいで」といって、みんなと入れ代わりに去っていった。


 すると、そんなカールさんをみて、みんなが興味津々に問いかけてきた。


「威世くん、あのカッコイイお兄さん、誰!?」


「めちゃくちゃ、イケメンじゃん!」


「あ、やっぱり、そう思うよな!? そうなんだよ、カールさん、めちゃくちゃカッコイイんだよ! 強いし、優しいし、頼りになるし! もう完璧!」


「え!? 颯斗が言うほどって、よっぽどカッコイイんだな!?」


 いや、俺が言うほどって、ちょっと意味が分からないけど、でも、本当にカールさんはカッコイイし、憧れる! もちろん、シャルロッテさんとアランも!


 だけど、そんな3人もでも、魔王にはかなわないんだな。


(前に、ガイコツが『魔王様が心配してる』って言ってたけど、あれは嘘だったのかな?)


 子供のことを心配していたら、普通はそんなことしない。


 ハーツを壊されたら、二人は消滅する。


 そうなったら、アランは、どうなるんだ?


(アランたちが、ずっと人間界にいられたらいいのに……)


 一ヶ月、一緒にいて思った。


 あの三人は、ただの人形でも、その人形をしたがえてる王子様でもなくて、普通の家族みたいにあったかい。


 だからこそ、そんな三人が引き裂かれるなんて、絶対に嫌だ!


(俺も、助けてもらってばかりじゃなくて、強くならなきゃ)


 次は、友達を助けられるように──

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