第19話 ひとりぼっちの王子様

「?」


 まるで、誰かがノックしたかのように、規則的に鳴った音。カーテンの奥にある窓ガラスを見つめると、それは確かに、窓の外から聞こえた。


 だけど、ここ二階だし、外に人がいるわけないし、きっと気のせい……だよな?


 ──コンコンコン!


 と思った瞬間、また音が鳴った。


 え? もしかして、本当に誰かいるのか?


(ま、まさか……また魔族が?)


 軽く冷や汗が流れた。


 でも、魔族だったら、律儀にノックなんてしないだろうし、窓ガラスぶち破ってきそう。ちょっと怖かったけど、俺は立ち上がり、そっとカーテンを開けてみる。


「こんばんは、ハヤト!」

「シャ──ッ$%#@!?」


 すると、そこにはシャルロッテさんがいた!


 人間の姿の、いつもの優しそうはシャルロッテさん。だけど、いきなり窓の外に現れて、俺は叫びそうになった!


「シャ、シャルロッテさん!? そんなところで、なにやってんの!?」


「アラン様からの伝言を届けに来たのよ」


「伝言!? って、だからって、なんで窓から!? いや、玄関から来られても困るんだけど!? でも、そんな所にいたら、泥棒と勘違いされて通報されちゃうよ!」


「あら、そうなの? 人間界も案外物騒なのね。次からは人形の姿でくるわ」


 うん! そうしてください!! でも、人形が窓にへばりついてるのも怖いけどね!?


「あ~シャルロッテだー! いらっしゃーい!」


 すると、ララが、すぐさまシャルロッテさんの前にピョンと飛びついてきた。


「あら、ララくん。人間の姿で会うのは初めてね。カールから、ガイコツグールを倒したって聞いたわ。立派にハヤトを守ったのね。えらいわ」


「えへへ!」


 シャルロッテさんが、ララの頭をなでると、ララは、すごく嬉しそうに笑って、そのままシャルロッテさんを、部屋の中に招き入れた。


 その後は、とりあえず靴を脱いでもらって、俺たちは、3人カーペットの上に座り込む。


「それより、伝言って?」


「あのね、ハヤト、週末あいてるかしら? 実は、アラン様が、この町を案内して欲しいっていってるの」


「え? 案内?」


「えぇ、私たちの服、どうやら人間界では、とても目立つみたいでね。だから、アラン様が、新しく人間界用の服を作って下さることになったんだけど、どこで材料を調達すればいいか分からなくて」


 なるほど、つまり手芸屋さんに行きたいってことかな?


 魔界に住んでたくらいだし、人間界のことはよく分からないもんな。


「うん……いいよ。案内するのは、別に」


 だけど、ちょっと歯切れがわるかったからか、俺の返事を聞いて、シャルロッテさんが、心配そうに見つめてきた。


「……どうやら、って言うのは本当みたいね?」


「え?」


「カールがね、昨日、スーパーの帰りにハヤトを見かけたらしいの。凄く落ち込んだ表情をしていたって言っていたから、どうしたのかなって、心配していたのよ」


 家族だけじゃなく、こっちの二人にも心配をかけていたとのだとわかって、俺は申し訳なくなった。


 ていうか、スーパーの帰りって、カールさん、あの執事服で買物にいったの?


 とか色々、ツッコミたいこともあったけど、今は心の中にあるモヤモヤのせいか、それどころではもなくて


「あのさ。俺の記憶も、いつか消されちゃうの?」


「え?」


「この前、アランが言ってたから。人間の記憶は消すって、それが魔界のおきてだって」


「…………」


 俺が、思い切ってたずねれば、今度は、シャルロッテさんが、黙り込んだ。


 空気は、少しだけ重くなって、だけど、それからしばらくして


「そうね。いつかは、消さなくてはならないわ」


 そう言った。


 あぁ、やっぱり消されちゃうんだ。

 俺の記憶。


「でもね。ハヤトのことに関しては、私達も少しおどろいているのよ」


「え?」


「本来なら、メビウスたちを冥界めいかい送りにせず、そのまま魔界に送りかえした方が良かったの。そうすれば、ハヤトへの誤解はとけて、もう狙われることもなくなったはずだから……でも、アラン様は、そうはせず、ララに命まで与えてしまったでしょう?」


 まるで想定外とでも言うように、申し訳なさそうに話す、シャルロッテさん。


 確かに、あの時、幹部たちを魔界に帰していたら、俺はもう、ねらわれていなかったかもしれない。


「アラン様はね。きっと、ハヤトとになりたいんだと思うの」


「……え?」


 その言葉に、俺は目を見開いた。


「でも、記憶は……」


「えぇ、掟がある以上、いつかは消さなくてはならないわ。でも、アラン様にとって、ハヤトは、初めて出会った同じ趣味を持つ男の子なの」


「……初めて?」


「そうよ……アラン様はね、いつも一人だったの。お母様は早くに亡くなってしまって、でも、お父様である魔王様は、なかなか会いに来てくれなくて、同じ年頃の魔族の子供たちからも、魔王様の息子だからと一線をおかれていたわ。だから、いつもお城の中で、一人で遊んでいたの……私たちはね、アラン様が、赤ちゃんの時から一緒にいる人形なのよ。そんな私たちに、アラン様が命を与えたのは、4歳の時。初めて使った魔法で、初めて叶えた望みが、私達に『命』を与えることだったの。きっと、一人でいるのが寂しかったのね。だから、それからはずっと一緒にいるわ。人形だけど、本当の家族みたいに」


「……家族」


「そうよ。そして、ハヤト、あなたは、そんなアラン様が人間界に来て、やっとみつけた、お友達になれそうな子なの。確かに、いつかは記憶を消さなくてはならないかもしれない。でも、もしハヤトが、それでもいいと思ってくれるなら、どうか今だけは、アラン様のでいてくれないかしら」


 シャルロッテさんは、笑っていた。


 すごく悲しそうに。

 だけど、どこか嬉しそうに。


 まるで、アランのことを大切に思う、お母さんみたいに。


(アラン、友達がいなかったんだ)


 その話を聞いて、すごく悲しい気持ちになった。


 なんでも、持っている子だと思ってた。


 魔王の息子だし、王子様だし、俺にはない自信だって持ってるし、だけど本当は、ひとりで、寂しかったのかな?


 だから、アランは、カールさんとシャルロッテさんに、命を与えたのかな?


 でも、そんな家族のように大切にしてきた二人を、魔王お父さんに壊されそうになって、アランは、家出してきたんだ。


「ごめんね、ハヤト。こんなことに巻き込んでしまって……ハヤトにとっては、迷惑なはなしでしかないわね」


「え!? 迷惑だなんて思ってないよ! それに、俺もずっと、アランと友達になりたいと思ってた!」


「え?」


「俺にとっても、初めてなんだ。同じ趣味をもつ男の子に会ったの。だから、いつかなくなっちゃう記憶かもしれないけど、それでも今は、アランともっと、色んな話をしてみたい!」

 

 思ったままに気持ちをぶつけると、シャルロッテさんは、さっきとはまた違う、どこかほっとしたような笑顔を浮かべた。


 いつか、忘れてしまうのかもしれない。

 それは、すごく悲しい。


 だけど、それでも、アランと出会ったことは、今の俺にとって、すごく大きなことで──


「土曜日、お化け屋敷まで迎えに行くから、家で待ってろって、アランにいっといて!」


「ふふ……ありがとう。必ず伝えるわ」


 週末に会う約束を取り付けると、その頃には、ずっと続いていたモヤモヤが、もう、すっきりなくなっていた。


 魔界の王子と友達になるなんて、ちょっとおかしいのかもしれない。


 だけど、それでも今は、記憶が消されることなんて忘れて、友達との時間を大事にしようと思った。


「ねーねー、ララも行っていい?」

「えぇ、ララくんも、いらっしゃい」


 だけど、その後、ララとシャルロッテさんが話し始めたかと思えば


 ──バタン!


「お兄ちゃーん。お風呂あいたよー!」

「ぬわあああぁぁぁぁ!!?」


 と、いきなり扉が開いて、俺は飛び上がった。


 妹の夕菜だ! しかも、見られた!!

 シャルロッテさんと、ララを!?


「あ、ああああ、あのな夕菜! この人たちは!!」


「わー! なに、その人形、超可愛い~!」


「え!?」


 だけど、その後、夕菜はパって顔を明るくして、俺の横をすりぬけた。


 慌てて振り返れば、ララはどこかに消えていて、カーペットの上に座っていたシャルロッテさんは、人形の姿に戻っていた。


(あ、よかった……)


 バレてない。だけどその後、夕菜はシャルロッテさんを抱き上げると


「ねえ! お兄ちゃん、この人形どうしたの!?」


「え? あ……っ」


 やばい。なんて答えよう。

 もう緊張で、汗がダラダラと流れる。


「えーっと……ゼオンのゲームコーナーで」


「え、うそ! クレーンで取ったの!! すごい、お兄ちゃん! ねぇ、この子いらないなら、私にちょうだい!」


「え!?」


 いやいや、それアランの大事な人形だから! 

 家族同然の人形だから!


「ダメ! 絶対ダメ!」


「えーなんでー、お兄ちゃんには必要ないでしょ~」


「それでも、ダメなものはダメ! ていうか、俺の部屋に入る時は、必ずノックしろっていってるだろ!」


「えー、だって、めんどいし」


「じゃぁ、俺が夕菜の部屋に入る時もノックしないからな!」


「うわ!? それは、絶対やだ!」


「じゃぁ、俺の部屋に入る時もノックしろよ!!」


「もう、わかったよー。あと、お風呂あいたから、入ってねー」


 夕菜がしぶしぶ、シャルロッテさんを俺に返すと、俺は、夕菜を追い出したあと、ガクリと膝を着いた。


 び、ビビった!

 心臓飛び出るかと思った!


「ハヤト、大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ。コレ、めちゃくちゃ心臓に悪い……!」


 シャルロッテさんに声をかけられ、俺は思った。


 人形が実体化するのって、いいことばかりじゃないんだなって!

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