第6話 魔界の王子様


(この子が……アラン?)


 間違えられたのに、俺とは全く似てなかった。


 髪の色は銀色だし、それに顔立ちが芸能人並みに整っていて、こうしてソファーで眠ってる姿は、どちらかと言えば、お姫様みたい。


 だけど、なにより驚いたのは、耳の上あたりに、ヤギみたいな小さなつのが付いていたこと。


 見た目は人間みたいだけど、それを見れば、その男の子が人間でないことは、すぐに分かった。


(魔界の王子って……本当なんだ)


 そのつのをみて、ちょっと血の気が引いた。


 魔界? 魔王?

 なにそのゲームみたいな話。


「ねぇ、あなた名前は?」


 すると、またシャルロッテさんが話しかけてきた。


「俺はハヤト……威世いせ 颯斗はやと


「そう、ハヤトね。あなた、お裁縫得意なのね」


「え?」


「私の傷を治してくれたでしょ。縫い方が下手だと、動きが悪くなるの。でも、ハヤトが縫ってくれたところは、とてもスムーズに動くから」


「…………」


 縫い方を褒められたのは初めてで、それも縫ってあげた本人に、褒められるとは思わなくて


「う、上手い……かな?」


「えぇ、とっても。それで、もし良ければ、あなたのその腕を見込んで、ひとつお願いがあるの」


「お願い?」


「えぇ、を治してくれないかしら」


 そういうと、シャルロッテさんは、ソファーの横にあるテーブルを見上げた。


「カールって?」


「カールは、私の相棒よ。でも、魔界から逃げ出す時に、大ケガをしてしまって」


 テーブルの上には、シャルロッテと同じ大きさの人形があった。


 執事のような黒服を着た男の子の人形。だけど、その体はボロボロで、胸のあたりには大きな穴が開いていた。


「うわ、ひでぇ」


「胸の傷だけでも治してくれないかしら? ハーツが丸見えだと、心配でしかたないわ」


「ハーツ?」


「中に埋め込まれているのことよ。私たちは、アラン様に命を与えられた人形なの。でも、この”心臓ハーツ”が壊れてしまえば、死んでしまうわ」


 カールと呼ばれた人形を手に取れば、確かに中に赤い球が見えた。


 ビー玉くらいの大きさのキラキラと光る赤い――心臓ハーツ


(じゃぁ、さっき、あのヘビ男が言ってたのって……)


 きっと、シャルロッテの中にもこの赤い球が入っていて、あのヘビ男は、この心臓ごとシャルロッテを握りつぶすつもりだったんだ。


「この人形も、治せばシャルロッテ……さん、みたいに動くの?」


「えぇ、魔力が回復すればね」


「魔力?」


「そうよ。私たちは、アラン様に魔力を与えられて動いてるの。でも、今はそのアラン様が、魔力を使い果たしてしまって」


「……そうなんだ」


 シャルロッテさんの話だと、アランは、もう二日は眠っているらしい。


 そして、その間、シャルロッテさんが一人でアランを守っていたらしく、そこにミーがやってきて、捕まっちゃったんだって。


「でも、なんで逃げてきたんだ?」


「え?」


「だって、あの子、王子なんだろ?」


 ふと気になった。


 魔界の王子様、それも魔王の息子が、わざわざ魔界から逃げ出してくるって、どういうことだろう。


 俺がそう思った時


「……誰?」


 と、声が聞こえた。


 落ち着いた子供の声。みれば、さっきまで眠っていたアランが目を覚ましていて、俺の方をじっと見つめていた。


「あ……」


 目が合うと、日本人とは違う紫色の瞳に釘づけになった。


 宝石みたいな綺麗な色。髪だって銀色でキラキラしてるし、その雰囲気は、まさに王子様だった。


 だけど……


「レイヴァン、おいで」


 と、右手をあげたかと思えば、アランはどこからかカラスを出現させた。


 まるで手品みたいにパッと現れた、大きくて真っ黒なカラス。


 すると、そのカラスは、ギラリと目を光らせ、俺に向かって襲いかかってきた。


「カ──!!」

「うわッ!?」


 大きな羽をばたつかせ、鋭いくちばしでつつかれる。


 とっさに顔をかばっただけど、俺はおされるまま床に尻餅をつくと、そのカラスは、俺が手にしていたをあっさり奪い取って、またアランの元に戻っていった。


「ありがとう、いい子だね」


 戻って来たカラスを、アランがヨシヨシとなでてれば、そのカラスは、アランの手に、そっと男の子の人形を差し出した。


 胸に大きな穴が空いた、あのボロボロの人形を……


「ごめんね、カール。すぐに治してあげるから……でも、その前に」


 すると、アランは、また俺を見つめた。


「君、どうやって、ここに入ったの?」

「ど、どうやってって……っ」


 人間よけの結界がなんたらって言ってたから、ここに人間がいるのが、気に入らないのかもしれない。


 だけど、そんなこと言われても、普通に、玄関から……入りましたけど??


「アラン様、落ち着いてください。彼は私の恩人です!」


 すると、俺とアランの間に、今度はシャルロッテさんが割り込んできた。


 小さな体で必死に、恩人だと叫ぶシャルロッテさん。だけど、そんなシャルロッテさんにアランは


「恩人? この僕が張った結界の中に入るなんて、ただの人間とは思えないよ。魔族か、天使が化けてるとしか思えない」


「た、たしかにアラン様の張った結界は完璧です。でも、彼の波長は、アラン様にそっくりなんです。きっとそのせいで、結界がアラン様と勘違いして」


「波長がそっくり? 人間と僕が?」


「はい。それに、ハヤトは、本当にただの人間で、私の恩人なんです! 彼は、私のケガを治してくれました。それに、メビウスにハーツを壊されそうになったところを助けてくれたのもハヤトです。アラン様、彼は……ハヤトは私たちの味方です!」


 ん? メビウスってだれ? って、一瞬思ったけど、多分あのベビ男のこと。


 すると、それから暫く黙り込んだアランは、シャルロッテさんを抱き上げると、さっき傷ついていた縫い目キズを確認する。


 俺が、縫ってあげた場所。


 だけど、まじまじと見つめられると、すごく緊張した。すると、その後アランは


「へー……君、綺麗に縫えてる。本当に、シャルロッテのこと助けてくれたんだね。ありがとう」


「え、あぁ……」


 さっきとは打って変わって、柔らかく微笑んだアランに、俺はほっとした。


 良かった、これで助か──


「でも、ごめんね。どのみち、僕たちの姿を見た人間を、このまま帰すわけにはいかないから」


「……え?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る