残念エルフと歩む、紫眼冒険者レイのぶらり旅

コガネ餅

第0章 プロローグ

第1話 とある弟から見た姉(1)

 長い雨があがった。


 精霊たちがそれを喜ぶように澄み切った青空を爽やかな風が走り抜ける。風は若草を揺らしながら空へ海へ森へ街へと舞っている。


 リンド大陸西部にリーン王国は存在している。海に面する小さな国だ。


 資源量は少ないが、種類に富む。全国民が裕福な暮らしを送れるとは言い難いが、自国を維持するだけであれば特に問題はない。にも関わらず、この国は年中隣接するドゴス帝国や小国郡と諍いいさかいを起こしていた。


 国境では今日も多少のいざこざが起こっていたが、それも国の中央西部に位置する王都までは届かない。


 この王都にはこの国唯一の教育機関であるサイード王立学院が存在していた。


 学院は貴族のための貴族科も存在するが、基本的には剣術を始めとする武術や魔術、商学や医学など多岐に学ぶことができる。


 そんな学院の寮の自室にて一人の少年が、窓を開け放して風にあたっていた。先ほどまで訓練を受けていたため、頬に赤みが差している。


 武術科に属する彼の名はギルバート=アルザス。


 アルザス男爵家の次男であるが庶民に紛れ、ただのギルとしてこの学院に入学していた。現在ギルは14歳、学院へ入学して半年が経とうとしている。


 寮にまで吹き抜ける風は清々しい。ギルは無表情気味な顔を少し緩め、柔らかな表情をしていた。



「お前、またお姉さんのこと考えてんの」


 そう同室者が声をかけるとほんの僅かに柔らかい笑みを浮かべていた顔をいつもの無表情に戻し、ギルが振り向く。


 いつも無表情なギルが柔らかい表情をしているときは決まって特定の人を思い出しているのだと、この同室者は最近知った。


「姉さんには感謝しかない」

ギルはそう答えてから、再び四角い空を見上げる。



 ギルとその姉は複雑な家庭環境に生まれ育った。


 彼とその姉の父親はこの国でそこそこ名の知られた英雄である。

 元はしがない辺境の村人だったようだが、戦で目覚ましい活躍をしたことで国王直々に爵位を与えられたほどだ。


 ただ残念なことにこの英雄は、良い父親ではなかった。


 彼は爵位を得ると同時に、王の勧めに従い伯爵家の令嬢をめとり、嫡男を授かった。


 しかしその嫡男の顔を見ることなく再び戦場へ舞い戻り、妻子を残して長らく家を空けた。



 戦いに身を置けばおくほど気は昂り、ある夜、戦場で女を抱いた。これがギルとその姉の母親である。


 その女は従軍していた女魔術師であった。父親とその女は想いを交わすような関係ではなく、戦場での刹那的せつなてきな関係であった。


 だがこの戦争の最中、その女魔術師との間に2児を授かった。


 英雄は剣と国王への忠誠だけでできていた。剣の才能は突出したものがあったものの、剣1本でのし上がりそれを評価してくれた国王への忠誠心と剣への盲信は異常なほどであった。


 英雄は、ギルとその姉が歩き始めるとすぐに剣を持たせた。国の、国王の役にたつようにただひたすらに剣を握らせ、幼い我が子に毎日剣を振るよう言い聞かせた。


 実際に幼い長女は無理な訓練を受け、幾度となく死にかけた。だが不幸なことにこの2児に英雄ほどの剣の才能はなかった。

 英雄の落胆は計り知れないものであった。


 一時的に国が停戦に合意したことで、戦線からこの部隊が退き10年ぶりに屋敷に戻った。2児の母はその凱旋がいせんのさなか行方を眩ませた。


 戦に身を置いていた彼女は、今更貴族の側室に収まるなど考えられようはずがなかった。


 戦場で生まれた2児にとっては、男爵家に戻ってからも色々と苦難の連続だった。

 今思えば、まだ幼い自分よりも3歳年上である姉への風当たりはかなりのものであったようにジルは思う。


 ひたすら剣を握らされ、殺伐とした環境で育ったせいで自分たち姉弟は見事に無口で無表情に育ってしまった。


 それでもジルは姉からの愛情を感じていた。

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