第13話 理輝くんの夢2

「げ」

 ろうかに出ると、そこには惺也がいた。

 私を見て、カエルみたいな声を出す。

「なんで光野が中から出てくんだよ。ここ児童会室だろ?」

「僕の仕事を手伝ってもらってたんだよ」

 すずしい顔で言う理輝くんに、惺也はニヤリといやな笑いを浮かべる。

「よく言うぜ。どうせゲームの打ち合わせでもしてたんだろ」

「そうだよ」

 理輝くんは悪びれずに笑顔で返す。

「惺也もいっしょにやろうよ」

「い・や・でぇす!」

 惺也は下くちびるをつき出すようにする。

(うわぁ、腹立つ顔)

 ふつうにしてれば、けっこうイケメンなのに。

 理輝くんには負けるけど。

「そんなこと言うなよ、惺也。明日果ちゃんの新作面白いよ?」

「知らねー! どうせエロだろ」

「エロくないもん!」

 思わず声が出る。

 私のけんまくに、惺也は一瞬ひるんだ。

 けれどすぐににくたらしい表情を取り戻す。

「うっせ、バーカ!」

 そう言い残し、惺也は背中を向けると走り去ってしまった。

「うーん、まだだめか」

 まゆをハの字に下げて笑う理輝くんとはうらはらに、私の心には不安がわきあがっていた。

「理輝くん、児童会室で打ち合わせしてるの、惺也にバレちゃったよ?」

「そうだね」

「まずくない? これ」

「どうして?」

「だって、惺也が先生とか誰かにつげ口したら……」

「惺也は言わないよ」

(えっ)

「惺也は、僕がゲームを作ってることを知ってから、ずっとだまっててくれてる」

「でも……」

 それは理輝くんが、惺也のお芝居のことを知ってるからじゃないのかな。

 交換条件的な意味で。

 そう思ったけど、その言葉は飲みこんだ。

 代わりに私の口をついて出たのは、ずっと理輝くんにたずねてみたかったこと。

「どうして理輝くんは、ゲームを作ってることをみんなにひみつにしてるの?」

「ん?」

「ゲームプログラミングができるって、すごいことだと思うけど」

「……うん」

「やっぱり、オタクっぽいって思われるの、いや?」

「あはは、ちがうよ」

 理輝くんがおかしそうに笑う。

「僕はゲーム作りが好き。クラスのみんなにもプレイしてもらいたいくらいだよ」

 きれいな瞳が窓の外を見る。

「ううん、できれば世界中の人にプレイしてもらいたい。ゲームクリエイターになって」

「理輝くん……」

 これって理輝くんの将来の夢?

 大切に、心の中にひめていた想い?

(私なんかに教えてくれるの?)

 そう思うと、胸の奥から熱いものがぐっとせり上がってくる。

「きっとなれるよ、理輝くんなら! 私、おうえんする!」

「ありがとう」

「でも……、じゃあどうしてみんなにひみつに?」

「……」

 理輝くんはさびしそうに目をふせた。

「両親がさ、僕がゲームクリエイターを目指すことに大反対なんだよ」

「えっ……」

「僕のうちは父さんが大学教授で、母さんが医者なんだ」

 わっ、なんかすごい……。

 ドラマとかマンガのエリートって感じ。

「それで、僕にもそのどちらかか弁護士になるのを期待してるんだって」

「そんな……!」

「だからね」

 理輝くんが私をまっすぐに見る。

「僕がゲームを作ってること、できるだけ知られたくないんだ。どんなルートで、父さんたちのの耳に入るか分からないから」

 あ、そうか。

 だれかが自分の家でそのことをしゃべったら、その家の人が理輝くんのお父さんやお母さんに伝えてしまうかもしれないんだ。

「もしそうなったら、きっとノートPCは取り上げられて、二度とゲームを作れなくなってしまう。だから、明日果ちゃん……」

 理輝くんはくちびるにひとさし指をそっとあてて、目を細めた。

「僕がゲーム作ってること、だれにもひみつだよ?」

「う、うん、わかった」

「ありがとう」

(理輝くん……)

 勉強ができて、運動ができて、学校のみんなや先生からも信用されてて……。

(これだけ何でもできる理輝くんが、夢を追いかけることを許されないなんて……)

 胸の奥がギュッとなる。

(本当に好きなことを、こっそりするしかできないなんて……)

「そんな顔しないでよ、明日果ちゃん」

 理輝くんの声に私は顔を上げる。

「もしかして今、僕のことあわれんでる? 夢を捨てさせられてかわいそうって」

「あ、それは……」

「言っておくけど、僕、夢をあきらめるつもりないよ?」

「え……」

「そのために、今回、コンテストに挑戦するんだから」

「どういうこと?」

「ふふ」

 理輝くんは軽やかにステップをふんだ。

「父さんや母さんがゲーム作りを反対するのは、ゲームクリエイターには特殊な才能やセンスが必要で、僕にはそれがないからってことなんだ」

「えぇ? そんなの勝手な決めつけだよ!」

「だよね? だから見せつけてやるんだ、このコンテストで結果を出して」

 理輝くんの瞳に、強い光が宿る。

「これなら文句ないだろう?って」

(理輝くん……!)

「だから」

 理輝くんがこぶしをにぎって私に向かって突き出す。

「目指すよ、大賞!」

 私も手をグーにして、理輝くんのこぶしにトンと当てた。

「うんっ! 取ろうね、大賞!」


 理輝くんの将来の夢を聞いてから、テンションが上がりっぱなしだ。

 私は夕飯を終えてすぐ、机に向かってノートを広げた。

(理輝くんは、これでも面白いって言ってくれたけど)

 もっと、もっと面白くしたい。

 なんてったって、大賞をねらうんだから!

(理輝くんの夢のために……!)

 ううん、それだけじゃない。

 これが大賞を取れば、私が書いたシナリオもたくさんの人の目にふれることになる。

 もしかすると、夢だった小説家への道がひらけるかもしれない。

 このゲームは、私たちの夢をつめ込んだ箱舟だ。

(そうだ……)

 私はシャープペンを止める。

 最高のものを作るためには、あの力が必要だ。

 きっと。

(もう一度、話をしてみよう)

 私はノートを見つめて、小さくうなずいた。

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