誕生日

 理沙ちゃんとの関係が、美砂子おばさん公認になった。なったからって別に、何にも日々は変わらない。変わらないけど、何となくちょっと楽になった気がする。前は時々、おばさんたちに申し訳ないなって気持ちあったしね。


 理沙ちゃんの誕生日プレゼント、一人で色々探してみて色々悩んだけど、ハンカチにした。無難すぎるかもだけど、消耗品だし嵩張らないし、普段使いしてもらえる方が当然嬉しいしね。

 こればっかりは相談しても仕方ないから、自分で頑張った。理沙ちゃんは赤色が好きなのは知ってるけど、だからってあんまり真っ赤なハンカチだと派手すぎる。理沙ちゃん、小物とかは赤にしていても衣類とかはあんまり赤着ないもんね。


 理沙ちゃんの誕生日は25日。お盆から買ってから、プレゼントや料理のメニューを何にしようかと悩んでいると、すぐにその日がやってきてしまった。結局、理沙ちゃんに希望をきいてハンバーグになったけど。

 朝は普通にして、お昼前にケーキを買いに行ってお昼ご飯にご馳走をつくった。夜までゆっくりお誕生日を楽しんでほしいからね。そして夜にハンバーガーを買いにいくことになった。理沙ちゃんが夜にやってるやつが食べたいと言ったからだ。それはいいけど、お昼のリクエストもハンバーグなのはどうなのかな。まあ理沙ちゃんがいいならいいけど。


 いつもご飯は背の高いテーブル席で食べているのだけど、今日はゆっくりしたいから、と言う理沙ちゃんの希望でソファ側についている。ソファに座ると高すぎるからソファから降りてソファにもたれる形でちょっとお行儀悪いけど、椅子に座ると向かい合う形になって距離があるから、と言われたらお誕生日くらいは仕方ない。

 そうして準備万端で席に着いて、照れくさそうにしている理沙ちゃんに私は満を持して小さく拍手をしながら口を開いた。


「改めて、お誕生日おめでとう、理沙ちゃん」

「ん、ありがとう……えへへ。こうやってお祝いしてもらうのは、初めてだね。なんだか……へへ、変だね。うん、嬉しいよ」


 理沙ちゃんは嬉しそうにはにかみながら、何だかちょっと泣いちゃいそうな涙目になった。前から二人で決めてたお誕生日会なのに、急に感極まっちゃったみたいだ。


「もう、これからはずーっとお祝いするんだから。大げさだよ」


 と言いつつも、そんな風に私がすることを大げさに喜んでくれた理沙ちゃんが愛おしくて、私は理沙ちゃんの頭をよしよししながら慰めてあげる。

 理沙ちゃんは私の手が触れた瞬間に察してちょっと頭をさげて撫でやすくしてくれてから、目を細めて気持ちよさそうに私のなでなでを受け入れる。


「んふふ。うん。そうだね。春ちゃんのお誕生日も、期待しておいてね」

「お、いいの? そんなにハードルあげて」

「えっ、あ、うーん……うん。春ちゃんと相談して、すっごくいいお誕生日にしてみせるよ」


 そのままふにゃけたままされたいつになく強気な発言についからかうと、理沙ちゃんは目を開けて一瞬悩んだけど、すぐににこっと微笑んだ。私に撫でられたままなんて全然大人として格好良くない格好なのに、私は馬鹿みたいに簡単にときめいてしまった。

 だって、いっつも私に対して嫌われたくないっておどおどしてたのに。こんな、急に。芯のある目を向けられたら、それだけで私は理沙ちゃんがものすごく頼りになるカッコいい大人みたいに感じてしまうのは仕方ない。


「うん、まあ……期待してるよ」


 ああ、またドキドキしすぎて、素直じゃない反応しちゃった。別に嘘じゃないけど、上から目線過ぎる。嬉しい。楽しみ。その気持ちだけで、人生で一番素敵なお誕生になるって思っちゃった。そんな風に、思ったこと全部伝えたら……ダメ、さすがに恥ずかしい。


「うん。頑張るから」


 ニコニコした理沙ちゃんは私の態度もそのまま受け入れてくれているみたいで、素直じゃない自分が恥ずかしいような、そんな理沙ちゃんの全部が嬉しいような、落ちつかない気分だ。


「じゃあ、早速食べよっか。ケーキに火をつけるのは食後でいいよね?」

「えっ。と言うのは、まあ、いいとして、あの、その前に、今日一日、お世話をやかせてくれる約束、だよね?」

「え? うん」


 なんか今、一瞬普通に驚いてから何かをスルーしたような謎の言動をしてから、理沙ちゃんは意味ありげににやにやしだした。お世話って、今からご飯なのに何を言ってるんだろう。

 頷く私に、理沙ちゃんは両足をのばして座っているままちょっと足を広げて、両手も軽く広げて私に向けた。


「おいで」

「え?」

「……んんっ。あの、えと。ひ、膝にのってほしいな」


 よくわからなくてきょとんとしてしまう私に、理沙ちゃんは顔を赤くして妙に様になる咳ばらいをしてからいつもの気弱な態度でそう言った。


「ああ……あの、ご飯冷めちゃうし、あとでよくない?」

「駄目。今」

「わ、わかったよ」


 強情な態度にドキッとしつつ、渋々のふりで横からお尻を滑り込ませるようにして理沙ちゃんの上に背中から横座りした。理沙ちゃんが私の体を抱えるようにして引きよせるから、普通にがっつり乗ってしまう。

 身長差があるとはいえ、太ももの上にのるとさすがに頭の位置は同じくらいだ。ちょっと横を向くと理沙ちゃんの顔がすぐ傍にある。


「……んふふ。春ちゃん、可愛い。ぎゅっとしていい?」

「どうぞ?」


 最近ではすっかりふへへ笑いは見せなくなった理沙ちゃんは声を出しても笑えて来なくて、普通にドキドキしてしまう。矯正しない方がよかったかも。とか余計なことを考えて誤魔化しながらできるだけ平静を装って頷く。

 理沙ちゃんは私をぎゅっと抱きしめて頬ずりしてきた。私の肩が理沙ちゃんの胸に挟まれ、全身が理沙ちゃんに包まれていてなんだか混乱してしまいそうだ。

 こ、これからお昼ご飯なんだから、いつまでもこんなことしてられないんだからね!


「り、理沙ちゃん、そろそろご飯」

「ん。ごめんね。今日も頑張ってくれて、お腹減ってるよね。アツアツのうちに食べようね」

「う、うん」


 とてもにこやかに言われて、いつにないそのテンションに戸惑いながら頷く私を、何故か理沙ちゃんは私を離さないまま、両手の中で捕まえたまま手を伸ばして料理に手を付けた。まだハンバーグを一口切ってまだ湯気のでるそれをそっと持ち上げ口にした。


「ん、美味しい。春ちゃんのハンバーグはやっぱり、最高に美味しいよ」

「あ、ありがとう。あの、私も食べたいから」

「うん、じゃあ次、春ちゃんね。はい、あーん」

「え?」


 理沙ちゃんだけ食べるわけじゃないでしょ。と思って言うと、普通に理沙ちゃんのハンバーグをもう一口切って私の口元に持ってきた。いや、そういうこと?


「あの、理沙ちゃん」

「こぼれちゃうよ。口開けて。あーん」

「あ、あーん」


 ソースが今にもこぼれそうだったので、仕方なく口を開けて食べさせてもらう。うん。普通に美味しい。

 食べさせ合うのは別に、普通に何回かしたけど。でもこういう普通の食事はいつも普通にしてたし、理沙ちゃんの腕の中で食べさせれらているとなんだか変な感じだ。ちょっとときめかなくもない。守られてる感あるっていうか、包まれてる暑苦しさも悪くない。

 ただソース滴るハンバーグが目の前で移動してると、すぐにでもこぼれちゃいそうですごい不安になる。お箸の先揺れてるし。


「美味しいね」

「うん」

「可愛いね」

「……ありがと」


 理沙ちゃんは軽く私の頭を撫でてから背中に戻し、そのまま理沙ちゃんは自分と私で交互に食べていく。ほんとにこのままいくの?


「あー、あっ、ご、ごめっ」

「あー、はいはい」


 調子に乗ってご機嫌に食べすすめる理沙ちゃんは、つるっと手を滑らせて添え物の人参を落として私のシャツの上に転がした。とっさに裾を持ち上げて落ちていくのをとめて、さっとつまんで口に入れる。


「拭くから、ティッシュとって」

「ご、ごめんね」

「まあ、予想してたし」


 服を拭いたけど、端っこにハンバーグソースもかかっていて、結構色がついてしまった。

 服をもちあげたまま、どうしようか。一回着替えようか。と思っていると、理沙ちゃんの頭が微妙に揺れているので顔をあげる。理沙ちゃんはじっと私のお腹を見ている。


「理沙ちゃん?」

「はっ、あ、あの、ちがくて、あの……か、可愛いおへそだね」

「そう……」


 別にお腹見られたからって何にもないけど、なんかそんな風に、顔を赤らめて言われると、なんか恥ずかしくなってしまう。


「そんなに見ないでよ……えっち」

「うっ、あの、そ、そんなつもりは……あの、ごめんね。もう降りていいよ」

「ん」


 とりあえず理沙ちゃんの手があげられたので、そのまま理沙ちゃんの膝からおりて立ち上がる。よし。シャツを着替えよう。そろそろ冷めてくるし、ふざけないで食べよう。


「……ごめんね、春ちゃん。普通に食べよっか」


 と思ったのだけど、戻ったら理沙ちゃんがあんまりしょんぼりしてたので、もう一回お膝に乗りあがる。


「あーんして」

「え、え、いいの?」

「今日は、私のお世話をしてくれるんでしょ?」

「……うん」


 食事を終えてから理沙ちゃんは私を抱っこしたまま、私と初めて会った頃、お母さんの膝の上で食べさせられてたのを見てしてみたいなって思ったのを今回実現してみたかったと教えてくれた。

 私が覚えていない私のことを言われると、何だか恥ずかしい。それに当たり前かもしれないけど、私にも自分でご飯を食べられないような小さい頃があって、その時は私もお母さんに食べさせてもらってたんだって人から言われると、変な感じだ。


 昔、私が覚えてるくらい昔、お父さんもお母さんも優しかった気がしないでもない。でもある程度大きくなって、物心ついて、だいたい覚えている限りでは、いつも二人はだいたい疲れたような無表情だったり、ちょっと怒ったり嫌そうな顔をしていたりして、優しい印象がないから。

 だからこそ、あったかい理沙ちゃんの家族の雰囲気は好きだった。自分では絶対に手が届かないと思ってたから、素直に羨ましかった。


「ねえ、私が小さい頃の話、教えてよ」

「え、いいけど……私も子供だったし、全部覚えてる訳じゃないけど……初めて会った時の春ちゃんはようやく走れるようになったくらいで、ずっとおばさんの服を握ってたよ」


 う、聞いておいてなんだけど、やっぱりちょっと恥ずかしいな。

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