おてて

「あー、あのさ、理沙ちゃんって、手相とか見れるタイプの人? ちょっと手を見せてよ」

「え? うーん、一回本は読んでみたことあるけど、子供向けだったし、そんな本気で見てないからどうかなぁ」


 手にキスする為にはまず手に触れなければならない、と言うことでお風呂を上がって事で気持ちも切り替えたのでそう提案してみた。

 自分でも思うけどめちゃくちゃ雑なフリだったのに、思いのほか乗り気で手を出してくれた理沙ちゃんの手をとり、嘘ですと言いにくいのでひとまず普通に手相を見ることにした。


「私生命線しか知らないんだけど。あ、理沙ちゃん生命線長いね」


 理沙ちゃんの手は大きい分指も長くて、白いからか余計すらっとして見える、第二関節がちょっとだけ目立つ。あ、握った指先の感触が固いのは、ペンダコかな?

 と言うか、手の平まで白い。手の平って血管もあるし赤みがかってるイメージだった。自分の手をちらっと見てみるとやっぱりそうだ。

 私、まだ日焼けは残ってるけど、でもそうじゃなくて、手のひらは別に日焼けしてない。元々こんな感じだ。手のひらにも個性ってあったんだ。意識したことなかったし、不思議な感じだ。


「ん、あんまりなぞると、くすぐったいよ」

「あ、ごめん。生命線以外、知ってる?」

「えっと、これが知能線で、中指にむかってるのが運命線、で上のが感情線で……この辺の短いのが結婚線、だったかな」

「聞いたことあるかも。生命線は太い方が健康なのはわかるけど、他はなんかある?」

「えっと、知能線は……まっすぐな方が現実的な理系タイプで、下がってるほど理想主義な文系、だったかな」


 理沙ちゃんはちょっと考える様に自分でも自分の手のひらを撫でながらすらすらと答えてくれた。子供の時に見ただけってわりに普通に答えられるの記憶力すごいな。


「ふむふむ。じゃあ理沙ちゃんは理系、なのはいいけど、現実的なのかな?」


 理沙ちゃんの手、知能線なくない? って思ったくらい普通に真っすぐだ。一応生命線から生えているから多分そうなんだろうけど。私は普通に生命線が二本に別れてるのかなって形なのでわかりやすいけど。と言うか私、文系なんだ。

 今のところ特に不得意科目ないからそれはいいけど、理想主義なのかなぁ? なんか、夢見がちって言われているような気持ちであんまり嬉しくない。


「うーん……手相ではそうだね。次に運命線だけど……確かない人もいて、はっきりしてる人ほど充実してる、だったかな」

「理沙ちゃんあるね。あ、ていうか右手と左手で違いとかあるのかな?」

「えーっと、どっちかが生まれつきの運勢で、どっちかが現実の流れで変わっていく現在の運勢で、ちょっと見方も違ったと思うよ」


 なるほど。さすがにどっちかは忘れてるんだね。でも内容はちゃんと覚えてくれていたから、他のも一通り覚えている限り教えてもらった。

 こうやってまじまじ比較すると、結構手相って人によって全然違うんだなって面白かった。今度私も手相の本を読んでみようかな。


「あ、そろそろ寝ようか」

「あ、うん、んっ、ちょっと待って」


 ふいに顔をあげて言った理沙ちゃんにつられる様に時計を見ると、明日から二人とも休日とは言えいつもより遅い時間だったので頷いてから、遅れてそもそも手相を見ていた理由を思い出して引き留めた。

 離れそうな理沙ちゃんの手をぎゅっと両手で握って引き留めた私に、理沙ちゃんはきょとんと瞬きした。


「えっと、なにかあった?」

「うんとねぇ……」


 手にキスしてもいい? とか聞くのは恥ずかしいから無理。かといって、アッとか言って他所を見させてキスするとかは、一番簡単だけど、それってあんまり意味ないような。気付かれなかったらあれだし。


「……理沙ちゃん」

「ん? う、うん」

「……」


 あえて確認とか宣言するのはハズいし、直球勝負しか意味ないし……ん。そうだ。どうせ直球勝負をするなら、わざとらしいくらいにすればまだましかも!


「え? あ、あの……」


 私は理沙ちゃんの右手を掴んだまま立ち上がって、不思議そうな理沙ちゃんには何も言わずそのままソファの前、机との間に私はしゃがんだ。

 理沙ちゃんの手を胸の前で持ってるので、このまますぐに口づけられそうな距離まですぐきた。やっぱりこの姿勢でよかったんだ。ありがとう詩織ちゃん!

 理沙ちゃんを見上げると、膝位置から見上げる戸惑った理沙ちゃんは新鮮で、何だかいつもと全然違う気になる。


「理沙ちゃん、好きだよ」

「え、あ」


 声をかけながらそっと、その手の甲にキスをした。理沙ちゃんの指先に力がはいって唇の下で固くなって筋があるのがわかる。

 それに何となく楽しい気持ちになってきた。これ以上はちょっと変になってきそうで恥ずかしくなったのですぐに唇を離した。


「う、あ、あの、ど、どうしたの?」

「どうしたのって……もう、理沙ちゃんてばノリが悪い。キスしたのに、どうしたの、なんて聞くことある?」


 笑いかける私に理沙ちゃんは顔を赤くしながらもそんな風に聞いてきた。その反応に何だ余計恥ずかしくなってしまって、私はつい注意するみたいにキツめに答えながら、手を離して乱暴にまたソファに座って目をそらした。


「あ、ご、ごめん。あの……次、私がするね」

「……ん」


 戸惑った理沙ちゃんだったけど、そこはわかってくれたみたいで自分からそう言ってくれた。そうしてほしかったけど、でもなんだかそれを言うのは気恥ずかしくて私は頷いて手を出した。

 理沙ちゃんはおずおずと私の手を取ると、ソファから降りて跪いた。


「……」


 私を見上げる理沙ちゃんは、どうしようもないくらい真面目な顔をしていて胸が高鳴る。たかが手なのに。


「あのね、春ちゃん。春ちゃんは、私にとって世界一可愛くて大切な、お姫様だよ」

「んっ? う、うん」


 急に変なことを言い出す理沙ちゃんに相槌をうつ。嫌な気はもちろんしないけど、お姫様って。メルヘンチックなこと言うじゃん。さっき現実的とか手相に出てたでしょ。


「だから……私は、お姫様に一生の愛を捧げます」

「っ……な、なに、その、言い方」


 芝居がかった面白すぎるその言葉に、だけど思わず本気にして動揺してしまう自分が恥ずかしくって、冗談を言うように聞いてしまった。

 だけどそんな自分も嫌だ。本気にしたって、恋人なんだからいいはずなのに。誤魔化してしまうなんて。こんな自分が嫌になる。もっとまっすぐ受け止めて、まっすぐ返した方がずっと可愛いのに。


「え? だってさっき、ノリが悪いって」

「そういうこと? あー……まあ、いいけど。一生とか、重すぎるでしょ」

「ん……ごめん。でも、その、ずっとって言うのは、本気だから」


 きょとんとした理沙ちゃんの言い方に、それでわざと理沙ちゃんなりにふざけた悪ノリなのだとわかって、内心複雑になってしまいつつ軽く流そうとしたのに、理沙ちゃんはまたそんなことを言う。

 ノリで言ったことを本気にしてしまうほど理沙ちゃんに必死になってしまうのも、その癖それを認めないくせに、理沙ちゃんのまっすぐな言葉を求めてしまう。


「……理沙ちゃん、そんな簡単に言わないでよ。私、子供だよ」

「えっと……それって、関係ある? 春ちゃんが80歳とかならともかく、成人しているかどうかじゃあ、残りの寿命はそんなに変わらないと思うけど」

「そ、そう言うことじゃないよ」


 残りの寿命って。ずっと一生って言う言葉の重みが、かかる時間の長さでしかないみたいな。いっそ簡単に言ってくれる。


「私は、まだ子供で、今いいって言ってくれても、悪い子になっちゃうかもしれないよ。嫌な人になるかもしれないよ。どうしようもない大人になるかもしれないよ。なのに、一生なんて言えないでしょ。大人はさ、そう簡単に変わらなくても、子供は、変わっちゃうでしょ」


 自分でも子供って言っても心とか、大人とそんなに変わらないんだって思ってた。でも、違う。だってほんの少し前まで思いもしなかった。

 理沙ちゃんに恋をして、人を愛するようになるなんて。こんなに簡単に心が変わってしまうなら、私はいくらでもこれから変わっていくかもしれないじゃない。

 私は今の私が好きだし、変われてよかったと思う。でも、これから悪い方に変わらないとは言い切れないのに。理沙ちゃんは大人なんだから、それはわかってるよね?


 だけど理沙ちゃんはじっと私の顔を見て、私の言葉に一切動揺することなくゆっくりと口を開いた。


「あのね……変わっても、変わらなくても、どうなっても愛してるよ。それを今すぐ証明することはできないけど、でも、本当だよ。春ちゃんが大人になっても、色んなことが変わって、もしかしてものすごく悪い人になってしまっても、ずっと愛してるよ」

「……」


 私だって、理沙ちゃんのこと好きだ。きっとこの気持ちはずっと変わらないと思う。私には理沙ちゃんしかいないんだから。

 なのにどうして、こんな風に言ってくれる理沙ちゃんの言葉には苦しくなってしまうんだろう。どうせずっと続くわけなわけないって、疑ってしまうんだろう。

 だけど、信じたい。そう思うのも嘘じゃない。


「……今すぐ、証明できないって。時間をかけたら、できるの?」

「できるよ。証明、させてくれる?」


 そんなわけない。証明する方法なんてないはずだ。なのに理沙ちゃんははっきりと、全く迷わずにそう言った。


「どうやって……?」

「一緒にいる。私が死ぬまで、一緒にいるよ。そうしたら、証明できるでしょ?」

「っ……」


 ものすごく、単純な証明だ。証拠とかじゃなくて、もうそれはそのものだ。だけど、確かにそうだ。めちゃくちゃだけど、その通りだ。そして、そうしてほしい。


「そうだね。うん……じゃあ、証明して」

「うん。一生かけて、証明するよ」


 理沙ちゃんは微笑んで、もう一度私の手にキスをした。まるで誓うように。私はそんな理沙ちゃんにたまらなくなって、ソファから滑り落ちるようにしながら抱き着いた。


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