少しずつ距離をつめる

「……」

「……」


 あのお風呂にはいったあと、理沙ちゃんが社長先輩と正式に友達になったのはおめでたいけど、だからって私といるのに嬉しそうにスマホを見てるとやっぱりちょっと複雑な気持ちになってしまって、そっと私は理沙ちゃんの手に触れた。

 お風呂上がりの理沙ちゃんはいつもより肌がしっとりしている気がする。また無言になってしまったけど、顔はあわせないでいた。最初めっちゃ見られたけど、私がずっとテレビ見てたら理沙ちゃんも前を見て、手をおろして繋ぎやすくしてくれた。


 スマホを置いて私と手を繋いでいる理沙ちゃんに、そっとなんでもない口調で話しかける。怒ってるって思われたくないもんね。


「ねぇ理沙ちゃん、社長先輩と友達になれてよかったね」

「あ、うん。あの、あ、ありがとう。その、春ちゃんのおかげで、友達、できたよ」

「それは違うよ。最初から友達だったの。確認してなかっただけ。でも、これからは今までより仲良くなれるかもね」

「う、うん。ありがとう」

「何回も言わなくてもいいよ。でもね、私と一緒にいる時は、私だけ見てって、言ったよね?」

「あ……う、うん。ごめん」


 嬉しそうだった声音から一転、やっぱりすぐ謝ってしまう。怒ってる口調じゃないようにしたのに。その態度にこそちょっとむっとしてしまうけど、でもここでそれをだしたら、それこそ嫉妬してるって勘違いされてしまう。


 私はことさら優しい声を意識して、そっと理沙ちゃんを向いて応える。


「いいんだよ。謝らなくても。私の方こそ、ちゃんと見てもらえるよう頑張るから」

「……」


 私の顔を見た理沙ちゃんはもうすでにちょっと頬を染めていて、口元を少しふるわせてから微笑んで口を開けて、何か言いたげになったけど言葉が出ないみたいでまた閉じた。


「ふふ。また、なれるように手を繋いでいくとして、今日はここまでにしよっか」


 ぱっと手を離したら、理沙ちゃんは残念そうにしながら頷いた。そしてスマホは置いたまま、私と一緒に寝るまでゲームをした。


 今日は手を繋いだままお話しできたし、ちょっと進展した感じがした。これからも理沙ちゃんをよそ見させないよう、ちょっとずつ距離をつめていかないとね。

 まだまだ、手を繋いでお外をデートできるには程遠い。だってあんまりぎこちなかったり、今みたいに見つめ合って黙っちゃたらあやしいもんね。


 理沙ちゃんと私が恋人なのってほんとはいけないことだし、手を繋いだって外だと普通に仲良し姉妹的に思われるだろうから、デート自体は問題ない。でもほんとに恋人のデートだって知られるのはよくないもんね。


 夜寝るのも、昨日寝るほどはドキドキで眠れないってことはなかった。翌日も同じようにしてちょっとずつなれていった。


「ねぇ理沙ちゃん」

「なに?」

「明後日の日曜だけど、デート、何かしたいことある?」

「うーん……」

「理沙ちゃん、好きなことはないの? デートじゃなくても、一人の時してることとか」

「一人……仕事、じゃなくて、読書とか。漫画も好きだよ」

「それは知ってるけど……じゃあ、漫画を一緒に見てみよっか」


 それってデートになる? と思ったけど、でも何事もやって見なきゃわからないよね。私も漫画は好きだし、理沙ちゃんの持ってるのは普通に見せてもらってる。だからこういう時は漫画喫茶とかに行って一緒に二人で新しいのを見ればいいのかな。


「え、あの、漫画を……?」

「うん、理沙ちゃんの家の漫画は全部読んだけど、普通に面白いし。趣味あってると思うな」

「あれ、読んだの? 何だか、恥ずかしいな」

「ん? 家のものは好きにしていいっていってたよね?」

「そうだけど……あの、ちょっと、趣味が知られたみたいで、ちょっと恥ずかしいなって」


 理沙ちゃんはそう言って頭を搔いたけど、理沙ちゃんはもっと他に恥ずかしがるところいっぱいあるよね? 振る舞いとかさ。まず私に告白すること自体恥ずかしいことだとは思わなかったのかな。まあ、してくれたおかげで今私は幸せだけど。


「大丈夫だよ、理沙ちゃん。今までの理沙ちゃんがしてきたことに比べたら全然恥ずかしくないよ」

「あ、ありがとう……?」


 手を繋ぎながらもこの位は会話できるようになってきた。顔をあわせないでだけど。しりとりとかして手を繋いでることに意識しないようにとか頑張った甲斐がある。


 明後日のデートも決まったし、これで憂いは……あ、ちょっと待って。今気づいたけど、家にいるときずっと手繋いでるからお仕事してないよね!? もちろん、パソコンつけてなかったからそうしたんだけど、途中からしようと思っても私の為に中断できなかったとしたら?


「あ、あの、理沙ちゃん」

「なに?」

「そのぉ、お仕事とか、進捗? ってどうなのかな? 私、ちょっと今週邪魔しちゃったかなって言うか」

「あー、全然、大丈夫だよ」

「あの、デートも無理に毎週しなくていいわけだし。お仕事があるならそれを優先してね」

「いや、デートの方が……えーっとね、あの、今受けてるお仕事は、三種類あって、うーんと、先輩から計画書をもらって、頭の中にある設計書をパソコンでかいて渡すのが一番多い仕事なんだけど、それぞれ数カ月単位で期限を設定してくれていて」


 理沙ちゃんの説明によると、一つ目のやつが一番近い期限で一か月以内で出来上がっていて最終確認をしている最中で、二つ目が半年以内で8割完成し、三つめが八か月以内で2割くらいらしい。私が家事をする分むしろ順調にすすんでいたので、余裕らしい。

 とりあえず私のせいでお仕事をさぼっていたまでは行かないみたいでよかった。確かに私が手を繋ぐ前も、やってる日もあればやってない日もあったしね。でも今週みたいにずっとしないままってわけにはもちろんいかないんだから、ちゃんとお仕事の予定も考えないと。


「じゃあこれからはお仕事も私サポートするよ。予定決めよ。週に何時間くらいって目安あるの?」

「うーん……大学でも、一応授業と授業のあいだとかしてるし、あと、大学行く前、春ちゃんがいないときしてるし、朝規則正しく起こしてくれるだけで、春ちゃんがいなかった時と同じくらいはもうしてるんだけど」

「そうなの?」

「うん。でも、そうだね、えっと、じゃあ、平日に全然してない日もあるから、土曜日の午後はお仕事することにする」


 どうやら夜に私が邪魔したところで毎日してなかったわけではなく、ある程度はしていたらしい。なら夜って言ってもお風呂あがって九時前くらいでも二時間ないくらいだし、週に三日でも6時間か。なら土曜日の午後でちょうどくらいなのかな。


「わかった。じゃあその間は邪魔しないようにするね」

「邪魔なんて……あのね、そうしてもらうんだけど、邪魔とか、そう言う言い方、しないでほしい。春ちゃんがいるから、前よりお仕事のやる気もでてるし、ペースもあがってるから。春ちゃんは、いてくれるだけで役に立つっていうか、あ、別に、物扱いってわけじゃないし、あの、家事してくれるのももちろん、助かるし、その、そうじゃなくて、精神的にと言うか」


 理沙ちゃんはちょっと眉をしかめてから真面目な顔で、そうたどたどしくもとんでもなく私のことを評価してくれた。いやもう、私がいるだけでやる気が出てペースが上がって精神的に助かるって。私のこと好きすぎるでしょ。

 いやまあ、私だって、自分のだけ料理つくってた頃よりずっと気を使って色々つくってるし、気を使ってって言っても別に嫌とか無理とか頑張ってじゃなくて、理沙ちゃんが喜んでくれて健康になってくれるならって思うならであって、それだけじゃなくてまあ色々、やる気になるんだけど。

 やばい。当たり前のようだけど、そんな改めて言われると、すごい照れてしまう。顔熱い。


「そ、そう、なんだ……あの、なんていうか、その……あ、ありがとう。私も、理沙ちゃんだから、料理も、やる気でるし、その、頑張るよ」

「う、うん……頑張る」


 ……やばい、理沙ちゃんめっちゃ好きだし、めっちゃ好かれてる。わかってたけど、照れるし。それに理沙ちゃんの恋愛感情なんて勘違いだってわかってるのに、なんか、本気に感じちゃう。

 理沙ちゃんが成長するまでの期間限定だってわかってるのに、その勘違いを気付かせたくない。ずっと勘違いしたままでいてほしくなっちゃう。


「……」


 ちょっと、変に泣きそう。よかった。基本顔をそらすようにしていて。私が前を向いたら理沙ちゃんも自然に向いてくれたから、涙目なのを見られずに済む。


 ……理沙ちゃんはいつか、自分で勘違いに気が付く。だって結局友達だっていたんだから。今はまだ、それより特別な私を勘違いしてるけど、でもそんなの親族で子供だったからのものだ。

 でも、少しくらいいいんじゃない? 少しくらい、その勘違いの期間が伸びるように頑張ったっていいんじゃない? だってどっちにしろ、高校を出るまでは一緒なんだし、まさかそれまでに他に恋人って作りにくいんだし。だから、ちょっとくらい伸ばしたっていいよね?


「理沙ちゃん……私、理沙ちゃんのこと好きだから。大人になるまで、見守っててね」

「え、う、うん……ずっと、見てるよ」


 理沙ちゃんを振り向いてそう微笑みかけてお願いすると、理沙ちゃんははにかみながらも頷いてくれた。これでひとつ、言質になった。そんな私はきっと性格が悪いんだろう。わかってる。だって親にすら好かれない子が性格がいいはずがないんだから。

 理沙ちゃんはおばさんにもおじさんにも愛されてる。だからこそ、ちょっと駄目な子で今まで友達もいなかったとして、性格だっていいし、人に愛されるいい人なんだ。そんないい子だからこそ、私なんかにも勘違いできる。わかってる。


 だからこそ、一生、なんて高望みはできない。それでもせめて成人まで。それまで。私が社会的弱者で保護される子供の間だけでいいから、夢を見ていたい。


「約束だよ」

「うん……約束。私が春ちゃんの、一番傍に、ずっといるよ」


 優しい理沙ちゃん。大好きだよ。

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