手を

 理沙ちゃんとの恋人関係を堪能しようと決めた。決めたけど、いまいち一歩踏み出せないでいた。

 だって、堪能って言ったって、何をすればいいのかわからない。恋人って。き、キスとかは、まだ、じきしょーそーって言うか。ていうか、理沙ちゃんとか私と手を繋ぐのを目標にしてるくらいだし。うん。まずは、そこ、だよね。


 私のあの、独占欲まるだしな発言によって理沙ちゃんもちょっと何かを感じているようで、ちょっと態度が変わってる気もする。

 前より家にいる時間が長くなった。バイトだって家の中だけじゃなくて外での要件も前はあったし、予定表に授業がない時間も大学で遅くまで勉強してるってこともあったのに、最近はできるだけ家でしてるみたいだ。


 私だけ見てって、お願いしたから。できるだけ近くにいようとしてくれてるんだ。それが分かるから、私はますますドキドキして、好きになってしまう。

 理沙ちゃんのこういうところ。家にいるだけで積極的に話したり触れ合ったりとかそう言うことは何にもないのに、不器用なりに私に寄り添ってくれようとするところ、すごく好き。私を受け入れて、私を求めてくれてる。他でもない私を。


「あのさ、理沙ちゃん」

「あ、なに?」

「まだ、次のデート、予定決まってないでしょ?」


 夜、今日はお仕事がないみたいで一緒にテレビをボーっと見ているだけなので、思い切って切り出した。

 次のデート、と当たり前みたいに言うのは一瞬緊張した。受け入れてもらえるって思っていても、まだ少し不安になってしまう。だけど理沙ちゃんはあっさりと私を見て頷いてくれる。


「あ、うん。あの、もう一回、この間のところはどうかな?」

「それも悪くないけどさ、週末、時間つくって一緒にパソコンで調べて決めてみない? 理沙ちゃんだけに押し付けるものじゃないって、思うからさ」

「ん……うん、そうしよっか」


 理沙ちゃんは私の提案に微かに嬉しそうに微笑んでくれた。その大人っぽく優しい感じに、さらに心臓が高鳴ってしまう。ああ、やばい。自覚してからほんと、私ずっとドキドキしてる。


 お仕事してる理沙ちゃんももちろんカッコいいし、好きなの食べてる時の美味しそうにちょっとだけ目元が柔らかい感じも可愛いし、お風呂上がりのしっとりしてる感じとか綺麗だし、寝起きとかだらけてる時もなんかこう、胸がきゅんとするし。

 なんかもう、私ばっか理沙ちゃん好きだよね。理沙ちゃんのは勘違いだから仕方ないにしても、私もう、まじだもんね。ああ、もう。なんか悔しい。勘違いだってなんだって、理沙ちゃんから告白してきたせいなのに。それがなかったら、私だってずっと普通に理沙ちゃんが好きな従姉妹でいられたのに。

 うーん、でも、そうじゃなかったら恋人気分だって、一生知らないまま生きていくって考えたら。やっぱり告白してもらってよかったのかもだけどさぁ。


「理沙ちゃん、明日の晩御飯とか、何かリクエストある? あ、ハンバーグ以外で」

「ん? うーん……カレー、かな」

「カレー? うん、わかった。カレー好きなの?」

「うーん、まあ。春ちゃんも好きだよね?」

「うん」


 レトルトでよく食べてたから、理沙ちゃんのお母さんのカレーを始めて食べた時は衝撃だった。全然違って、具が大きくて、どろっとしたのが美味しくて。家では自分の分しかつくらないから、カレーとかいっぱいになっちゃうのは作ったことなかったんだよね。家庭料理って感じがして、好き。美味しいご飯は何でも好きだけど、カレーは結構好きな方。でも理沙ちゃんにばれてたのか。なんか、ちょっと恥ずかしいな。


「……あの、私のカレー、美味しい? おばさんのカレーみたいにしたいんだけど、ちょっと違うんだよね」

「ん? そうだね。私は春ちゃんのカレーの方が、好きだよ」

「そ、そう……」

「うん。……ドラマ終わったし、そろそろ寝る?」

「……うん」


 いつも見てるドラマが終わって、夜のニュースが流れだしたので理沙ちゃんがそう言った。もういつも寝る時間だ。デートの話をしたし、今日はなんだか、ちょっといい雰囲気だった気がするけど、でも、じゃあ何がしたいかって言われても。


「……」


 二人並んで歯磨きをする。理沙ちゃんはちょっと歯磨きがへたくそだ。洗面台の前にふちに手をついて立ち、腰をちょっと折って口からこぼれた泡が床に垂れないようにしているのだ。

 大人にあるまじき滑稽な姿勢だ。口からぼとぼとこぼしながら歯磨きをしてるんだから。口を閉じればそれで済むはずなのに。

 前はほんとにただ呆れていた。でもそう言うところが最近は可愛いとすら思えてしまう。不器用すぎる。でも実際、これによって床が汚れるとかはない。ちゃんと理沙ちゃんなりに解決はしているのだ。だから問題ない。ただちょっと滑稽で、可愛いだけだ。


「がらがら……ぺっ」

「おーあい」

「ん」


 うがいを終えて、鏡の前でいーっとしてチェックしている理沙ちゃんの腰をつつついてどかせる。私も早くうがいしたい。交代して歯磨きを終わらせる。


「ん。理沙ちゃん、鏡で確認できなかったかわりに、見てあげるから口見せて」

「う、うん。いー」

「次はあーして」

「あー」

「うん。大丈夫。綺麗だよ」


 素直にかがんで私に向けて口の中まで見せてくれる理沙ちゃん。人の口の中ってあんまりまじまじ見ることないから、何だかちょっとドキッとしてしまった。変なの。

 ちょっと戸惑ったみたいな理沙ちゃんだったけど、私の太鼓判にニコッと笑ってくれた。


「ん。春ちゃんも、見るよ」

「え。うん。い、いー」


 あ、あれ? 思った以上に、理沙ちゃんに向けて口見せるの恥ずかしいな。


「あー」

「うん。大丈夫だよ」

「ありがと……理沙ちゃん」


 でもなんだろ、歯を見せるのも、口の中見せるのも。全然大したことないのに。歯医者さんにいくらでも見せて何ともなかったのに、なんか恥ずかしい。これも、理沙ちゃんに恋してるからなのかな。


「じゃあ、部屋に戻ろっか」

「うん、んっ? え、は、春ちゃん?」


 私はなんだか胸がぽかぽかして、寝る前にもう少し理沙ちゃんに近づきたい気がして、そっと理沙ちゃんの手首を握った。

 まだ六月の前。寝間着はまだ長袖だ。だから服を触ってるだけなのに、理沙ちゃんのほっそりして、それでいて私の手でつかみきれない手首。少し強く握ると、筋や力が入った感じとかわかって、なんだかすごく、ドキドキした。

 瞬間的に赤くなって戸惑う理沙ちゃんを無視して、私はそのまま寝室に向かって歩き出す。


「え、あ、あ……」

「……おやすみ、理沙ちゃん」

「う、うん。おやすみ」


 寝室についたから手を離して振り向いて挨拶すると、理沙ちゃんは真っ赤な顔で私がつかんでた右手首を左手でさすりぼんやりしながら頷いて返した。

 その反応に胸がぎゅっとなって、私は口の端がつりあがってしまうのを誤魔化すためすぐに背をむけて自分のベッドスペースに向かった。


 布団に入ってくるまると、ゆっくり理沙ちゃんが自分の布団にはいってるもぞもぞ音が聞こえてくる。

 それを聞きながら、私はそっと自分の手を見る。理沙ちゃんの手をつかんでた手。


 ……次は、手、触ってみたいな。そんな風に欲がでてきてしまう。すぐには寝れそうになかったから、今みたいにできるだけ自然に理沙ちゃんに触れる方法を考えた。









「……」


 朝、起きた。昨日、布団の中でいっぱい理沙ちゃんと手を繋ぐ方法考えてたのに。なんかこれうまくいきそう! ってのも考え付いた記憶はあるのに、肝心の方法について忘れた。

 えー。なんだっけ。さっきまで見てた夢の方は覚えてるんだけど。理沙ちゃん、夢の中でもなかなか手を繋いでくれないんだもんなぁ。


「はぁ」


 一つ息をついて、仕方ないので起きた。いつも通り支度して、朝ごはん用意して、理沙ちゃんを起こす。

 朝ごはんを食べてる理沙ちゃんはいつもよりぼんやりしているようで、もそもそしてる。今日はカレーだから、帰りにジャガイモとカレー肉買おう。エコバックと財布を忘れないようにしなきゃ。人参と玉ねぎ、カレールーはまだある。


「じゃあ行ってくるね」

「あ、う、あの」

「ん?」


 最後に荷物の確認をしてからランドセルを背負ったところで、理沙ちゃんが私を引き留めた。首をかしげながら理沙ちゃんの反応を待ちつつ、ちらっと壁掛け時計を見る。10分以内に言ってくれたら大丈夫だ。


「……ぁ……げ、玄関まで、送るよ」

「えっ、あっ」


 理沙ちゃんを目をぐるぐるさせているのを三分ほど待ったところで、理沙ちゃんは突然そう言って私の手首を、いや、ほとんど手の甲をつかんで歩き出した。玄関までなんて、ほんの数歩だ。10歩もない。だからすぐ到着した。


「……」

「……」


 理沙ちゃんは玄関前で、ドアを見たまま黙って私の手をつかんでる。理沙ちゃんの手、力強いなぁ。手の甲側だから全然理沙ちゃんの手の感触とかわかんないけど。なんていうか、うん。おっきくて、やっぱり大人なんだな。

 と言うか、まさか、理沙ちゃんからこんな風にしてくるなんて。やっぱり昨日、私が急に手首つかんだからだよね。ううん。嬉しいけど、照れる。


「……あっ、も、もう、時間だし、こ、今度こそ行くね」


 まだもうちょっとこうしていたい気はしたけど、はっと気づいて腰につけてる時計付きの防犯ブザーを確認すると、もう家を出る時間をちょっと過ぎてる。


「あ、うん、い、行ってらっしゃい」

「うん、その、行ってきます」


 手を離してもらって靴を履いて振り向くと、理沙ちゃんは顔を赤らめながらそう行ってくれた。その当たり前の挨拶がくすぐったいほど嬉しくて、私は笑顔で挨拶をして家を出た。


 ちょっと駆け足気味に学校に向かう。ドキドキしちゃって、そうしたい気分だった。結局、いつもより早いくらいに学校について、それでもドキドキが収まらなくって、私は理沙ちゃんのことを考えながら授業を受ける羽目になってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る