ふうちゃんちーちゃん断片集

古川早月

その1「おうち時間の過ごし方」


 携帯電話が振動したのは、パソコンに向かい続けるのに疲れ、一息つこうと立ち上がった時だった。

 ディスプレイには見慣れた名前。休憩ついでに相手しようと思い、床に寝転がって通話ボタンをタップする。すぐに電話が繋がり、これまた聞き慣れた声が耳に届いた。


『よっす、生きてるかー?』

「…せめてもしもしとか言おうよ」


 わたしが呆れながら言うと、相手は『そうかそうか、次から気をつけるわー』と呑気な声で言った。


「で、どうしたの?そっちから電話してくるなんて珍しいじゃん」

『暇だったし、ちーが死んでないかどうか確認しておこうと思ってなぁ』

「何でわたしが死ななきゃならないのよ」

『だって退屈だろ?』

「…まあ、退屈は退屈だけれどそれで死ぬ事はないから安心して。ふうちゃんこそ、退屈で死にそうなんじゃないの?」

『ご名答ー。今すぐ外に飛び出してカラオケにでも行ってストレス発散してぇよ…出来ねぇけど』

「今の状況じゃ無理だね」


 ウイルスの拡大に伴い、時の総理が緊急事態宣言を発令してから二ヶ月が経った。

 「StayHome」を合言葉にした外出自粛は今も続いている。それはわたし達も同じで、本来なら大学でキャンパスライフを満喫しているはずが、実家でパソコンとにらめっこする日々が続いていた。

 わたしみたいな引きこもり体質な人間なら兎も角、ふうちゃんは引きこもりとは対極に位置する人間だ。退屈で死にそうだから電話してきたのだろう。とはいえこんな状況なので話題も無い。だから自然とお互いの過ごし方の話になった。


「ふうちゃんはおうち時間、何して過ごしてるの?」

『まあ大学の勉強とかやってるよ。あと公務員試験の勉強を…』

「おお、立派」

『…やろうとして三日で飽きてやめた』

「おい」

『だから今は積みゲーの消化してるよ。バイトしようとしたけど、親に止められてるしやる事が無いんだわ』

「…それは仕方ないよ。ふうちゃん、基礎疾患持ちだし」


 ふうちゃんは基礎疾患持ちなので、仮に感染して重症化したら大変だ。そんな訳で、家族から一切の外出を禁じられているらしい。

 ふうちゃんは苦笑しながら『だよなぁ。おれが感染したら無事じゃすまねぇよな』と少し寂しそうに言った。元テニス部で、外で体を動かすのが大好きなふうちゃんの事だ。抱えているストレスは相当なものだろう。


『ちーは何してんの?この期間中』

「わたし?大学の課題とかをやって、それで…」


 そこで言うのを躊躇った。

 ふうちゃんは幼稚園の頃からの付き合いだ。大学こそ離れたけれど、幼稚園から高校まで一緒だった。恋人だとかそういった関係では無いけれど、ある意味家族以外で一番わたしの事を分かっている人だといえる。

 それでも、言うのを躊躇ってしまう。言ったら笑われると思ったから。


『…ちー?どうした?』

「あー、えっと、笑わないで聞いて欲しいんだけど…わたし、小説書き始めたんだ」


 元々、本を読むのは好きだった。自分でも何か書きたいなぁと思ってはいたけれど、高校には文芸部が無かったし、書く機会も勇気も無かった。

 だけどこの機会に、簡単なものでもいいから何か書こうと思い立ち、書き始めたのだ。恥ずかしいので家族には言っていないし、言うのはふうちゃんが初めてなのだが…こういった事をしてると言うと笑われるというイメージがあったので、言い辛かった。

 

『へぇぇ、遂に書く方に手を出し始めたのか』


 わたしの言葉に、ふうちゃんは驚いた様に声を上げた。


「昔から憧れだったし…この機会に書いておかないと、後悔する様な気がしたから」

『まあ、いいんじゃねーの?そうやってやりたい事を出来るってのはいい事だと思うぜ』


 ふうちゃんは否定したりはせず、羨ましがる様な口調でそう言った。


『…なんつーかさ、そう考えるとこの期間も無駄って訳じゃないんだよな』

「ふうちゃん?」

『確かに窮屈で退屈な時間ではあるけどさ、自分がやりたい事に打ち込んだり、将来の事考えたり出来る貴重な時間なんじゃねぇかなって思った』

「それは…」


 確かにそうだ。

 こんな時間、今を逃したらもう無いだろう。

 感染は止まらないし、それによって苦しんでいる人だって大勢いる。だから肯定する訳じゃないけれど―少し立ち止まって、自分の事を考えるのにはちょうどいい時間なのではないだろうか。


『だからまぁ、アレだ…おれもこの機会にやりたい事とか見つけてみようかねぇ』

「それがいいと思うよ…そうだ、ふうちゃんも小説書いてみたら?」

『それもいいかもな。もしかしたら才能が開花するかもしれねぇし』

「うんうん、それで新人賞とか取っちゃったりして!」


 冗談交じりの口調で言うふうちゃんに、わたしも冗談で応じる。半分程は本気だったが。


『…でもその前に、やるべき事がある』

「え?大学の課題とか?」


 わたしがきくと、ふうちゃんはたっぷり間を置いてから答えた。


『積みゲーの消化だ』

「…時は金なりって言葉知ってる?」


   *   *   *


 通話を終えた後、わたしは寝転がったままぼんやりと宙を見つめていた。

 ふうちゃんの言う通り、この時間は決して無駄な時間という訳では無い。自分がやりたい事に打ち込んだり、将来についてじっくり考える事が出来る時間だ。

 確かにおうち時間は単調で退屈で窮屈ではあるけれど、だからこそ出来る事がある…そういった事を、改めて実感した。

 わたしは起き上がり、パソコンの前に座る。スリープモードを解除すると、真っ白な画面に文字列が表示された。

 そして、わたしは自分なりのおうち時間の過ごし方―小説の執筆に意識を戻し始めたのだった。

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