去るのは、一難では済まない

するとルーファスは平然と嘲笑った。


「全てはゲームという観点から始まったのだよ、皇子。父親の、“ウインダムズ皇帝を殺した”のは、その第一段階だ。そして皇子と接触したのも、所詮は第二段階の軌道に過ぎない…」

「…!」

「…殺しをゲームの代用に…か」


怒りで声すらも出なくなったシグマに変わって、リックが胸糞悪そうに呟く。

それを受けるように、そして更にルーファスの真意を探るべく、今度はライムがルーファスを攻めた。


「そして、その舞台が…ウインダムズでの“過去”? いや、貴方にとってみれば、それが…それそのものが発端だったのね!?」

「…そうだな。そして俺にとっては、それもひとつの楽しみだ。皇家の過去を、少しでも掌握していること…それ自体がな」


ルーファスの口からこぼれ落ちる残酷な言葉は、シグマの耳に否が応にも滑り込む。

そしてそのシグマのやり場のない怒りは、全て剣を握る手に込められた。


「!それが本当なら、俺は…お前を…お前だけは許さない!

許す訳にはいかない!」


シグマは沸き上がる怒りに任せて剣を構えた。

その様を見たルーファスが、せせら笑う。


「そんなもので…俺を殺すつもりか?」

「お前は、相当の仕打ちを俺に──そして父親にしたはずだ! だから俺は、持てる力の全てを失ってでも…結果的に自らが死ぬ事になろうとも…お前を全力で殺すと決めたんだ!」


父親の仇を目の前にして、

その仇の前で真実を突きつける事で、

シグマは自らの決意を新たに固めた。


するとルーファスは、意外にも動揺することもなく、むしろ完全なまでの余裕を見せながら呟く。


「皇子には無理だ。お前には…俺は殺せない」

「殺せないかどうかは──やってみれば分かる!」


シグマは強く言い捨てると、すぐさま攻撃を仕掛けるべく剣を引いた。

…すると。


現時点で、一触即発という言葉がぴたりと当てはまる程に、切迫し空気に緊張を漂わせ対峙している、シグマとルーファス。

そのルーファスの隣に、不意に魔術で姿を見せた少女がいた。


まさかこの状況下で、第三者に割って入られるとは思わなかったシグマが、意外と畏怖を合わせたような絶句の声をあげる。


「なっ…!?」


シグマの視線の先が気になったのか、つられてルーファスもそちらに自然、目を向ける。


「!フレア…」


先程まで繰り返し余裕を見せていたはずのルーファスが、ここに来て、今までにない激しい動揺を見せた。

そんなルーファスを、リックとライムは油断なく視線で捉え続ける。


「フレア…? 何者だ、こいつ…!?」

「この人、もしかして…ルーファスの仲間!?」


リックとライムは同じ事を危惧していた。

敵の数。…当然ながら、ひとりを相手にするのと、二人を相手にするのとでは、まるで訳が違う。

しかも、この場合、フレアと呼ばれた少女の実力や能力は、まるで分からず…

それこそ、“まるっきり見当も及びもつかない”。


…そんな裏事情から、リックがそれこそ穴の開くほどにフレアを凝視し、警戒していると、そのフレアと呼ばれた少女は、突然、負傷したルーファスを躊躇いなく支え、焦り気味に声をかけた。


「父上、大丈夫ですか!? ──父上っ!」


この呼びかけに一番度肝を抜かれたのは、言うまでもなくシグマだった。


「!…父上…!? ルーファスの…娘!?」


するとルーファスは、己を助けに来たはずの娘に向かって、罵声に近い、激しい苛立ちの声をぶつけた。


「この程度、怪我のうちには入らん! …それよりもフレア、お前、何故…姿を見せた!?」

「!それは、父上が負傷した気配がしたものですから…」


まさか叱られるとは思ってもみなかったフレアは、既にしどろもどろだ。

そんな様を一瞥したルーファスは、彼には似つかわしくなく、きつく歯を軋ませた。


「もういい! …今回ばかりは分が悪いようだ。──皇子!

今回は勝ちを譲るが、次はないと思え! 退くぞ、フレア!」

「!はっ…、はい、父上!」


ルーファスが魔術によって姿を消したのを見定めて、フレアが慌ててその後を追う。

後には重苦しいという表現が最もぴったりな程の、異様な空気がその場を支配する。


すると、ようやくルーファスの威圧から解放されたらしいリックが、心底ほっとしたように息をつく。


「…ふう、行ってくれたか…」

「とりあえず、命拾いしたわね…」


ライムが冷や汗をハンカチで拭きながら安堵する。

それにシグマは、頷いた。


「ああ。──それにしても、気になるのは、あの…」


…そう言いかけたシグマの声は、けたたましく扉を開け放つ音によって遮られた。


「お兄様っ! シグマ様が来てるんですって!?」


壊れそうな勢いで扉を開き、高らかにそう言い放った少女を見た瞬間、リックは思いきり引きつった。


「う"っ…、リアナ!?」


…そう。

そこに颯爽と現れたのは、リックの妹であり、ここファルスの第一王女でもある、リアナ=ファルスだった。


しかし、リックのリアナを見た反応もさることながら…

その傍らでは何故か、シグマが柄にもなく硬直していた。


「り…、リアナ…!」

「シグマ様っ! お久しぶりです♪」

「その能天気な性格は相変わらずだな…、リアナ」


シグマが目を据わらせて皮肉げに呟くが、それがこのファルスの王女に通用する訳もなかった。


「えーっ? もう、失礼ねぇシグマ様っ。でも、そのクールさが私には堪えられませんわ♪」

「………リック………」


心中の疲れを反映させ、ほぼ半眼になりつつも、シグマはリックに、言いようのない感情の矛先をやつ当たる。


「!済まないシグマっ。非常に申し訳ないっ! …バカな妹で──本っ当に!」

「…分かっているなら、何とかしてくれると嬉しいんだが」

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