第35話 意外な目撃者ですわ


「で、わたくしを知っているとは聞き捨てならない言葉。どういう意味か教えていただけますか?」

「お、おう。……そんな古風な喋り方、だったか? まあいいか。あんたと会ったのは三か月くらいまえだったか? 覚えていない? 俺の名は桧垣 栄吾。まあ夜のお店のスカウトマンってやつだ」

「名刺……。『キャバレークラブ不夜城』ってキャバクラってやつですか?」

「だな。あんたがあの時の嬢ちゃんなら高校生だろ? 誘う訳にゃいかねえ」


 男、桧垣が胸ポケットから小さな紙切れを取り出してわたくしたちの前へ。

 涼太がそれを手に知っていますといった感じで桧垣の顔を見る。

 キャバクラはとりあえず後で説明を聞くとして、わたくしは返答をする。


「申し訳ありません。わたくし、少し前に自殺を図ってビルから飛び降りたのですが、つい最近の記憶以外はありません」

「マジか……? あ、タバコ吸っていいか?」

「どうぞ」


 すると桧垣の横に座っていた男が火をつけた。そういえば若杉警部も使っていましたわね


「……あれはなんですの?」

「ライターだよ。父さんも母さんもタバコ吸わないからね」

「若杉警部が吸っているのを見たことがありますの」

「警部……!?」

「落ち着けヤス。自殺未遂したんなら関わっててもおかしかねえよ。それで、ショックで記憶喪失、ってところか」

「その認識で構いませんわ」


 わたくしがそれで? と続けると、桧垣は煙草の紫煙を吐き出しながら答えてくれる。


「……結構、インパクトがあったから覚えていたんだよ。今みたいなキレイ系じゃなくて瓶底眼鏡だったよな? ちょうど半月前の夜に繁華街でぶつかったんだ、なにかから逃げるみてえによ」

「逃げる……?」

「ああ。随分慌てていたからちょっと匿ってやったんだ。すごく丁寧にお礼を言われてな」


 ということは何者かに追われていた、ということになりますわね。まさかこんなところに接点があるとはさすがに驚きました。


「その、追っていた人間は見ましたか?」

「んー? そうだな……あんたを匿った後、派手めの女が血相を変えて目の前を走っていったくらいか。一瞬だったからそいつの顔は覚えてねえし、追っていたやつかもわからねえな」

「そうですか」


 詳しい話は知らないとぴしゃりと言われ、すぐに美子がその場を離れたためそこまで込み入ったところまで分からないとのこと。

 

「はいよ、グランデキャラメルソースエクストラホイップホワイトモカだ」

「あら、どうも。ふむ、これは……」

「うわ、すごいなこれ……」


 およそ飲み物と思えないような物体が目の前に置かれ、わたくしと涼太が絶句。買ってきた男は満足げですわね。しかし、次の瞬間興味深い話を口にする。


「今のあんたが追われていた話、オレも覚えているぜ。すぐにどっか行ったから話してないけどよ、あの追いかけていた奴は君と同じ制服を着ていなかったっけ?」

「馬鹿、ヒロ。この子はその時のことを覚えていねえんだってよ」

「なんですって? その話、本当ですの?」

「うわ、零れる!?」


 超がつくほど重要な事実にわたくしが身を乗り出してヒロと呼ばれた男に詰め寄る。


「うお……!? そ、そうだよ。その後、なんかおっさんが追いかけて行ったような気もする」

「おっさん……」

「最近その子かおっさんを見たことは?」

「落ち着けよ嬢ちゃん。それこそ半年前の話だし今のいままで忘れていたレベルだ、期待すんな」

「確かに……そうですわね」


 もどかしいですわね。

 少し前進したと思ったのですが、まだ隠されていることがある、と――


「というかどうして今さらそんな話を? 飛び降りたってのもちょっとこええな。オレが高校の頃は喧嘩ばっかだったんだがよ」

「実は――」


 と、わたくしは話せる範囲で事情を説明。

 なにかに追われていて飛び降り、そこから記憶がないこと。今もそれが続いていることなどを。

 一応、若杉警部が関わっていることも。警察が関わっていることを知れば牽制にもなりますしね。


「――なるほどねえ……。跳ねられそうになった上に誘拐未遂とは、俺達には真似できねえことをやってんな」

「あなた達もそうしようとしたのでは?」

「ちげえよ。それこそ若杉の旦那に睨まれちまう。あくまでも『話し合い』だ。くっく……」

「ああ、悪い人の笑みだ」

「いいやつなわけはねえな?」


 桧垣がにやりと笑いながら煙を吐き出し、続ける。


「それにしても妙な話だぜ。もし、追いかけていた奴が犯人なら、嬢ちゃんに記憶がねえと知っている可能性は高い。記憶を取り戻されたら困るから始末するというのはまだわからんでもねえが……」

「なにが言いたいのですか?」

「あまりにも杜撰だと思ってよ? ただでさえ警察の保護下にあって自殺未遂をしているんだ。手にかけたらそもそも『追い詰めた人間が居る』ことは判明するだろ?」

「ええ……?」


 涼太が質問に対して首を傾げる。すると桧垣は面倒くさそうに頭に手を置いて煙を吐き、タバコを消す。


「要するに寝た子を起こす必要があるのかってことだ。記憶が無いなら様子を見るのが基本だ。何かを知られたくない、暴露されたくないなら猶の事だ」

「よほど焦っている、ということですかね」

「だな。なにか証拠になるものを持っているんじゃねえか嬢ちゃん」

「証拠……と言われても、日記には特に犯人について書かれておりませんし、心当たりがありませんわ」

「写真とかはどうだ?」

「『しゃしん』?」


 とはなんでしたかしら? わたくしがきょとんとしていると、涼太が『あ!』と呻いてからわたくしの肩を揺すってきました。


「姉ちゃん、スマホ! スマホだよ!」

「スマホがどうしたのです?」

「カメラ……って言ってもわかんないか。ちょっと貸してもらえる?」

「ええ」


 涼太が冷や汗をかきながら取り出したわたくしのスマホを手に取り、操作を始める。その間にわたくしはグランデキャメルクラッチソースクエストホイップホワイトモカとやらを飲むことにしましょうか。

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