第32話 落とし前

結局、カールは見つからなかった。


監獄に残って物色していた囚人グループを十数回発見し、その都度牢屋へぶちこんだ位だった。


監獄の外には数万人の犯罪者がのさばっている。再び捕まえて牢屋へ入れることは不可能に近かった。

壁の外側の機能は完全に崩壊したのだった。


壁の内側の軍へ要請しても無駄だとは分かっていた。ここは国であって国じゃない。ここがどうなろうと壁の内側の者逹には関係無いという考えだだった。


「一旦、ウド獄長の所まで戻って報告しよう。今後、我々はどうするべきか判断して貰わなきゃな」

アドルフが、皆に提案をして戻ろうとした時、エヴァが異常な状態になっている事に気付く。


「エヴァ。。大丈夫か?」


エヴァは膝ひざを抱え込んで震えていた。

「レオ。。。ダルケ。。。皆死んじゃった。。。。」


「まだ皆が死んだとは限らない。とにかくここから出よう。リュック、エヴァに手を貸してやってくれ」


「ウッス」

リュックが手を貸そうとした時、かすかに助けを求める声が聞こえた。


「声が聞こえる。あの奥の牢屋からだ」

一行は警戒しながら奥の牢屋へ向かった。


?!


何と、中には30人位の看守が牢屋に詰め込まれていた。


「アドルフ隊長? 皆!アドルフ隊長だー!」

アドルフに気付いた看守が叫ぶ。


牢屋の中で看守逹から歓声が起きた。


が、牢を開けたくても鍵が見つからない。

誰かが隠したのか、混乱で紛失したのか分からなかった。


「スペアの鍵が監長室の棚に入っている筈はずだ。俺とリュックで取りに行ってくる。お前逹は状況をあいつらに聞くんだ」


それぞれが目的を持って行動した。

監長室は上の階へ上り宿直室があるエリアの1番奥にあった。

ドアは施錠されており傷だらけになっていた。どうやら囚人逹が強奪しようとしていたらしい。しかし、有事に備えて頑丈に製作されていたため、開けられなかったようだ。


アドルフとリュックもドアの破壊を試こころみたが頑丈で成功しなかった。


「あの人の性格なら。。。」

アドルフは這いつくばってドアの前の石畳を叩きながら調べ始めた。


暫くすると。。


「ここだ!」

動きが止まり、剣の柄えでその箇所を叩き始めた。

すると、石畳の一部が砕けた。

そこに手を入れて、手探りで何かを探し始める。


「あったぞ!」

アドルフの動きが止まると、鍵を握った手が持ち上がった。


早速2人は鍵を使い監長室へ入った。


部屋の中はカールの性格を反映したように整理整頓がされていた。

やはり、カールは居なかった。


2人は保管されている棚へ向かい引き出しを開けようとしたが、鍵が掛かっていた。


「クソッ」

アドルフが思わず吐き捨てる。


「机の引き出しに鍵を入れてるとか無いっすか?」

リュックの助言を聞き、机の引き出しを調べると棚の鍵が簡単に見つかった。


「アドルフ隊長!これ。。。」

アドルフが棚へ向かおうとした時、リュックが声を掛け机の上に開いて置いてある手帳を指差した。


2人が内容を読む。。。



XX月XX日


あの女に唆そそのかされてから寝付きが悪い。

それもこれも、思い出したくない最愛の妻の話を聞いたからだった。

とにかく忘れよう。仕事に支障をきたす。



XX月XX日


妻の夢を見るようになった。

とても苦しそうだ。私に‟恨みを晴らして”と訴えている。



XX月XX日


選抜された討伐隊が全滅したらしい。

どうなっているんだ?あの女の情報と違うじゃないか?

やっぱりあの女を信用してはならなかった。


あの女についてウド獄長に相談すべきだった。

私のせいだ。。。部下逹が。。。



XX月XX日


ウド獄長が2陣としてセヌアへ向かうと仰った。

あの人は1度決めたことは絶対に曲げない。


恐れていた事が起こった。

留守の間の監獄の管理を任せられてしまった。


夜が怖い。

妻がまた私の元へくる。。。




カールの心情が綴つづった日記はここで終わっていた。

カールの心理状態はかなり不安定だった事が分かった。


「行こう」

アドルフはリュックを促し、鍵を持って皆が居るところへ戻った。


「。。。。」

エヴァ逹が神妙な顔で待っていた。


「どうした?」

アドルフが微妙な空気を読んだ。


「犯人はカール監長みたいです。あの人が牢に閉じ込めたって皆が言ってます」


「そうか。。。とにかく閉じ込められている他の仲間逹を救出するんだ!」

アドルフは頷くと持ってきた鍵で牢を開け、出てきた看守逹に指示をした。


「はいっ!」




馬車の前でクロガネと青藍が暇そうに立っていた。


「看守の仲間の事は勿論心配だけどこの状態だと転職活動しないといけないな。。。」

クロガネがぼそっと呟いた。


「転職活動?どういう意味だ?」

青藍せいらんが不思議そうに聞く。


「簡単に言えば職探しだよ。。。」


「何だそんな事か。ここの者達の大半は無職だぜ?無職が当たり前の国なんだよここは。勿論、俺もその‟無職”だ。ぐわっはっはっは」

青藍はクロガネの肩を叩きながら笑っていた。


「ははっ、そんなに悲観する事も無いかもな。青藍は逞たくましく生きてるもんな」



「クロガネ!」

青藍が突然、声を低くした。

遠巻きに馬車が囚人達に囲まれていた。


「ああ、脱走した囚人や他の輩やから達だな。。。50人位いないか?」


「クロガネは危ないから馬車の中に隠れていて!」

青藍は高い声を出してエヴァの物真似をした。


「青藍、次言ったらぶっ飛ばす」


2人は戦闘態勢に入り、襲撃してきた囚人たちを迎え撃った。




しばらくするとエヴァとリュックが馬車へ戻って来た。

馬車の周りには多くの囚人たちが倒れていた。

馬車の前にはクロガネと青藍が立っていた。


「どうだった?」

クロガネが探索した結果を聞いてきた。


「聞いてくれよ!仲間は皆無事だったんだ。今はアドルフ隊長の指示で監獄の掃討作戦に入っている。それをお前らに連絡しに来たんだ。あれ?こいつらはお前らがやったのか?」

馬車の周りの惨状を見て質問してきた。


「ああ、俺とクロ。。」


「ああ、青藍がいて助かったよ。自分1人だったらどうなっていた事か」


「それより、興味深い話を聞いたぜ。おいっ!さっき言った事をもう1度話せ!」

青藍が倒れている囚人の一人を片手で引き起こした。


「うっ。。壁の内側へ続く門が開いたと他の囚人達が騒いでいた。。。殆どの囚人達はそこへ殺到しているだろうよ。。」


「門が開いただと?ありえん。門が開くのは年に1回。他国から観光に来た要人の帰国の為に開ける。そして入れ代わりで新しい観光客が入るときのみだ」

ウドが馬車から降りてきた。


「知らねぇよ、他の囚人達が騒いでたんだ。それに、牢を開けて先導したのはお宅らの上司カール監長だって噂だぜ?なぁ?もういいだろう?」

青藍が手を離すと、その囚人は走って逃げて行った。


「やっぱり間違いじゃなかったんだ」

「うん」

エヴァとリュックが顔を見合わせ、クロガネ逹に監獄の中での出来事を話した。


皆が沈黙する。


カールが部下逹を牢へ押し込んだ後、囚人たちの牢を開けて先導した事だった。

あのカール監長が。。。ありえない


門が開いたのが本当だった場合、少なくても数万人の囚人が壁の内側へ雪崩れ込んでいる可能性があった。

軍が居るとは言え、そう簡単には鎮圧ちんあつは出来ないだろう。


この話を聞いた所で、今のメンバーで何も出来ない事は明白だった。

ただ、どうなるか結果を待つしかなかった。


「青藍。。。不謹慎だが門が開いているなら今が最初で最後のチャンスかも知れない。俺は壁の内側へ入りたい」

クロガネは青藍を見た。


「そう言うと思ったよ。俺しかそいつの居場所を知らねーからな。分かった。最後まで付き合ってやるよ」


「何をさっきからこそこそと2人で話してるのよ?」

エヴァがクロガネと青藍を問い詰める。


「皆、俺と青藍は壁の内側へ行こうと思う。俺、個人の理由でどうしても行く必要があるんだ」


皆はクロガネの言葉を黙って聞いていた。


「なに個人行動しようとしているのよ!こんな時こそ皆一致団結して。。。ウド獄長!なんか言ってください!」


エヴァが興奮してウドに意見を伺った。 


「エヴァの言う事も一理ある。壁の外側ここは完全に無法地帯になった。しかし、だからと言ってワシらでどうにかなる問題ではないが聞き捨てならない事を聞いてしまった。カールの事だ。もし、本当ならワシが落とし前を付ける必要がある。お前逹とははここでお別れだ。アドルフの指示で動け」


皆、黙って聞いていた。

エヴァとリュックは一緒に行くとこの場から離れようとはしなかった。


「。。。。せっかく助かった命だ。無駄にはさせたくなかったんだがな。。。」


結局、この場にいた者全員でタギアタニア王国へ向かう事にした。

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