捌ノ妙 血の踊り

「お前さんは、気付いてないやもしれんが、強力な呪力を内に秘めているのじゃよ」


 葛乃葉は、切れ長の瞳に冷たい光をたたえながら、おだやかに語りかける。

 真っ白な霧の中、神楽殿の釣りどうろうの炎がゆらゆらと揺らめき、棗と葛乃葉の影を躍らせている。


「どうじゃろう、その力、彩乃あやののために使ってくれはしないか」


 葛乃葉の言葉に、棗は考えあぐねる。

 多少、妙なものが見えることがあるとはいっても、それが何の役に立つのか?

 或いは、もっと大きな呪力が秘められているとでもいうのか?

 そもそも、彼女は何をしていて、何から守らなければならないのか?

 謎が多すぎて、棗は何をどう話せばいいのか困惑していた。


「どうやら奥の手を使うしかなさそうじゃな」


 痺れを切らした葛乃葉は、一瞬皮肉めいた笑みを浮かべるとさとすように続ける。


「強力な呪力は、強い味方となってこの世を導くものにもなるが、反面、この世に災厄さいやくをもたらすものともなりえる」

「また、使い方を誤れば、お前さん自身の身をも滅ぼす力となるじゃろう」


 棗は戸惑いながら、意味もなく両手のひらを広げ、視線を左右の手のひらに交互に落とす。

 葛乃葉は遠い眼差しを虚空こくうに向け、口調を変えることなく、なおも続ける。


「お前さんは知らなくていいことの多くを知ってしまった」

「そのうえ、強い呪力をも秘めておる」

「本当に申し訳ないことじゃが、そんな危険な者をここから帰すわけにはいかんのじゃ」


 微笑みながらも、氷のように冷たい視線を棗に送る。


「死んでもらうほかないのぉ」


 棗は余りにもおだやかな口調で語られた言葉に、しばらく何を言われているのかみ込めずにいた。


「えっ、えっ、なっ、何!!」


 葛乃葉は、注射を打つ幼子おさなごをあやすかのような口ぶりで言う。


「大丈夫じゃって、苦痛もなく眠るようにけるからのぉ」


 棗は言葉をさえぎるかのように、慌てて語気を強める。


「いっ、いや、待って、力になります。彩乃あやのさんの力になります!!」


 今までの異様な状況から、抵抗しても無駄であることは明らかだった。

 と同時に、後戻りのできないところまで足を踏み入れてしまったということに後悔した。


 葛乃葉は、嘘偽りがないかさぐるかのように棗の瞳をのぞき見る。


「では、片時も彩乃あやのから目を離すでないぞ」


 その言葉に、少し物おじする棗。


「いや、そこまでは……」


 葛乃葉は、口角をぐっと引き上げ、背筋が凍るような笑みを向けると、なおも優しく言う。


「どうやら、お前さんは少し痛い目に合わないと分からんようじゃのう」


 言うや否や、くうを手刀で真一文字に切る。


 棗の首にシュッと血の輪が巻かれたように浮かび、棗の頭がにぶい音を立てて地面に落ちる。

 今まで棗の頭のあった躰の首元から、大量の血しぶきが上がる。


「ほーら、ほら、急げや、急げ、お前さん」

「早く頭を拾って付けないと、血が一滴もなくなってしまうぞよ」


 葛乃葉は、棗の生死など全く意に留めないといった様子で、あざ笑う。


 頭を失った棗の躰は、血しぶきをあげながらも、地面にいつくばって頭をさがす。

 頭のない躰が、そのあるべき頭を探すという、到底あり得ないことが起きているのだが、そのことに気を留めている余裕など、棗には全くなかった。


 葛乃葉は、余興よきょうを楽しむかのように声をあげた。


「もうちょっと左じゃ、あっ、おっと行き過ぎじゃ、行き過ぎじゃ。」


 頭を探す棗の躰は、当然、頭がないので何も見えず、すぐ足元にある自分の頭さえ見つけ出すことができないでいる。

 地面に転がった棗の頭は、喉から大量の血が溢れ出し声を出すことができず、ゴボゴボと意味のない音を発することしかできない。

 飛び散る血しぶきが目に入ってくるため、結ぶ像は赤く染まっていた。

 口は魚のように開け閉めを繰り返すことしかできず、目はかろうじて眼球を動かすことはできるが、血しぶきのため目を開けていることすら難しい。


 地獄絵図とは、まさに、こういったことを言うのだろう。


 出血が限度を超えてきたのか棗の躰の動きが鈍くなり、頭の方は白目をき焦点が合わなくなってきた。


 意識が薄れていく中、突如、髪が引っ張られた。


不甲斐ふがいないのぉ」


 葛乃葉が棗の頭の髪をむんずとつかみ、持ち上げたのだ。


「ほら、しっかり持っておれ」


 葛乃葉は、ひざまずく棗の躰に頭を乗せて、両手で持っているようにうながす。


 棗は、意識を闇の奥底へ引きりこまれないよう、しっかと目を見開き、両手で頭を本来あるはずの位置に固定する。

 出血のためか躰に力が入らず、頭を持っている手が震え出す。


 葛乃葉は少し考え込むと、ひらめいたとばかり顔を晴れやかにして、ふところから白銀しろがねの帯留めを取り出す。


「わらわの帯留めで留めておくかのぉ」


 棗の首――切断部分に帯留めを巻き始めた。


「お前さん、傾いておるぞ」


 葛乃葉は、少し傾いている棗の頭をつかんで手荒に直すと、帯留めをしっかりと結んだ。


 棗の意識は暗闇の深淵に落ちる寸前で、すでに目に届く光はわずか、感覚という感覚が薄れ失われていく。

 葛乃葉が話しかけているのが妙に遠くに感じ、かろうじてささやき声のようになった言葉が耳に届くだけだった。


「最後にこいつを飲み込むんじゃ」


 葛乃葉は手のひらに乗せた、親指ほどの小さなヤモリを棗の口内に滑り込ませる。


 ペタ、ペタペタ。


 ヤモリが血溜りとなった棗の舌の上をう。


 棗はもはや身動きすらできず、なすがままヤモリを飲み込んだ。

 棗ののどの奥へ、冷たくうごめくモノが滑り下りていく。


「忘れなさんなよ、お前さん」

「もし彩乃あやのに何かあったら、こいつが首の帯留めをみ切って、お前さんは今度こそ……」


 葛乃葉はニヤリと不敵にわらうと手刀で首を切るような仕草をする。


「おっと、忘れるとこじゃった。もちろんこのことは、彩乃あやのをはじめ他言無用じゃぞ」


 霧がより一層深さを増し、あらゆるもの全てを白一色の世界にみ込んでいく。

 もはや形あるものは陰すら失い、真っ白な空間の中で、棗の意識も細い糸がほつれるようにゆるやかに消えていった。


 真っ白な闇……。

 虚無の深淵……。

 …………。

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