第7話 【占いやジンクスなんて信じていないけど】

 水曜日の図書室。俺はなにを読もうかと思案しながら棚のあいだを歩いていた。


 文字の多い本は得意じゃない。絵が多い、たとえば趣味の本とかがいいかもしれない。


 と、ある本に目が留まる。


 本を棚から抜きとり、カウンター近くの席につくと、ぱらぱらとページをめくった。


 ――よさそうだ。


 俺はせき払いをした。


「あのさ、貝守さんって占いとか好き?」

「占い……ですか?」


 カウンターで読書していた彼女は顔を上げ、少し考えてから首を横に振った。


「スピリチュアル系は、信じていないので……」


 意外、と言っていいのかは分からないが、現実的な考え方を持っているらしい。


 しかしそれでは、占いにかこつけて貝守さんのデータを聞きだすという計画が頓挫してしまうことになる。俺は強引に話を進めた。


「これ、占いの本なんだけどさ。生年月日だけで一週間ごとの運勢が分かるんだって」

「そう、ですか」

「遊びでちょっとやってみない?」

「それは、構いませんが」

「貝守さんの誕生日っていつ?」

「十月二十一日です」


 ――十月……。まだ四ヶ月以上先か……。


 贈り物をして距離を近づけられれば、なんて考えていたが、その手は使えない。しかし彼女のプライベートな部分に触れることができたような気がしてちょっと嬉しい。


「ということは、星座は――」

「天秤座です」


 あとで俺の星座――山羊座との相性を確認しておこう。


「あの、それで……」

「あ、ああ、ごめん。運勢ね。ええっと――」


 該当のページを探す。


「あった。――『運気は上昇傾向。いつもより遠くに足を伸ばすといいことがあるかも。アミューズメント施設などで気の合う仲間とわいわい騒ぐとさらに運気アップ』」


 貝守さんは天を仰ぐような仕草をした。


「なにそのリアクション」

「占い師さんには、アウトドア派しかいないのでしょうか……」

「え?」

「どうして、出かける前提なんでしょう……」

「あ」


 貝守さんは超インドア派。足を伸ばすもなにも、そもそも外出することがまれだと聞いている。


「ま、まあ、出かけてみるのもいいってことじゃない?」

「わたしが、アミューズメント施設で騒いでいる様子を、想像できますか……?」

「……」


 俺は返答に窮した。


「第一、気の合う仲間なんて、どこにいるのでしょう……?」

「……」


 俺は固まった。なにも言えない。俺なら喜んで同行するが、気の合う仲間という感じではないし。


 ポジティブな内容の占いで、まさかここまで沈鬱な雰囲気になるとは思いもしなかった。


「ま、まあ、当たるも八卦当たらぬも八卦って言うし!」

「すいません……。わたしのせいで、気を遣わせて……」

「いやいや、そんなこと全然」


 貝守さんを楽しませられなかったのは残念だが、彼女のデータを手に入れることができたし、それだけで御の字だ。誕生日は十月二十一日の天秤座。占いはあまり好きじゃない。


 ――さて、じゃあ、天秤座と山羊座の相性は……。


 俺は相性ランキングのページを開く。


 一位から双子座、水瓶座、射手座。


 ――ベストスリーにはなかったか。


 獅子座、蠍座、乙女座。


 ――ま、まあまだ半分だし……。


 牡羊座、天秤座、蟹座。


 ――……。


 牡牛座、魚座。


 俺は本を閉じた。


「当たるも八卦当たらぬも八卦っていい言葉だよね……」

「なぜ、改めて……?」

「気持ちが挫けないように」

「はあ……」


 貝守さんは首を傾げた。




【姉さんからミュールをプレゼントされた。曰く「お洒落は足元から!」らしい。


 気持ちはありがたいのだが、出不精のわたしには無用の長物だ。


「お洒落して出かけたらいいことあるかもしれないよ?」

「いいことって?」

「素敵なひとに出会えるとか」


 引きこもりがちなわたしを見かねて、出かけるきっかけを作ってくれたのだろう。気持ちはありがたい。


 第一、素敵なひとって。


 小野山くんの顔が思い浮かび、慌てて振り払う。


 わたしは、まだ箱に収まっているミュールを見る。


 でもまあ、一回くらいは出かけてみてもいいか。】






「あれ?」


 休日、友人たちと遊んだ帰り、だらだらと駄弁りながら歩いていると、車道をはさんだ向こう側の歩道に見知った人物を見かけたような気がした。


 ――貝守さん?


 顔を振り向けたが、ビルの中に入っていく後ろ姿しか見えなかった。


「どうしたの?」


 急に立ち止まった俺に東浦ひがしうらが問う。


「……ちょっと買い物を頼まれてたのを思いだした」

「おつかい? 偉いじゃん」

「だろ? そういうわけで」


 片手を挙げて挨拶をし、踵を返した。青信号の点滅する横断歩道を小走りで渡り、彼女の消えたビルに入る。


 そこはちょっとした複合商業施設になっており、一階から三階までは家電量販店、四階には利用品点、五階には雑貨店と書店が入っている。


 俺はほとんど確信を持って五階へ向かった。もしもさっきのが貝守さんだとしたら目的地はそこだろう。


 三正堂書店に足を踏みいれる。広い店内をぐるっと回るが貝守さんの姿はない。


 ――人違いか。


 まあ、そうだよな。貝守さんはほとんど外出しないって言ってたし、まして自宅から遠いこの本屋までわざわざやってくることはないだろう。彼女のことを考えすぎて幻影でも見たのだろうか。


 ちょっと気落ちしながら店を出る。


 と、正面に誰かが突っ立ってこちらを見ていた。


 貝守さんだった。大きな目をさらに大きくしている。やはりさっきの人物は彼女だったのだ。


「き、奇遇!」


 追いかけてきたのだから奇遇と言っていいのかは微妙なところだが、細かいことはどうでもいい。


 貝守さんはぺこりと頭を下げた。どういうわけか肩で呼吸をしている。


「走ってきたの?」

「い、いえ……」


 胸に手を当てて、息を整える。


「階段を、上ってきました」

「……なんで?」


 エスカレーターもエレベーターもあるのに。


「姉さんに、出かけるなら歩いてこいと……」

「それで階段を?」


 こくっと頷く。俺は吹きだした。


「おかしい、ですか……?」

「いや――」


 ただちょっと、その生真面目さが可愛らしいと思ってしまっただけだ。


「いい心がけだと思うよ。こっちの本屋に来たのもそれが理由?」

「え? あ、それは……。いえ、はい……」


 と、うつむく。


 ――……?


 どっちともとれるリアクションだった。まあ理由はどちらでもいい。こうして休日に貝守さんと話せるのだから。


 俺は改めて貝守さんを見た。初めて目にする私服姿。七分袖のカットソーにサロペットスカートを合わせている。落ち着いた雰囲気のコーディネートは彼女の雰囲気にとてもよくマッチしていた。


「貝守さん、めちゃくちゃお洒落じゃん」


 服はあまり持っていないようなことを言っていたのに、なかなかどうして洒落ている。


「あ、これは、姉さんが選んでくれたもので……。伝えておきます」


 なぜかお姉さんを褒めたことになっていた。嬉しそうにしているところを見ると姉妹仲はいいようだ。


 しかし俺の伝えたいこととは齟齬がある。似合う、素敵。そういう意味だ。しかしわざわざ訂正するのはなんだか照れくさくて、


「いや、うん……」


 と、さっきの貝守さんみたいに曖昧な返事をした。


「じゃあ俺、帰ろうかな」

「……もう、用事は済んだんですか?」

「まあ」


 貝守さんを追いかけてきてこうして話ができたのだから、用事が済んだのはまちがいない。それに本屋はひとりでゆっくり巡りたいらしいし、邪魔しちゃ悪い。


「じゃあ、また」


 横を通りすぎようとしたところ、


「あ、あの……!」


 と、呼びとめられた。


「なに?」

「……フェア」

「フェア?」

「おすすめ本に、書店員さんの推薦文を記した帯を巻いて、販売しているんです。今」

「へえ、なんか面白いね」

「は、はい。選書が、独特で……、面白いそうです……。それは、見ましたか?」

「いや」


 陳列棚はまったく見ていなかった。


「でしたら、見てみるのもよいかと」


 と、顔を伏せる。


 ――あれ?


 これ、もしかして――。


 ――引きとめてくれてる?


 それは好意的すぎる解釈だろうか。単純に面白い企画があると勧めてくれているだけかもしれない。


 しかし少なくとも、俺と一緒に書店を巡ることを貝守さんは嫌だとは思っていない。それだけでも俺は充分嬉しかった。


「じゃあ、少しだけ」


 貝守さんはこくっと頷く。その表情に微笑が浮かんでいるように見えたのも、俺の願望のせいだろうか。



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