『黄泉月の物語』 異聞草紙

第九十紀 近衛府の四将

 世界とは、ほんの少しの弾みで分岐するらしい。

 草露が池に落ち、小さな波紋となり、小魚が水面に顔を出す。

 それが、分岐のきっかけにも成り得る。

 これは、ある分岐した世界の、あるひとつの物語――。



 ◇◇◇ 



「ふぁ~~、眠い」

 武徳殿の一角の部屋にて――如月きさらぎ殿は、大あくびをした。

 隣に座していた雨月うげつ殿が、すかさず厳しい声でたしなめる。


「あくびをするな。衿が曲がってる」

「は~い、大将さま」

 如月きさらぎ殿は、ささっと襟を正す。

 白水干に身を包んだ『第八十九紀 近衛府の四将』は、夜明けと共に始まる儀式を前に、祈りの真っ最中である。

 任期が終わるまで、あと数時間。

 新たな『近衛府の四将』に後を託し、新たな道を進むのだ。



「……甥っ子たちの相手は疲れる。この齢で竹馬遊びとは」

 やはり、如月きさらぎ殿の軽口は止まらない。

 

 左端に座していた水葉月みずはづき殿も――子供の話に、ついつい口元が緩む。

亜夜月あやづき様は、来月には三人目の子をご出産か」

「次は姫が欲しい、と父上が煩くて叶わん」


「それだけじゃないだろう? 宰相殿にも、また言われた。早く身を固めるようにと、弟を説得してくれと」

 神名月かみなづき殿も、口を挟む。

 

 広い部屋の中、四本の蝋燭の火は揺らぎ――互いの吐息と声が響く。

 五年前、この数珠を手に祈りを捧げた夜と同じ部屋。

 『第八十九紀 近衛府の四将』として『月守つくもりの名』を与えられた朝。

 それらが、つい今朝がたの出来事のように感じられる。


 

 十七歳で『八十九紀 近衛府の四将』に任ぜられ、五年が経とうとしていた。

 戦も無く、隣国の『花窟はなのいわ』との関係も良好だ。

 月帝さまにも、昨年ようやくお世継ぎが産まれた。

 その男御子が帝位継承権一位となり、玉花の姫君の継承権が二位に後退した。

 

 『月窟つきのいわ』と『花窟はなのいわ』。

 二つの国の帝位と王位の一位継承権を持っていた玉花の姫君は、国の混乱を避けるために独身を貫く心持ちであった。

 だが、伯父に当たる月帝のお世継ぎ誕生で、結婚を決意された。

 

 その姫と想いを寄せ合っていた神名月かみなづき殿が、王家に婿入りする。

 それに当たり、彼は帝都士族の地位を賜った。

 されど、神名月かみなづき殿は――姫の婿となっても、政事とは関わらないと決めている。

 それは王家の方々と大臣たちに任せ、『衛門府』の大将として、王家を支える役割に徹するそうだ。

 そうすれば、「異国の士族が政事に口を挟む」などと陰口を叩かれないで済む。

 妬みは、どこにでも存在するものだ。

 その種を育ててはならない。


 水葉月みずはづき殿も、玉花の姫君の女房を妻に迎える。

 『花窟はなのいわ』の王都に邸を与えられ、『天文寮』にて暦の作成や占いを学ぶのだ。

 いずれは、『天文寮』の重鎮となろう。



「……なつかしいな」

 雨月うげつ殿も眉の力を抜き、ふと囁いた。

 彼は二年前に『八十八紀 四将』の剣士であった紗夜月さやづき殿を妻に迎え、すでに一姫の父である。

「我らが顔を合わせてから、十五年以上が経つ。争いも起きず、民は平和を享受し、国は栄えている。素晴らしいことだ」



「だな」

 如月きさらぎ殿は、子供の頃と変わらぬ笑みを浮かべた。

 彼と雨月うげつ殿は、今後も『近衛府』にて国を守護に当たる。

「それにしてもねえ……次の『四将』は、全員女人にょにんときた。華があって良いねえ」


「剣士三人に、術士一人が。余り無い組み合わせだな」

 神名月かみなづき殿は思い起こす。

 術士四人と云う組み合わせは数例あったと思うが、今回のように術士一人と云う構成も珍しい。

 その術士も、攻撃術の使い手だと聞く。

 守護術の使い手が居ない構成は、史上初である。

 

 いずれにしろ、自分たちは二つの国の安寧のための盾となる。

 

 

 四人は目を合わせ、『おおいなる慈悲深き御方』に祈りを捧げた。

 二つの国が、いつまでも静かな繁栄を享受できるように、と。



 


 

 そして――『第九十紀 近衛府の四将』。

 澪月みおつき咲夜月さくやづき夏初月なつはづき鳴神月なるかみづき

 彼女たちと先達の『四将』たちの――敵との闘いは、またの機会に語ろう。


 


 ――  終 ――




 ◇◇◇


 後書きです。

 『悪霊まみれの彼女』と続編『黄泉月の物語』のパラレル過去世編の物語です。


 『九十紀の四将』の話を思い付いたのは、どっかにあった雨月うげつの大将の台詞「我らが最後の『近衛府の四将』なのであろう」と書いた時でした。


 「後輩の四将が居るとしたら、全員女の子だ。魔法少女バターンかな」と思った訳です。

 物語を振り返ると『八十七、八十八、八十九紀の四将』たちが余りに不憫で、彼らが協力して闘う話も書きたいな、と思い始め……試しにプロローグ部分を書いて見ました。


 家族の諍いが起きなかったこの世界では、如月の中将は上野くんの性格が入っており、のんびりと独身を楽しんでおります。

 なお、甥っ子たちは双子設定です。

 

 雨月うげつの大将と紗夜月さやづきの中将は、上記の通り夫婦です。

 羽月うづき様は、法師として月帝にお仕えしています。



 黄泉月の物語が完結したら、こちらも書きたいと思っています。

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