第9章 戦闘中に「ここは俺に任せて先に行け」は禁止だ!

第24話

 二月下旬のある日曜日。

 和樹・上野・一戸は、和樹宅に集合した。

 雪はまだ溶けず、朝から小雪がチラついている。

 リビングのコーヒーテーブルを囲んだ三人は、受験勉強にいそしむ。

 コーヒーテーブルは低いので、床に座布団を敷いて座っている。


 一戸は、志望していた『北杜きたのもり 高校』の推薦入試に失敗した。

 本人いわく「英会話試験がダメだった」そうだが、落ち込んだ様子は微塵みじんも無い。

 学年内でも、数日間は一戸の噂はささやかれたが、彼が「一般入試で『桜南さくらみなみ高校』を受験する」と言う新たな噂が出回った。

 一戸に訊ねると、「一般入試で受ける」との淡泊な返答が来た。

 『北杜高校』に次ぐ高偏差値の高校はあるが、あえて『桜南高校』を選択すると言うことは……


 和樹は「彼が、故意に英会話試験に手を抜いたのではないか」と思ったが、そんなことは口に出せない。

 前夜の戦闘で、心身ともに万全で無かったのかも知れないし……

 何にせよ、一戸には一生足を向けて寝ることは無いだろう。



 ノートPCを見ながら一昨年の高校入試問題に挑戦していた三人は、休憩に入る。

 母の沙々子が作り置いてくれた昼食は、梅のおにぎり・たくあん・カップ味噌汁。

 食後のスイーツには、一戸が持参したケーキ『ブラックチョコモンブラン(バナナ入り)』がある。

 三人は、ケーキとお茶を摂りながら、作戦会議に入った。

 

 前回の闘い以来、『悪霊』は姿を見せない。

 和樹の父も数日置きに現れるが、学校や母の様子を話すだけ。

 そして和樹が醤油さしに湯を補充したのを確認すると、浴槽の底に消えていく。

 何も起きないのは良いが、逆に不安がつのる。


「受験日まで、敵はおとなしくしてるかな?」

 和樹はケーキを味わいながら、ほうじ茶を啜る。

 一般入試当日まで、あと12日。

 このまま『悪霊』が永遠に現れないなら願ったりだし、せめて入試前夜の闘いは勘弁して欲しい。

 自分も上野も、ギリギリの状態なのだ。


「敵も受験勉強で忙しいのかね?」

 上野は冗談まじりに言ったが、一戸はケーキを見つめながら考え込む。

「……ナシロ。これまでの出来事を整理したいんだが」

「いいけど」

蓬莱ほうらいさんに取り憑いた『悪霊』を倒せば、『魔窟まくつ』の次のエリアに進める。それを繰り返して、中心部の『宝蓮宮ほうれんのみや』に居るラスボスを倒せば、蓬莱さんは『悪霊』から完全に解放される。こういう解釈で良いな?」

「方丈さまの話からして、そんな感じだと思う」


「その『魔窟』のどっかに、オレの顔があるって訳だな」

 上野は、自分の顔面をさする。

「おお、オレの愛しいハンサムフェイスよ。今いずこ~」


「……問題は、蓬莱さんのご両親」

 和樹は、チラリと窓の外を見て語る。

「一昨年の夏、ご両親が車の転落事故で行方不明になった。蓬莱さんは、親戚の家にお世話になってたけど、居心地が悪かったっぽい。去年の秋には、ご両親の『失踪宣告』を裁判所に出した。その後、お祖母さんを頼って、この街に来た」


「失踪宣告って何じゃい?」

 上野に訊かれ、以前に『失踪宣告』を調べていた和樹は答える。

「災害とかで、家族が消息不明になって……その家族が亡くなったと思った時に出す書類。蓬莱さんのご両親の車は崖下で発見されたけど、ご遺体が無かった。こういう場合、『失踪宣告』を出して、裁判所が死亡と判断したら、遺産相続とか出来る」


「蓬莱さんに『悪霊』がき始めたのは、こちらに引っ越した後から?」

 一戸は疑問をていする。

「ご両親の事故が、『悪霊』と無関係とは思えない。その前から、彼女に『悪霊』が憑いていた可能性があるんじゃ?」

「東京の勇者チームが、彼女を護ってたんじゃねーの? 彼女がこっちに来たから、オレらの出番となったとか」


 上野が言い、和樹は溜息をく。

 今まで隠していたが、これ以上は無理だ。

 自白せざるを得ず、和樹は渋々と口を開く。。

「あ~、どうしても言えなくて黙ってたけどさ……蓬莱さんは、僕の『運命の恋人』らしいんだ……」

 

「はあああああ!?」

 上野と一戸は、同時に奇声を発した。

 和樹は、叱られた子供のように縮こまる。

「浴槽に来るお祖父じいちゃんの幽霊が、そう言った……。実感は、全然ないけど」

 上野の手前、浴槽に来る幽霊が『父』だとは、まだ言えない。

 いつかは、話さねばならないだろうが……


「何だか、僕と蓬莱さんのために、君たちを巻き込んだみたいで……本当にごめん。あの……蓬莱さんは良い人だよ。友達だよ。『運命の恋人』って言われたけど、まだ恋なんて感じじゃない。でも、友達が『悪霊』に取り憑かれてるのを見過ごせない。僕には『悪霊』を退治する能力がある。だから、闘ってる」


 ……上野はポカンとしているが、一戸は冷静さを保っている。

 腕組みをして、和樹をジッと見つめ、やがて口を開いた。

「ナシロ。あっちの世界での『神名月かみなづき』って名前は、方丈さまから教わったのか?」

「教わってない。ただ何となく、自分は『神名月の中将』だと思った。持ってる太刀のも、これは『白鳥しろとりの太刀』なんだと思った」

「なぜ、なんだ? 上野、お前も自分が『如月きさらぎ』だと、何となく思ったんだろう? 俺もそうだ。馬の名前も薙刀なぎなたの銘も、何となく分かった」


「うん。まあ……そんな感じだ」

 話を振られた上野は、バナナを噛みつつ答える。

「どうせなら『カッシーニ』とか思い付けば良かったな~。『如月カッシーニ』の方が、カッコ良くね?」

「下の名前は、どうでも良い」

 一戸は、憮然ぶぜんと言う。

「誰に言われた訳でも無いのに、自分の名前が分かるのは何故だと思う? その名前に、馴染みがあったからじゃないか? 自分でも信じがたいことだが、俺たちは『かつて、そう名乗っていた』のではないか?」


「それって、オレらは転生してまた出会ったってことかよ? 久住家のニャンコの『美名月』も、ってか?」

「たまたま、彼女は猫に転生してたのかも知れないし……俺の考えた転生説が、正解とは限らない。仮説に過ぎないから、信じ込まないでくれ」

 

 一戸は、お茶をすする。

「しかし、まさか受験時期に、こんな話をすることになるとはな」

「全くだわ。卒業までに『のっぺらぼう』から卒業したかったぜ」

「本当にごめん。二人に迷惑かけて」


 和樹は、残していたを噛みながらペコリと頭を下げる。

 蓬莱さんのために闘うことに、不思議と後悔は無い。

 ただ、友人たちを巻き込んだことだけは辛い。

 前世だか転生だか知らないが、人生で大切な高校入試の時期に、この有り様だ。

 


「ナシロ、上野。今、思い付いたんだが……」

 一戸は眉をひそめて言った。

「上野、さっき『敵も受験勉強で忙しい』と言ったな。それが当たってたら?」

「どゆこと?」

「つまり学校の中に、次の『門番』の『悪霊』が居るのでは…?」

「まさか!」


 和樹は驚いて膝立ちする。

 だが……考えられないことではない。

 敵が、生徒や教師に憑依ひょういして、こちらを監視している可能性を否定できない。

 

「待てよ、一戸。それなら、ナシロに視えるんじゃないのか?」

「いや……」

 和樹は、声を震わせる。

「僕が『悪霊』に気付くのは、奴らが派手なパフォーマンスをしてるからだ。一戸が取り憑かれたのが分かったのも、始業式に羽織袴を着てたせいだし。『悪霊』が人間に取り憑いて、そいつが普通に生活してたら……気付かないかも」


「俺の推測が当たっていたら、次の敵は『人間』のを続けたいのかも知れない。受験が終わるまで、仕掛けて来ない可能性はある」

「仕方ねえな。受験日まで、勉強に集中しようぜ」

 上野はニヤリと笑い、和樹と一戸の方を軽く叩いた。

「一戸の勘を信じようぜ。敵さんも、当分は静かだろ。三人揃って『桜南』の制服を着るとしようや」

「その日が来るのを……祈ろう、ナシロ」

 一戸は、真摯な眼差しで和樹を直視する。

「俺たちは、俺たちの最善を尽くそう。それと、今のうちに約束しよう。闘いの最中に、漫画にある『ここはオレに任せて先に行け』は禁止だ。戦力の分散は、兵法では厳禁だからな。隣りのミゾレにも、それとなく言って置いてくれ」


「うん……分かった!」

 和樹と上野は大きく頷く。

 自分たちと、『神名月』たちの関係は分からない。

 ただ、この『思い』だけは、いつでもどこでも不変だ。




 午後三時を過ぎ、上野と一戸は和樹宅を出た。

 和樹はマンションの入り口まで降りて二人を見送り、部屋に戻る。


 和樹の後ろ姿が廊下のかどで見えなくなると、一戸は上野に静かに告げた。

「上野……余裕があれば、ナシロの周辺を注意して見ててくれるか?」

「どして?」

「俺の推測が外れていれば良いんだが」

 一戸は、薄雲に覆われた空を見上げた。

「敵の本当の狙いは、『神名月』のような気がする……」

「おい、待てよ!」

「敵はチラチラと姿を見せては、ナシロを闘いに引き込んでいる。本気で蓬莱さんを狙ってるなら、とっくに彼女に害を与えてる筈だ。お前が顔面を奪われたように……彼女のご両親が行方不明になったように」


「それは……」

 上野は言葉を失う。

 一戸の指摘は、的を射ているように思わずにいられない……。

「上野。このことは、ナシロには黙っていよう」

 一戸は、安堵させるように微笑む。

「勘違いするなよ。ナシロや蓬莱さんのために、命を捨てる気は無い。ただ、最善は尽くそう。お互いに守り合おう」


 上野は一戸を見つめ、そして微笑み返した。

「……だな」

 

 二人はまだ深い雪を踏みしめ、帰路に着く。

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