第24話 これが最高速だと思ったか?

 俺のスカーフェイスの効果は対象の重力操作だ。それも、生き物が耐えられるような生半可なモノではない。顔面を地に押し付けて、グチャグチャになりながら沈んでいくほどの圧倒的な出力。ただの変異人類とは格が違うんだよ!


「頭を垂れろォ!」


 空気を伝って、負け犬の元へスカーフェイスは直進する。しかし、その内側から矢のように迫る別の生徒カスを見つけると、ヤツは急停止して逆方向へ旋回。俺の攻撃を避けてからすぐさま水面をなぞるように蹴りを放ち、追いすがっていたそいつを転倒させて再び走り出した。


 ……あくまで俺に興味はないってか。本気で気に食わないな。


「邪魔だ!」

「邪魔はお前だ!このクソ雑魚がァ!」


 不敬にも俺に風の弾丸を撃ち込んだカスを、摩擦も起こらない程のパワーで攻撃ごと地面にひれ伏させる。しかし、この距離ではやはり周囲のハエが鬱陶しくてダメだ。普段なら一匹ずつプチプチ潰してやるところだが、今はその時ではない。


「スカーフェイス!俺の重力を半分にする!」


 カーブを抜けて直線。これなら飛んでコースアウトするなどと無様な事にはならない。残っている走者は14人。まずはカス中のカスが消えたか。


 トラックは一周400メートル。スタートラインに戻った負け犬は尚もハイペースのままだ。俺との差は、未だに50メートル程度。

 何か技能を使っているのか?もしもそうならば、あいつのスタミナが切れることを待つのはあまりにも下策だ。やはり、この刀道深雨が直々にブチのめすしかない。


 ストレートで距離を詰めるが、その間にも他のカスどもも自分の技能を使って負け犬との差を縮めていく。なるほど、カスなりにわざわざこの競技を選んだ頭脳を持ち合わせているようだ。ランによる体力の消耗は無いと言っていいだろう。


 刹那、体に炎を纏ったカスが空気を灼きながら駆け抜けていく。追い付いて鷲掴みにした前のカスをトラックに叩きつけて、体に火を付けると後方へ向かって投げ捨てた。くらったのは3人、あいつらも脱落だな。


「クタバレェ!」


 負け犬に追いついたカスが砂塵を巻き上げて攻撃を仕掛ける。砂によって切り裂かれたか、映った影は赤色を伴って俺の道を濡らした。しかし、中へ飛び込んでトドメを刺しに行ったはずが、転がり出てきたのはカスの方だ。追い越す時に見てみたが、完全に鼻が折れていた。


「身体強化か?」


 ならば、俺はスカーフェイスの出力を更に上げればいい。範囲を絞れば絞るほど強い重力を生み出す事ができる。小指の爪程度まで圧縮すれば、ヒットした瞬間にそいつを内側からグチャグチャにして裏返す事だって可能だ。


「おい1年!あまり調子に乗ってんじゃねえぜッ!」


 次に負け犬に攻撃を仕掛けたのは、腕に紫色の液体を纏ったカス。あれは明らかに毒だ。あいつの体力や速力を上げているのは、技能を利用したドーピングだろう。


「乗ってねぇよコノヤロォ!」

「な……おごッ!?」


 毒を飛ばされた瞬間に更に加速し躱すと、2歩目で強引に体を停止させて身体を捻り、ステップで詰め寄って強烈な飛び廻し蹴りを顔面に打ち込んだ。側転するように顔面から着地したカスはピクリともせず、負け犬はその勢いで再び走り出して3周目へと突入していく。


「だが、今ので差は縮まったぞッ!」


 圧縮して肉眼で見えるようになった空気の塊を仕掛ける。ブチ当てればその重力が対象に襲いかかるという寸法だ。


「……へへ、これが最高速だと思ったか?」


 言うと同時に、負け犬は走ったまま靴を飛ばした。靴下は履いていない。まさか、これ以上加速するのか?そんなバカな話が。


「あるワケねぇだろッ!」


 そして、前の周回で倒れたカスの体を持ち上げてスカーフェイスの黒球こっきゅうを防ぎ、重力で引っ張られた勢いで体を前宙させると頭上から蹴りを振り下ろした。


「グハ……ッ!」 


 × × ×


 裸足になったのはただのパフォーマンスだ、さっきの蹴りで仕込んでいただけ。靴を脱げばむしろスピードは落ちるに決まっている。だが、ハッタリには充分だっただろう。


 踵を顎へクリーンヒットさせると、刀道は糸の切れた人形のように無気力にキリモミ回転し、そのまま地面へ落ちた。技能の強さは、決定的な戦力にはならねぇんだよ。俺は、それをよく知っている。


「笑われた借りは返したぜ」


 気絶した刀道に言って裸足のままで走り出し、俺はようやくゴールに辿り着いた。よっしゃ、俺の勝ちだ。


「見たかよ、安芸先輩」


 息を切らせて膝を付き、仰向けになって空を見上げる。流石に、1500メートルを戦いながらほぼダッシュは無理があった。心臓も足もブッ壊れる一歩手前だよ。

 だが、俺はやり遂げたんだ。これでようやく、俺の力が認められて変に絡まれなくな……。


「はい、のランナーがゴールしました。お疲れさまです」

「……ん?」

「それでは最終順位をお伝えします。1位は2年生の美野里さん。2位は3年生の波津はつさん。3位は3年生の都島みやこじまさんです」


 待て待て、一体いつ抜かれたんだ?俺は間違いなくトップでゴールしたぞ。なのにどうしてだ?


 そして、駆け巡った思考の先で思い出した。この体育祭の唯一のルールを。


「まさか……」


 呟くと、1位の生徒である美野里さんは俺のところに来てしゃがみ込んだ。


「【マルホランド・ドライブ】は、記憶を操作する技能なんだ。因みに、私は生徒会経理部長の美野里翠華みのりすいか。ゴールした二人は私の部下だ。よろしくな、鷽月一年生」


 そう言って、凛とした黒髪の麗人は微笑みを見せると人混みの中に消えていった。


「そんなのありかよ!!」


 あの人、何らかの方法でこの場にいる人間の記憶を改ざんして俺が4位でゴールした事にしたんだ。俺がこんなにボロボロになって掴んだ勝利を、技能一つでなんの苦労もなくあっという間に奪い取りやがったんだ。


 マジかよ。どうして俺って、いつもこんな三枚目の役割ばっかりなんだ。チクショー。


「……まぁ、いいか」


 俺の勝ち、間違いなく俺の勝ちだ。誰がなんと言おうが、今のは俺の勝ちなんだ。そうやって信じられる思い出が一つ増えただけで良しとしよう。それが幸せってモンさ。そうだろ?


 ……それでもやっぱり悔しくて、だからトボトボと歩いて裏の水道で水をヤケ飲みしてるんだけどな。


「捕まえたよん、小戌ちゃん」


 突然、後ろから抱きつかれた。この声は隈乃見だ。


「なんだよ、慰めてんのか」

「ううん、復讐だよ。なんか、さっきの見てたら一生僕の事だけ考えさせたくなっちゃったから」


 言って、彼女はロープを首に巻いて手繰り寄せると、背伸びをして俺にキスをした。


「……はぁ?」

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