第19話 困るんよ、そういう存在は

「それで、守り龍先輩はどうして俺を呼び出したんですか?」

「ちょ、全部ジョークやから普通に呼んでや。恥ずいやん」

「わ、分かりました」


 そうだったのか、めちゃくちゃかっこいいのに。


「まぁ、来てもらった理由は簡単や。キミがテストで勝ち続けたからやね」

「勝ち続けると何かあるんですか?」

「せやな、単刀直入に言う。キミ、生徒会に入りや」


 妖しげな笑みを浮かべると、安芸先輩は言葉を続けた。


「ボクたち生徒会は、言ってみればファティマズ・アカデミーという小さな社会の秩序を守る機関や。つまり、実態は擬似的なFSUってワケやな」

「それで、どうして俺がそこに?」

「強いからや。実は、少し前からキミの噂は聞いとったんや。2年の多々良たたらたち、ぶっ潰したやろ」


 あのホスト風の男の事だろう。他に心当たりもない。


「はい、ぶっ潰しました」

「連中、小さいチームの割にヤンチャで有名でな。新入生をたぶらかさんように生徒会でも動きを見とったんやけど、それがある日突然大人しくなっとるやろ?そんで、調べたらキミに行きついたからちょっと試させてもらったんよ」


 なるほど。学校行事に私情を挟めるくらい、生徒会には権力があるみたいだ。それとも、副会長にだけ許された特権なのだろうか。どちらにせよ、ここの秩序を守ってる時点で生徒会は化け物揃いなんだろう。


「でも、ウチのクラスでは累木という女子がやった事になってるハズです」

「そりゃそうや、だってボクがそうなるように仕向けたんやし。別のクラスでも同じや。ウチと接触する前にどこかに情報が漏れたら、他所よそに取られてまうかもしれんからな」


 道理で、俺のテストだけ誰も見に来ないと思ったよ。それに、他所ってことは生徒会の他にも学校内にデカい勢力があるってことか。


「この学校は、確かに殺人と『強』の付く犯罪以外は合法や。けどな、だからといって本当にそのルールで生活するのなんて不可能なんよ。まぁ、少し考えれば分かるわな」

「つまり、あなたたちがルールを作ってるってことですか」


 無言には、下手な言葉よりも納得できる力があった。


「それに、生徒会に入るってのは選ばれた生徒にしか出来ない名誉ある事なんやで。世にも珍しい『正義』の職業体験が出来るワケやし、何より強くなければあかん。それに上とのコネも持てるし、キミにとっても願ったり叶ったりやろ。さぁ、どないする?」

「そうですね、俺は入らないです」

「せやろな。……えっ?」


 薄い目が開いて、彼の瞳が俺を捉えた。心の内側を覗かれそうな、真っ黒な瞳だ。


「なんでや。キミ、ちゃんとモノ考えて言葉言っとるか?」

「もちろんです。だって、俺はFSUに入隊する気が一切ないんですから。あと、放課後はバイトがあるので」


 ……静寂。しかし、すぐに


「……クク、アッハハ!いや、オモロい!ホンマにオモロいわキミ!やっぱなんも考えてないやん!アハハ!」

「ちゃんと考えてますよ。それに、他の好成績のヤツを誘った方がいいと思います」

「いやいや、わからんかなぁ。……危険なヤツは、監視下に置いておきたいって言っとんねん」


 瞬間、部屋の中の温度が急激に下がったような気がした。明らかに、技能による効果ではない。敢えて言うならば、彼の放つプレッシャーのせいだ。


「他の子らと違って、キミの技能はあまりにも未知数過ぎる。パラノイアも変異磁場メタモルフィールドも、全く計測出来んからな。それじゃあ、こっちで対策も立てられへん」

「変異磁場?」

「最近になって見つかった、技能を使った時にそいつの周囲に広がる特殊な磁場の事や。そのうち授業で習うと思うけど、まぁこれのお蔭でより正確に技能の詳細を調べる事が出来るようになったんよ。……けど、キミのは戦うごとに変化してる。そのせいで、まともに管理が出来へんのや」


 つまり、このハテナマークは勝ち負けだけじゃなくて戦闘に含まれる要素の総合評価だったんだろう。まぁ、そりゃそうか。『技能テスト』だもんな。


「困るんよ、そういう存在は。せやから、仲間に引き入れてしまおうって話やったけど。……予定変更や、キミはウチでさせてもらう事にするわ」


 手は、ポケットに突っ込んでいる。彼に戦う気があるようにはとても見えない。


「やる気あるんすか?」

「いやいや。やる気は満々やけど、ボクはキミとは戦わないよ」


 いつの間にか、笑顔は消えていた。


「だって、もし仮に生徒会の副会長が1年に一撃で沈められたとなっちゃ、権威もへったくれもなくなってまうやん。せやから」


 そして、親指で背中の壁を指さした。


「外に、兵隊を100人ばかし集めさせてもらったわ。連中シバけたら、そのまま帰ってええで」


 ……なるほど、この人かなり腹黒いな。あの戦いの後は、全て安芸先輩の手のひらの上の出来事だったってワケか。


「気に食わんのよ、ボクの思い通りにならない子ってのは。ホンマ、調教のがあるわ」

「よく言いますよ。どうせ俺が入るっていっても、似たような展開になってたクセに」

「クク、どうやろな」


 この人は、俺がここで仕掛けてこない事を分かっているんだ。ヒートを発動すれば、すぐに外の兵隊とやらが雪崩れ込んでくる手筈なのだろう。それくらいは織り込み済みに決まってる。

 弱点は、もうバレてると考えた方がいい。ならば、誘い込まれた罠の中で相手の思い通りに動く事ほど愚かな戦術はない。完全にハメられた、選択肢は残り1つしかない。


 ……だったら、俺に出来るのは、それを選ぶことだけだ。


「今度会ったら、飯でも奢ってくださいよ」

「今度も何も、どうせボロボロになってすぐ戻ってくるやん」

「戻らない。負けねぇんすよ、俺は」


 別に睨んだわけじゃない。ただ、本気になっただけ。だから、そんなに驚かないでくださいよ。もしかして、他にも選択肢があったんすか?


「……ええよ。そん時は、特上のステーキと寿司をいっぺんに奢ったるわ」

「マジすか?それ、絶対忘れないでくださいよ」


 言って、安芸先輩を通り越して扉の前に立つ。その不気味な表情のどこが正義だ。あんたら、立派なヤクザだよ。


「あぁ、助け呼ぼうなんて考えん方がええよ。他の子らには帰ってもらってるから」


 あの10分はそう言う事か。何から何まで、ホントに用意周到だな。でも。


「むしろ、都合がいいっすよ」


 そして、俺は手を挙げて部屋を出たのだった。


 ……廊下は、不自然なくらいに静かだった。だからここまで、施設の外の大勢の声と足音がよく聞こえる。こりゃ、誇張抜きに100人くらいはいるわ。圧がすげぇもん。


 へへ、マジでやべぇじゃん。


 正面の入口から出ると、何人かが俺を見て、次第にその反応は伝播でんぱしていった。これだけの数の変異人類を従わせられるって事は、それが安芸先輩の能力なんだろうか。


「……まぁ、違うわな」


 そうじゃねぇから、あの人の腹の底が見えないんだ。俺は、俺が思ってるより何倍も厄介な組織に目をつけられていたらしい。

 この人たちは、多分2年生。1年のフロアで見たことがない顔ばかりだから。勉強して、誰かに従うことを覚えて大人になったのか。あるいは、それ程までに生徒会のポストに魅力があるのか。どっちなんだろう。おまけに。


 ……いや、もう考えんの面倒くせぇわ。


「来なよ、やっつけてやる」


 構えて、左手の人差し指を曲げる。こういう、周りが敵だらけで自分が孤立してる状況の事、なんて言うんだっけか。


「やっちまえッ!!」


 そうだ、一騎当千だ。

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