第10話 脳みそピンク色のパッパラおバカさんなの

 補習は一時間くらいだった。でも、今日はバイトが休みだったからちょうどよかった。また次、頑張ればいいさ。


「小戌さん、お疲れさまでした」

「お疲れなの」


 外では、何故か雪常と八光が喧嘩しながら待っていた。クラストップの有能二人が補習してるヤツを待ってるって変な感じだ。つーか、喧嘩すんなよ。


 あの日の夜、八光を病室棟まで連れて行って雪常と同じように目覚めるまで待っていた俺は、ぶん殴って悪かったと謝ると「ちんちんを見せるか、これからも仲良くするか選んでください」と謎の二択を迫られたため、当然のように彼女と仲良くする道を選んだ。

 どうして勝った俺が選択を強いられてるのかもよく分からなかったが、まぁそもそも友達だし。別にいいよ。


 因みに、何故チンコを見せなきゃいけないのかを確認すると。


――だって、グッド・フェローズにはそこだけが無いんですもの。


 とのこと。俺はこの時、ひょっとして変態なのに何も知らないからパラノイアが発達していて、事実を知ってしまえば技能が弱まるから両親には実物からは遠ざけられて生きてきたのだろうか。……とか。つまり、技能スペックの成績がいいヤツほど童貞や処女なのでは?……とか。そんなどうでもいい考察を巡らせていた。


 閑話休題。


「18点って、普通は中々取れる点数じゃないの」

「凄いですよね。流石、小戌さんです」


 これ知ってる。皮肉ってヤツだ。


「そういうお前らはどうだったんだよ」

「48点。1問だけ間違えたの」

「私もです」


 言って、二人はカバンの中身から答案用紙を取り出して俺に見せた。問題は、「傍線の引いてある文章を記した、筆者の思考を考察せよ」だった。


「合ってると思ったんですけど」

「小説家なんて、どうせ全員脳みそピンク色のパッパラおバカさんなの。この芥川とかいうおじさんだって、裏でエロい話書きまくってたに違いないの」


 それは、口にするのもはばかられる程の恥辱に塗れた心情を記した答え。しかも、二人とも。


「バカヤロー」


 力無く用紙を返して、昇降口へと向かう。後ろでは二人が考察に次ぐ猥談を繰り広げていたが、あまりにもバカバカしい内容だった為俺はほとんど耳を塞いでいた。おまけにこの場にいる誰も正しい知識を持っていないから、おかしいのは分かるんだけどどうしておかしいのかが説明出来ない。だから、話はどんどんと明後日の方向へ進んでいった。もう、めちゃくちゃだ。


 そんな調子で、半ば喧嘩のような言い合いをするのを聞きながら職員室の前を通り過ぎたその時、ちょうど目の前の扉から出てきた一人の女子生徒の姿を見つけた。


「失礼しました」


 頭を下げて扉を閉めた彼女と目があった。丸めのメガネに茶色い髪を三つ編みにしている、世間がイメージする頭のいい優等生って感じの見た目をした、それでいてやたらと小さい鼻と真っ直ぐでまん丸の目を持った女子だ。胸ポケットには、ボールペンが差してある。


 俺は、彼女を知っている。


「よぉ、累木かさねぎ。退院したのか?」

「あ、小戌君。そうだよ、明日からよろしくね」


 累木一絵かさねぎひとえは、入学当初に俺が唯一声をかけられなかった生徒だ。というのも、彼女はここに来てからずっと病室棟に泊まっていて、登校してきていなかったのだ。何かの理由で入院していたようだが、きっと今日になって容体が回復したんだろう。


 身長は、多分平均的。割とむっちりとした肉付きをしてるから、あまり運動は得意ではないんだと思う。制服は、この学校では珍しくオーソドックスで、それがいい意味で清楚らしい。ただ顔色は明るくて、後ろの白めな二人よりも健康的だ。ひょっとすると、入院していたのは病気じゃなくて怪我とかだったのかもしれん。因みに、名前に反して彼女のまぶたは二重。


 ……いや、怪我はすぐに治るだろ。じゃあ、なんでだ?


「帰るの、少し遅いんだね。何か用事があったの?」

「補習だよ、ホシュー。目標の3割は取れたから、俺的には満足なんだけどな」


 彼女と出会ったのは、雪爪を病室棟に運んだ日。ジュースでも飲もうと自動販売機の前で財布を取り出したらコインが落っこちて、それを拾ってくれたのが累木だった。


「そっか。次は、もっといい点数だといいね」

「頑張るよ。それじゃ、またな」

「うん、また明日。……えっと、後ろの二人も。ね?」


 そして、累木は階段の方へ向かっていったのだった。


「……また女の子なの。くるりがいるのに」

「友達は私一人でいいはずですよね?どうして声をかけたんですか?」

「はいはい。大好き大好き」


 それに、累木ってなんか他のヤツよりも凄くフツーな感じがする。昨日八光と別れた帰りに会った時だって交わしたのは世間話だったし、今だって一つも不自然ではない会話だった。だから、ひょっとすると彼女からは卑猥な話を聞かなくて済む関係になれるんじゃないかって、そう思ったんだ。


 ……そんな、淡い期待を持ってしまった俺を、一体誰が責められるだろうか。

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