【一章終了】伝説の魔術師、クソザコナマイキ過ぎる弟子を伝説の領域まで育成する
シン・タロー
第一章:うざカワイイ(自称)弟子を取る
追放された魔術師
「おい、あんた飲み過ぎじゃないか?」
「いいから酒を注げ」
オレが木のカップを傾けて要求すれば、スキンヘッドの親父はしぶしぶと度数の高い酒を注いだ。
ガンボル火山の中腹。
硫黄の匂いが不快なこのクソッタレ火山で唯一、冒険者向けの酒場なんて開いてる奇特な親父だ。
おもむろに酒を煽ると、親父がまたむさい髭に包まれた口を開きやがる。
「悪いこと言わないから、もう下山した方がいい。パーティーから捨てられたんだろ?」
親父の言葉に、口内の切り傷がズキリと痛んだ。
さっきから酒を飲むたびズキズキ沁みてしょうがない。
そうだ。奴らはたしかに、オレを捨てた。
◇◇◇
――数日前、オレは山のふもとにある町の冒険者ギルドにいた。
新たな魔術書に関する情報でもないかと、掲示板に貼り出された依頼書へ目を通していた。
そのとき声をかけてきたのが、あの女だ。
「すごい! すごい魔力を持ってますね!? そこのアナタ!」
むかし故郷の村で見た道化師を思い出す、てっぺんが二本角のように割れた奇妙な帽子をかぶる女。
浅くかぶった帽子の下は、丸っこくふわりとした金髪だ。
細長い布を交差しながら体に巻きつけ、小ぶりな乳と股間だけは隠しているが、服と呼べるかは微妙な代物だった。
一応ローブは纏っているものの、前を大きく開けているので意味がない。
痴女か?
女は汗でほんのり湿った生身を、ぴったりオレに寄せてくる。
甘い香料の匂いと、高い体温。
「アタシはシエラ、魔術師です! アナタのお名前が知りたいです、ぜひ!」
「……エイザークだ」
「エイザークさん……いえ、師匠と呼ばせてください! 師匠、アタシ達とパーティーを組みませんか!?」
四人がけのテーブルを振り返るシエラ。
テーブルには三人の男が座っていた。
どいつも重装備だ。
剣士風の男が背負った大剣には、刃に魔術の術式が刻まれている。
“風”の術式だ。
おそらく見た目ほど鈍重ではないだろう。
となりの男がテーブルに置いている弓。
あれはエルフィンボウ。
失われたエルフの技術で作成されたもの。
その向かいの男は、鍛え抜かれた肉体を惜しげもなく披露している。
手甲には“土”の術式。
殴れば岩くらい粉砕できるはずだ。
さらに三人ともが、一般にはとても手が出ない高級なアーマーや、古代技術のプレートメイルなどを身につけていた。
それぞれの胸に輝くバッジを見るに、シエラを含めたこの四人はどうやら一級たる“金鷲の冒険者”らしい。
「……おまえ達の目的は?」
「ガンボル火山です! いにしえの火竜が行使した魔術が眠っているらしいんです。ね? ね? 魔術師として気になりますよね、師匠!」
オレの腕を抱きかかえ、薄い胸をすりすり擦りつけてくるシエラ。
色仕掛けのつもりかしらんが、その乳では効果も三分の一といったところだ。
ただ火竜の魔術とやらには興味がある。
魔術のスクロールを切らしているのが気がかりだったが、このシエラという女も魔術師のようだし、なによりパーティーを組むなら問題ないだろう。
そう思い、オレは二つ返事で同行を了承した。
パーティー連中は気さくにオレを迎えてくれた。
高級装備に身を包んでるだけあって連中の戦闘能力は高く、特に問題もないままガンボル火山へ突入する。
ひたすらに頂上をめざして山を登り、この親父の酒場へ立ち寄ったのが昨夜のことだ。
「なあ、シエラ……そろそろいいだろ?」
剣士のディンは酒に酔っていた。
奴はシエラの細い腰を抱き寄せ、白く柔らかそうな胸もとに顔を埋める。
「あは、ダーメ。アタシそんなに安くないんです」
シエラはディンを軽くあしらうと、カウンターで酒を飲んでいたオレの膝へ尻を乗せた。
首にシエラの細腕が絡まる。
むわりと鼻をつく、汗と香料の甘ったるい匂い。
「師匠だったらアタシ、いいですよ。魔術師は魔術師と、惹かれ合う運命ですよね」
「運命などオレは信じてない」
「ふぅん。じゃあ、この出会いは偶然?」
「……そうだ」
「偶然に運命の出会いを果たしたと、つまりはそういうことですね!」
「おまえ酔ってるだろ」
かわいらしい顔立ちの半裸の女に言い寄られ、正直悪い気はしなかった。
だが、男連中の視線。
その視線に棘が混じり始めたのはこのときから。
パーティーはシエラを中心に回っていたのだと、オレは気づくべきだった。
そして今朝。
酒場を発ったオレ達は、程なくしてサラマンダーの群れと遭遇する。
体長は人間の幼児ほど。
全身を火の膜で覆われた、トカゲのごとき風体。
一匹二匹ならどうということはないが、オレ達を囲む群れは三十を優に超えていた。
「くそっ、ちょこまかしやがって!」
ディンがサラマンダーの一匹を両断する。
元帝国弓兵のソルも、高名な僧侶だったハイマンも、それぞれ目の前のサラマンダーを相手に優位に立ち回っている。
「“
シエラは詠唱なしに水魔術を飛ばし、奴らが纏う炎ごとジュワッと蒸発させた。
無詠唱は魔術の威力が著しく落ちる。が――
数が多い相手には、なるほど有効なのだろう。
などと感心している間に、サラマンダーどもはオレの元にもわらわらと群がってくる。
まずい、詠唱する時間が足りん。
「おい! おまえ達――」
助けを呼ぼうとして、ハッと気づいた。
どいつもこいつも、連中は揃って目の前のトカゲだけを相手にしている。
互いに援護もしない。
仲間を見てすらいない。
当然、オレのこともだ。
こいつらは、
おまえらは“金鷲”だろうが。
冒険者連中の憧れの称号だろう?
パーティーとは名ばかりで、魔術師を守ろうともせず……馬鹿どもが!
サラマンダーが鋭利な牙を見せつけるように大口を開け、迫りくる。
「くっ――“死に水を啜り光虫よ舞え、舞えば疾く退き、疾く座を開けよ、メロウ・ロメ・イエ――ぐあっ!?」
ふくらはぎにガブッと食い付かれ、詠唱の中断を余儀なくされた。
「師匠!?」
シエラの水弾がサラマンダーを吹き飛ばす。
噛まれた傷口は燃えるような熱を持ち、オレはその場に倒れると気を失った。
「ち。やっと起きやがったか」
「誰だよ、こんな足手まとい同行させようって言ったのは」
「ソルー? それ、アタシに文句言ってるんですかね?」
「い、いや。そういうわけじゃないんだ、シエラ」
ゴツゴツとした岩肌で目を覚ますと、にっこりな笑顔を見せつつ上から覗き込んでくるシエラ。
「もー、しっかりしてくださいよ
「無詠唱など……本来の魔術ではない。魔術師としての美学に反する」
「あっは。美学!? 冗談はいいからさっさと起きてくださいね」
無理矢理引き起こされ、頂上をめざしての登山が再開される。
ガンボル火山はサラマンダーの巣窟だった。
何度となく群れに囲まれ、トカゲに食いつかれ、オレは魔術を一度も行使することなくまた倒れる。
「……あ~あ。ホントどうするよ、こいつ」
「ここに捨て置くか」
「ひえ。僧侶とは思えない発言」
「みんな、ちょっと先にいっててください。アタシもすぐ追いつきますから」
硫黄臭い火山であお向けに寝そべり、咳き込んで目を開けた瞬間、ショートブーツで顔を踏まれた。
「……ねえ
シエラはブーツのかかとで、念入りにオレの頬をぐりぐりとひねる。
血の味が口内に広がる。
そしてこいつ、ついに呼び捨てやがった。
「ぐっ。なかなか、いい性格してるな、きさま」
「アタシ人を見る目には自信があったんですよね。でも自信喪失しちゃう、アナタがそんな体たらくだと」
うっすら目を細めるシエラを、下からのアングルで見上げる。
こいつが体に巻いた細長い布は、末端を背中でリボン状に結んでいた。
度重なる戦闘でそれが解けているらしく、垂れたピラピラの布がオレの顔をくすぐる。
白く肉感的な足の奥、つまり全部見えてやがる。
「中身まで、見えてるぞ」
「あは。安くないんです、アタシ。ぜーんぜん足りないけど、お代はアナタの命でいいですよ」
シエラは上気した顔でハァハァと呼吸を荒げ、ブーツを持ち上げるとまたオレの顔面を踏んだ。
「一人で死んじゃってください、バーカ」
そしてシエラは行ってしまった。
オレは一人、取り残された。
◇◇◇
で、気がつくとこの酒場にいたわけだ。
酒場の親父が助けてくれたらしく、傷の治療までしてもらって感謝はしている。
「親父、もう一杯だ」
「いいかげんにしなって。やさぐれる気持ちもわかるが、あんたにここの魔物は荷が重かったんだ。もっと適した場所で適したパーティーと――うお!?」
親父のくどい説教を中断する大地の揺れ。
凄まじい地鳴りと揺れに店は崩れんばかりに傾き、親父とオレは酒場から外に飛び出した。
山を見上げ、親父が呆然とつぶやく。
「な……なんだ、ありゃあ」
さっきまでオレがいた位置よりもまだ高い場所。
おそらく火山の頂上付近、その上空を馬鹿でかいドラゴンが旋回していた。
体長はサラマンダーのざっと数百倍はある。
真っ赤な鱗を持ったドラゴンが咆哮すれば、ぐらぐらと足場が揺れる。
「か、火竜だ。まさか、火口から復活したのか!?」
「火竜……あれが魔術を使うとかいう竜か」
まるでそうだと答えんばかり、火竜の眼前に円形の術式が展開した。
再度のけたたましい咆哮。
火竜の口腔から火の球がいくつも射出され、山肌をえぐり、弾き飛ばしていく。
「もうここは駄目だっ! あんたも早く逃げろ!」
「火竜の魔術……あんなものだとは」
期待外れもいいとこだ。
火竜はさっきから一定の地点へ向け、炎を吐き続けている。
たぶん、例の冒険者パーティーがあそこにいるんだろう。
あいつらがどうなろうと知ったことではないが、酒場の親父には恩もある。
オレはローブをひるがえし、片手を遥か上空の火竜へかざした。
「――“死に水を啜り光虫よ舞え、舞えば疾く退き、疾く座を開けよ、メロウ・ロメ・イエロ・ドリン」
「な、なにをぶつぶつと。そんなことしてる暇はないんだって!」
うるさいな、気が散る。
「“新たな座に付きし傲慢なる王、炎獄を以て君臨せよ、栄華は熱波、豪火、暴風、衝撃」
ガンボル火山の乾いた空気が、さらにカラカラと乾燥していく。
大気中の水分を火の精霊と
やがてオレの肺は熱を帯び始め、呼吸のたびに高温の息を煙として吐き出す。
酒場の親父がオレのローブをがっしり握った。
「力ずくでも連れていくぞ! はあ、はあ、なんか、息苦しくなって……」
おい、ローブを引っぱるな!
「“栄えれば墜ちよ、傲慢なる炎帝よ、落日は今、この刻なり――」
火竜の直上。
三角形の術式が互い違いに三つ重なり出現する。
現れた術式はメラメラと燃え上がり、火竜の全長をもしのぐ大火球となる。
「あ……あれ、あんたがやってんのか……? いや、でも、火竜相手に、火は……」
そうだな、火竜を名乗るくらいだから火の耐性くらい持ってるだろう。
だが、
「
相手のフィールドで強引にねじ伏せる。
それが魔術師の矜持だ。
オレは火竜へかざした手を、地に振り下ろした。
「喰らえ――“
燃えさかる炎の球体は、火竜の頭頂から直撃してその巨体を押し潰す。
押し戻そうと足掻いているのか、火竜と火球は宙空で膠着し、激しい熱波が吹き荒れる。
しかし力の均衡は徐々に崩れていった。
炎の球に火竜の鱗は無惨にも削られ、火花のように辺りへ散っていく。
やがて身も、牙も、骨も、燃えながらボロボロと崩れ落ち、山肌に焦げあとを刻んでいく。
最後に断末魔の咆哮を残して火竜が消滅すると、火球の魔術もブシュウと白い蒸気へ変わる。
煙は空へ立ち昇って、雲の一部となった。
まあ、こんなものか。
少しは溜飲も下がったかな。
「あ……あんた、いったい……」
ローブの埃を払って踵を返す。
やっぱりこんな硫黄臭いとこ、長くいるもんじゃない。
「ただの魔術師だ。オレはこの世で最も強大な魔術を求めている」
それだけ答えて、山腹の酒場をあとにする。
サラマンダーの群れに遭遇しないよう祈りつつ、オレはゆっくりとガンボル火山を下った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます