後編


「……あの、すみません。まずはひとつ、確認したいことがあるのですが……?」

「なんだい、カリスタ?」


 うわぁ、超イケボ。なんだその砂糖にはちみつ掛けたようなあまぁいボイスは! ゲームでもそんな声してなかったよ!? そんな声を直接聞いてみなさい、破壊力抜群だから!

 っと、そうじゃない、そうじゃなかった。


「お二人は付き合われていたのでは……?」

「冗談でもやめてくれ」

「秒でそんな返事酷すぎませんか、エリオット殿下!」


 食い気味で否定された。ええ、じゃああの噂はなんだったの? エリオット殿下とマリー様が逢瀬を繰り返していたっていう噂はなんだったの? 私、あの噂を聞いて、「お、マリーちゃん王太子ルートか、よっしゃ頑張って婚約破棄まで持っていくぜ!」って頑張ったのよ?


「なぜそんなことを?」

「エリオット殿下とマリー様が逢瀬を繰り返しているって噂が……」


 火のないところに煙は立たないって言うし、私はマリー様が王太子ルートに入ったと思ったから、私に出来る範囲で悪役令嬢やっていたのに! 王太子ルートじゃないとしたら、誰ルートだったんだ……?


「……はぁ。直接聞いてくれたら良かったのに。そうしたら光の速さで否定出来たのに……。すまない、君の耳にまで届いているとは思わなかったんだ」

「え? は、はぁ……」


 まぁ、噂に関して私はエリオット殿下に問い詰めることもしなかったしね。ルート確認のようなものだし。……えーっと……じゃあこの状況どうすれば良いのかな。パーティー会場のみんな、めっちゃこっち見てるし、聞き耳立ててるし。パーティー会場だよ、もう少し賑わってよ!


「マリー嬢から、相談されてね。カリスタに意地悪をされている、と。だが、わたしの知っているカリスタは、理由なくそんなことをする人ではない。だからこそ、マリー嬢がどんなことをしてカリスタに意地悪をされていると感じるのかを調べる必要があった」


 そんな理由で調べていたんだ……。エリオット殿下の私に対する評価がえらく高いことに驚きつつも、私は言葉の続きを促すように彼を見つめた。すると、エリオット殿下は顔を赤らめて視線を逸らしてしまった。なぜそこで赤くなる……?


「すると、面白いことに生徒たちから色々な証言が出てきてね」

「証言?」

「マリー嬢のテーブルマナーを諫めた、ダンスの指導をした、婚約者の居る相手に近付かないように忠告した……他にもあるけど、聞く?」


 思わず首を横に振る。だってこの学園、淑女を育てる場所でもあるのだから……。あれ、待って、もしかして……周りから見る私は悪役令嬢ではなくて、ただのマナーに厳しい人……!? い、いやいや、そんなはずない。だって私が注意した時マリー様涙目だったもの! そうよ、私はきちんと悪役令嬢やっていたハズ!


「そ、そうですわ! カリスタ様はいつも、マリー様に淑女としての振る舞いを教えていました!」


 おおっと、誰かが参戦して来たぞ!


「そうです! それに、カリスタ様はわたくしがペンケースを落してしまった時に一緒に拾ってくださいましたわ! マリー様は無視して行きましたのに! と言うか、マリー様がぶつかって来たのに!」


 それはマリー様が悪いわぁ。


「ああ、確かに婚約者が居るのにやたらとべたべたしてきて、ちょっと鬱陶しかったのを、カリスタ嬢が助けてくれた!」


 ……そんなことあったっけ?

 ……って言うか待って、何でそんなに私が持ち上げられているの!?


「ほら、君がしてきたことを、ここの生徒たちはちゃんと理解しているんだよ」

「え、と……は、はぁ……。こ、こほんっ。マリー様、これでわかったでしょう? あなたの行いは、この学園の生徒として相応しくありませんでした。己の行動をもう一度よく考え、反省し、淑女として恥じることのない行いをなさいませ」


 ……これ公開処刑されているのマリー様じゃない? おかしい、私は華麗に婚約破棄される予定だったのに。

 ……はっ! ちょっと待って、このまま行けば私が王妃エンドになってしまう! 待って、夢の平民生活は――!?


「ああ、やはりカリスタは美しいな。容姿だけではなく、その心すらも。一緒にこの国を盛り上げていこう、カリスタ。わたしたちなら、それが可能だろう」


 ちゅ、っと唇に柔らかいものが触れる、感触が……。一気に顔を真っ赤にさせると、エリオット殿下が「やっとわたしのすることで赤くなってくれた」と嬉しそうに破顔した。

 そして盛り上がる会場。待って、ねぇ待って、これ一体なにエンドなの――!?


「ひ、ひと、人前で口付けなんて……!」

「もう一度して欲しい?」


 光の速さで首を振った。って言うかこれファーストキスー! パーティー会場はもう、私とエリオット殿下を祝福する場になっていた……。マリー様へ視線を向けると、滅茶苦茶白けた顔をされた……。見たくなかった、見たくなかったよマリーちゃんのその顔は……!


「あーもう、ほんっとうにばっからしい。やんなるわー……」


 ……そう言って彼女はパーティー会場から姿を消した……。結局、私は婚約破棄されることもなく、卒業パーティーは予定通りに行われ、エリオット殿下と一緒にダンスを踊ったりしていた……。

 それから、私は自分でもおかしいと思うくらい、エリオット殿下を意識するようになってしまった。卒業してから接点が減るだろうと思ったら、毎回パーティーに呼び出され、一緒に食事をしようと誘われ、むしろ接点が増えてしまった気がする……。

 ……このままだと私、本当に王妃になってしまうんだけど……!?

 それも満更ではないと思い始めている、自分が怖い……!

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