Song.37 電池

「ああ、電池切れた。使いすぎたかな」


 タブレットの電源を何度か押しても真っ暗な画面に、司馬は淡々と言う。


「とまあ、そんな感じで、けーたんちのおばさんたちにも見せていましたー。いやぁ……ほんとビックリだったや。君たちの音楽」


 身振り手振りで驚きを表しつつ、柊木は拍手をする。

 それに悠真が小さな声で、「びっくりなのはこっちなんですけど……」と言っていた。


「けーたが死んでから、俺たち全員、顔を会わせてすらいなかったんだよ。実は。それを、恭弥くんが……いや違うな。君たち全員が俺たちをまた集めてくれた。ライブってやっぱり楽しいって思い出したし、俺たちは音楽をやってないと生きてけないなーって思ったよ。だから」


 髪を耳にかけ、事故で負った傷を隠すことなく見せながら、柊木は腰を曲げた。


「ありがとう」


 たったそれだけの言葉を伝えるために、柊木は長々と話していたのだった。


「彼だけじゃない、自分たち全員、君たちに感謝してるよ。やっとMapも前に進めそうだ」


 タブレットを小脇に抱え、今度はスマートフォンを操作したのちに司馬も腰を曲げた。

 そのスマートフォンからも、騒がしい声が聞こえる。今度は電話をかけていたのだった。


『サンキューな! 俺らにはまだまだ叶わねぇけど、お前たちの曲、刺さるもんがあったぜ』

『出た精神論。もっと具体的にいいなよ。俺的にはワードチョイスが抜群だったと思う。あと全体のバランスもよかった。頭から強くて。それを最後まで――』

『ぐだぐたなげぇ!』

『うぐっ』


 ブチッと司馬は通話を一方的に切った。それにより急に静かになる。

 大人とは思えない言い争いに、恭弥はクスクスと笑う。


「……というわけで、俺たちもまた、続けていくよ。音楽を。みんなで。いつか、君たちと一緒にステージに立てたらいいな。どう? 楽しそうじゃない?」

「楽しそうだけど、俺ら素人だし、一緒にステージに立つなんて無理なんすけど……」

「そこは頑張ってよ。どうにかデビューする方法を考えてさ」

「そっすね。考えつくものはあるけど……やるなら親父を超えるようなバンドにしたいし」

「わーお、野望がすごい。うかうかしてらんないね。りょう、帰ろう」

「わかった。それでは失礼いたします。今後の活躍、期待しています」


 ぺこりと礼を述べると、柊木たちは足取り軽く去って行った。

 残された恭弥たちは、軽く息を吐いてから気持ちを切り替える。


「はい。俺と立花先生は、さっきの2人とちょこっとお話してくるので、みんなはひとまず楽器を横によけておいて、そのあと教室に戻る。ホームルームがあるからな。はい、解散っ! ホームルーム終わったらまたここに集合! ほれ、行け行け」


 バチンと手を叩いて篠崎が言う。恭弥もゆっくり立ち上がり、ベースを肩から降ろした。

 首を回せば、ゴキゴキと音が鳴った。


「早くホームルーム終わって片づけて帰ろうぜ。お前、あんまり寝てねぇだろ」

「まあ、そんなに寝てはない。あと食ってない」

「あー……教室に行けば、家から持ってきた菓子あるから、それやるよ」

「ラッキー」


 鋼太郎が恭弥の体調を心配していたが、腹の虫が鳴るほどに元気があり、食欲があることを確認すると、スタスタと歩き教室に先に向かって行った。


「ホームルームめんどくさーい。というか教室に行くのがめんどくさーい。あ、キョウちゃん、俺の分のおやつも残しておいてな!」

「はいはい」


 大輝のクラスは恭弥と異なる。体育館からも離れていることもあって、ひらひらと手を振って教室へ向かう。


「僕の分もよろしく。さすがにお腹減った」

「珍し」


 悠真と大輝は同じクラスなので、大輝に続いて悠真とも別れた。


「キョウちゃん。また、放課後にね」

「ああ」


 瑞樹とは階が違うだけで、教室の位置は同じ。1つ上の階に向かう瑞樹は、恭弥に大きく手を振って階段を駆け上がって行った。


 恭弥はゆっくりと自分の教室の前に立つ。

 まだ篠崎は来ておらず、扉が閉じていてもわかるほど騒がしい教室。

 少し緊張した顔で、扉に手をかける。


『頑張れよ、恭弥』

「……ああ。俺、頑張るさ。音楽も、人付き合いも全部」


 ふと父親の声が聞こえた気がした。

 もちろんすでに亡くなっているので、聞こえるはずのないもの。幻であるとわかっていても、恭弥はその声に背中を押され、扉を開けるのだった。


「かっこよかったよ」

「すごかった」

「びっくりしたよ」

「ベースうまいね」


 教室に入るなり、クラスメイトに次々言葉をかけられた。

 事務的内容以外にクラスメイトと話すことなどほとんどなかった恭弥は、一気に変わった空気にたじろぐ。

 今までの恭弥であれば、逃げ出すか、無視するかの2択だった。だが今は心を、気持ちを変えている。

 暗く後ろ向きだった恭弥は、前を向き、自然な笑顔が浮かんだ。


「ありがとう」


 素直に出た言葉を聞いたクラスメイト達。

 まさかそんな笑った顔をするなんて、と女子の顔は少し赤くなり、男子は目を輝かせる。

 その後も篠崎がやって来るまで、同じように囲まれていた鋼太郎と共に、クラスメイトたちと交流をした。


(ああ、人と話すって、こんなに楽しいんだな……)

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