Track2 作られた日

Song.10 共同

 あれから二日後。放課後に5人は要件を伝えられることなく、物理室に集められた。

 そこで待っていたのは、篠崎……ではなく、バツの悪そうな顔をする立花だけ。

 全員が集まってから、今日の招集理由が伝えられる。


「申し訳ないですね。練習スペースが確保できなくて。音楽室は吹奏楽部が使っているので、空いているのが私が管理している物理室しかないんです。でも、ご覧のあり様でしで……」


 物理室の後方には雑多に置かれた教材資料の山。埃を被った棚も存在しているが、そこにしまわれることなくただ乱雑に積まれている。

 授業に使うのだろうと音叉や赤本があることは納得できるが、絶対に物理を学ぶ上で使わないであろう木彫りのクマの置物まである。


 誰が何のために置いたのかと疑問に思ったが、立花の話を聞きながらそれを見て見ぬふりをした。


「片づけてもらえたら、そこで練習していただければと。ここなら機材がしまってある部室棟からも近いですし。放課後、自由に使ってください」


 これを全て片づけなければならないのか。気の遠くなる作業がそこにある。


「よっしゃー、やるぞー。とりあえず俺とコウちゃんで運ぶからさ、みっちゃんとキョウちゃんで綺麗にして。んで、ユーマがしまうで完璧じゃない?」

「変な名前つけんじゃねぇ。俺は恭弥だ」

「知ってるー。だから、キョウちゃんでしょ? その方が仲良しって感じがするから、そう呼ぶね! よろしく!」


 これは何を言っても無駄なタイプだと悟った。勝手に言わせておこうと、恭弥は大輝の言った通りに立花が用意していたぞうきんを手に取る。


「ふんふっふーん♪」


 手も体も汚れるのを気にする様子もなく、大輝が次々に近くのテーブルに散らかっていたものを置いていく。

 一人でやらせるわけにもいかないと、次々に手を動かし始めた。


 手は忙しいが、口は暇。話すことは得意ではない人も多い中、一番明るい大輝が話題をふる。


「ぶえっくしゅ! ふぅ……なあなあ、みんな楽器うまいの? ユーマがうまいのは知ってんだけどさ」


 埃でくしゃみをしつつ、大きな筒状の資料を運ぶ大輝と恭弥の目があった。


「どーなの、キョウちゃん」

「呼び方……まあ、そこそこにはできる、はず」


 だんだん声が小さくなった。ここまで言いきっていいのかわからなかったのだ。


 つい先日、久しぶりにベースを弾いた。幼い頃から父に習って練習してきたから、弾けないことはない。でも、瑞樹以外と一緒に弾いたことがない。バンドという体制をとったことがない。


 瑞樹ならば、恭弥にうまく合わせることができる。だが、他の人が一緒にやるとなると、いささか不安があった。


「何その曖昧さ。キョウちゃんできそうな感じするもんな。能ある鷹は羽を隠す的な?」

「鷹の羽を隠すのは無理でしょ。鳥類なんだし。それを言うなら、能ある鷹は爪を隠す」

「おう、それそれ」


 悠真が大輝の間違いを訂正する。

 よくよく考えれば可笑しな言い間違いだったために、恭弥は大輝に背を向けてから肩を震わせた。

 それは瑞樹も、鋼太郎も同じで。顔は見せずに笑っている。


「あ! みんな笑ってんじゃん! 言っとくけど、俺、めっちゃ馬鹿だからね! こんなんで笑ってたら持たないからね!」

「僕は笑ってないよ」

「いーや。ユーマは心の中で笑ってるのを俺は知ってる!」

「それは否めないかな」

「だろ!?」


 悠真と大輝のやり取りがまた面白くて。クスクスと笑いながら手を進める。

 主に大輝が騒いでいたのだが、その声が響いていたようで笑顔だけどこめかみに血管が浮き出た立花が静かに大輝を見つめる。


「ひぃ! すんません。ちゃんと手ぇ、動かすんで! やってます、やってます!」

「カッコ悪っ」

「ユーマァ!」


 また始まりそうな言い合い。でも今度はちゃんと手を動かしつつ行っている。

 立花はバンドメンバー全員で行う初めての作業を、扉の前からそっと見守った。



 ☆



 恭弥は自室のベッドに横になる。その手にはスマートフォン。いつものように、指を走らせてShabetterに言葉をつづる。


『七夕の交流会、こんな俺がバンドやるとか信じられない。できるのか、俺に』


 そう発信した。

 するとすぐに、反応がやってくる。


『バンドやるの!? すごいね! 俺も、頑張らないとなー』


 リプライをくれたのはいつもの人、木の葉。早い反応が嬉しい。すぐに文字を打ち込む。


『ずっと避けてきたんですけど、何だかできそうです。みんないい人っぽいし』


 他のメンバーの顔を思い返す。大輝を中心に今日は片づけだけで終わったが、悪い印象は受けなかった。個人の技量は未知数であるものの、これからどうなるのかと胸が高鳴る。


『俺も色々あってしばらくバンドをお休みしちゃってたけど……キョウさんも頑張るんじゃ、俺も頑張るよ』


 そこでリプライは終えた。

 木の葉という人物にも何か抱えているものがある。それを知らなくても、自分が前に進んだことが誰かの行動に影響が出る。それがポジティブな方向に進めばいい。

 インターネットでのつながりだけど、木の葉という人物の幸せを願った。

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