恋占い屋は恋を知らない
毒島*4/24書籍発売
1章:ソワとアクス
1-1
ソワ・スレッドが生まれたのは、アマラント共和国の東の端にある小さな町だった。
スレッド家は代々農業を営んでおり、ソワの家族は、両親に祖父母、年の離れた兄が二人に犬が一匹。裕福ではないが貧しくもない、ごく普通の平民家庭だ。
兄が家を継ぐため、家業に縛られることもなくのびのびと育ったソワだったが、一つだけ、困ったことがあった。
物心ついた頃からずっと、空中や地面に奇妙な赤い糸がたくさん張られているのが見えるのだ。
そしてその先端は、総じて人の左手の小指に繋がっていた。
「パパとママは、いつも小指を赤い糸で繋いでるのね」
言葉を覚えてしばらく経った頃、ソワは台所で洗い物をしている母親に、そう訊ねたことがあった。いつ何時も、二人の小指の糸は繋がっていたからだ。
「え?」
母親は不思議そうに首を傾げ、仕事で荒れた自分の左手をしげしげと眺めると、
「ソワには、パパとママの小指に糸が見えるのね?」
と、嬉しそうに言った。
そしてソワは、自分以外には糸が見えないことを知った。
赤い糸は、年頃の男女には必ず付いていて、もう一方の端は別の誰かに結ばれていた。ものすごく近所の二人の糸が繋がっていることもあれば、糸がどこまでも伸び、町の外や山の向こうに続いていることもあった。
六歳になり、町の学校に通うようになると、蔓延る糸の量は各段に増えた。また、小さな少年少女の指に突然現れたり、逆に昨日まであった糸が消えたりすることもあった。
* * *
十二歳になった頃、ソワはまた、母に訊ねた。
「ねえ、お母さん。小さい頃、私がお父さんとお母さんの小指が糸で繋がってるって言ったこと、覚えてる?」
「もちろん、とっても嬉しかったから。赤い糸の話なんて、どこで聞いたの?」
「どこでって……。何が? 赤い糸って、どんな意味があるの?」
「あら、知らずに言ってたの? ……もしかして、本当に糸が見えるの?」
驚いた顔をしていた母は、困惑している娘の左手を取って優しく撫でながら、教えてくれた。
「私たちには神様が決めた運命の相手がいて、お互いの左手の小指が赤い糸で繋がってるっていう、古い言い伝えがあるの。糸で繋がった二人は、出会えば絶対に惹かれ合って、一生幸せに暮らせるんですって」
うっとりと少女のような顔で語る母の隣で、ソワは考えた。
自分の両親は、町内でも有名な仲睦まじい夫婦だ。その熱愛ぶりたるや、近所の若い娘たちが秘訣を真剣に訊きに来るほどだ。他にも、赤い糸で繋がっている二人は、皆幸せそうに暮らしているように見えた。
ということは、どうやら自分に見えている赤い糸は、言い伝えにある糸と見てよさそうだ、と。
それからソワは、他に珍しいものがない村の中で暇つぶしがてら、自分にしか見えない糸の研究を始めた。
赤い糸で繋がっている二人は、やがて結婚し、いつまでも仲睦まじく暮らしている。
糸が別の誰かと繋がっている二人が付き合っているのを見ることもあったが、いずれもそう長く続かないうちに不和を起こし、やがて別れてしまう。
また、既に伴侶が亡くなっている老人などの指には、糸はなかった。つまり、相手が既にこの世にいない場合、糸は消えてしまうということだ。
「ということは逆に、ある日突然現れるのは、この世に生まれた新しい命と繋がったということかな」
いわゆる、歳の差カップルという奴だ。もっと古い時代には自分くらいの歳で十も上の男性に嫁がされていたという歴史もあり、大人になれば年齢はあまり関係がなくなると聞くので、問題はなさそうだ、とソワは一人納得するのだった。
そんな研究成果を踏まえて、友達の相談に乗ることもあった。
「三組のコルトくん、かっこいいと思うんだけどどうかな?」
しかし、彼女の糸は同じクラスの男子と繋がっていた。
「うーん、話したことないんでしょう? あなたには、ああいう親しみやすいタイプのほうが向いてるんじゃない?」
すると、間もなく二人は付き合い始めた。
そんなことが何度もあり、いつの間にか、『ソワという奴に恋愛相談をするといい相手に巡り合える』という噂が広まり、上級生から囲まれたりしたこともあった。糸の見えない彼らからの評判は概ね、『やたら人を見る目がある少女』という程度だったが、少しだけ、日常が騒がしくなった。
しかし、ソワには他人の恋路よりもずっと気になっている、大きな悩みがあった。
「もしかして、私の運命の相手はもう死んでいるのでは……?」
一向に、自分の指に赤い糸が現れないのだ。クラスメイトたちの糸は、もはや教室の床が見えないほどに辺りに散乱しているというのにだ。
一応、ソワも年頃の娘であるからして、これは由々しき事態だった。
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