笑顔の君

優木悠

笑顔の君 1

 私はここで生きている。

 叫んでみても誰の耳朶にもとどかない。

 がんばってみても誰の目にもうつらない。


 人間は、無慈悲である。

 日の当たらぬ場所に生きる他者に対し、世界は冷淡である。

 日の当たる場所に生きる者は、影に生きる者の苦しみがわからない。

 その者達にとっては、世にでられぬ人間など存在しないに等しい、生きる価値などない生き物なのだ。ゆえに相手にしない。する価値もない。

 私は今、無慈悲な人間と優越的な勝者を相手にしている。


 私の名前は杉村若菜。

 今いるのは、東京ビックサイド東五のCの十五。

 巨大な展示場のなかの、半卓スペースの小さな空間。

 前を見れば、私のブースを一瞥もせず通りすぎる人々。左右を見れば、購入者が列をなすディーラー。

 私はここに本当にいるの?

 私はここに存在しているの?

 誰か教えて。誰か答えて。


 こう見えて(どう見えているか知らないが)私の職業は、なんと、

「声優」

 なのである。

 けっこう胸をはって高言できるほどの演技派である。声もなかなかのものだ。聞いてもらえればピンとくるほどのアニメヴォイスをしている。

 だが、仕事は、ない。

 アニメ、吹き替え関係で来る仕事は、通行人A、生徒B、友達C……。

 それでなぜ食べていけるかといえば、主な仕事で、

「エロゲ」

 というものがあるからなのだ(エロアニメもふくむ)。

 収録現場に行って、男性スタッフ諸氏の視線を感じながら、過呼吸で意識を失うほど喘ぎ声を出して日々の糧を得ているわけである。

 次から次にあらわれる、若く見栄えのよい新人たちが主役を演じるかたわらで、端役人生約十年、喘ぎ人生もほぼ同等。

 演技も声も優秀な私より、演技も普通だし声も普通なのに、見た目がよくて可愛くって、オタク受けする声優ばかりが脚光を浴びる。

 ヘンではないか。


 あ、おなかのでっぱった汗っかきの男性がひとり。

 私のブースの前に立ち止まった。

 一瞥。

 そして立ち去る。

 なんだよ……。


 ツイッターで同人誌即売会の参加告知を散々したのに、だれも買いにきてくれない、とか、持ち帰る在庫の指にかかる重みがなんかむなしいな、とかそんな経験を何年も続けている。

 自分の声優としての素性を明かせば、多少は来客も増えるだろう。だが、それは違うのである。今の私は、あくまで素人イラストレーターである。

 私はこれまで、いろいろと頑張ってきた。努力もしてきた。

 だが、世間から認められた、という記憶がない。

 努力が実ったという自覚がまるでない。

 努力をしたらしただけ、世間から認知され称賛される人がいる。

 一方、いくら努力をしても、だれからも認められない人がいる。

 この二者の違いは、どこからくるのだろう。

 努力をしない人が認められないのは当然である。努力をしたら成果があらわれるのも当然である。だが、努力をしたのに努力が実らず終生不遇をかこつ人が存在するのは不思議としかいいようがない。まったくの世の不条理である。

 ちょっと話が変なたとえに飛ぶが、学校の卒業式があるでしょう。

 卒業生があの日に校門をくぐると、後輩たちが寄ってきて、胸に造花のコサージュを付けてくれる、本来は。

 だが、私は小学、中学、高校、大学と、一度も誰からもつけられたことがないのだ。

 机の上に並べられたのを自分で手に取って、自分でつけていたのだ。

 そんな、存在感のない人間が、世の中にでようというのが、そもそも間違いだとでもいうのだろうか。


 おい、このクソ熱いなかを腕を組んで来る、オタクカップルがやってきたぞ。

…………。

………。

……。

 素通りかーい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る