倫敦賭博黙示録

第22話

「市立穀山中学2年、本田モリア君。キミを緊急事態宣言中の外泊および、未成年でのパブへの出入り、また帰国後に新型感染ウイルスを国内に持ち帰った罪状として告訴する」


――年明けに郵便ポストに投げ込まれたピンク色の封筒を開けた時、目に飛び込んできた文字列を眺めてぼくは荒い呼吸を抑えるのに必死だった。裁判所という機関を通し『正式に』名指しで罪人扱いされた恐怖と同時にそのような形で罰せられても仕方ない、という開き直りに近い感情もあった。家の隔離された部屋では今も父の土門どもんが繰り返しひどい咳を繰り返し、寝込んでいる。


「感染源はキミだ、モリア。まさかよりにもよって世界有数のパンデミック国、イギリスに年末帰省するだなんてね。現地でアジア人が目立った行動ムーブを取ると動画で晒される、なんて危機意識は持たなかったのか?しかも帰国時には新型ウイルスのお土産付きだ」


電話口の向こうで青少年卓球指導者の薬葉くすはステアがよく通る声でぼくに話しかけている。冗談めかした口調ではあるが言葉の節々にぼくへの管理能力の無さを糾弾するような苛立ちを感じた。裁判を起こした相手である薬葉氏とこうして話すのは怖かったし、何よりも自分の不用意な行動で自身が病原菌を振りまいてしまったのが本当に心苦しかった。


「まぁ、確かに年末に産みの親に会いたくなったキミの気持ちも分かる。それに日本国で緊急事態が発令された時、キミは飛行機の中だった。当時、英国空港でも大量の乗客を捌くために検査を緩めていたし、帰国後の日本空港でも新型ウイルス用の検査は実施していなかった」


モヤモヤと抱えていたぼくの気持ちを薬葉氏が代弁してくれた。少しだけ安心して息を吐き出すと「しかしだ、それもひっくるめて」と薬葉氏が次の言葉を繋ぐ。相手は大人だ。ぼくは唾を呑み込んで受話器から彼の声を待つ。


「郵送で告知した通り、キミを書面の罪状で訴える事にする。なぁに、裁判といっても恐れる事はない。裁判所の一室で事実確認をして双方納得の元、和解の握手をするだけだ。受験シーズンの中学生にも優しいスムーズな通例儀式だと思ってくれてもいい」


彼の言葉を聞いて安心した。そしてぼくは今日、市の地方裁判所を訪れ、自分の裁判が行われる部屋の扉を開けた。すると目に飛び込んできた景色を見て不意に心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。


部屋の内部は明らかにドラマやゲームで見覚えのある法廷そのものだった。扉の外からは分からなかったが、部屋は広く、中央に接地された木製のさくがぼくの居る場所と傍聴席を区分している。電話で聞いた薬葉氏の口ぶりから、ぼくはてっきり会議室の一室でこの話し合いが行われると思っていたから、この重々しい光景には相当面食らったのを覚えている。中央の法壇に目をやるとロングコートを着た裁判官がこちらに目を落とすと低い声色でぼくに告げた。


「被告人。中央手前の席に、着席願います」


部屋の中央を横切るぼくの姿を見て傍聴席の人たちがざわめき立つ。その席にはなじみのある顔ぶれが並び、心配そうな顔でぼくを見つめていた。よれたシャツを着た記者のような男が膝の上でハンディカメラをぼくに向ける。……完全に犯罪者の扱いだ。被告席に座るとぼくは完全に頭の中が真っ白になった。


「原告人、入室願います」


裁判官の声で待ちくたびれたという風に大きくドアが開かれると襟の立てられたシャツを着た薬葉氏が「おお、すごいね!まんまゲームで見た裁判所そのものじゃん!」と大人げなく声を弾ませた。「法廷ではお静かに」裁判官が薬葉氏を注意すると彼の鋭い視線がぼくに向けられた。


「これより原告の訴えの下、人定質問を行います。被告人は起立し、前へ」


席を立って半円の木枠の前に立つ。ぼくの裁判が始まった。


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