第12話

「でも、どうして歌子さんはそのような美しい御召し物を着てらっしゃるの?」

 

 静子は歌子に尋ねた。


「それは吉子さまが、私のために全て用意してくださっているのです。」


 吉子にも、話せないことがあったんだと静子は思った。

 歌子は、吉子と同じような艶やかな装いをしている。それは、全て吉子が用意していたのだ。


「あなたは、私の子供の乳母ですからこれからは全て私があなたのものを用意します。このことは、私から吉子さんに伝えます。私にあなたの好みをおっしゃってください。」


「そのようなことは小野家の人間としてはできません」


「あなたは、もう紀氏の人間です。紀氏の人間として恥ずかしい扱いはできません。あなたには、紀氏の人間の自覚とプライドをもってもらいます」


静子の言葉に、歌子は恐縮した。歌子は、紀氏の人間として恥じない行動をとるよう心がけるようになった。

 静子は、歌子から下級貴族の惨めな生活を知った。しかも、彼らの中でも上級貴族以上の知識や教養、そして崇高な心がけをもったものもいると聞かされた。

 静子は、道康にこの歌子の話を聞かせた。道康も、このような話は初めてだった。

 道康は、今まで殿上人以上の貴族しか知らなかった。興味がわいた道康は、直接歌子から下級貴族の実態を聞いた。道康にとって、歌子の話は驚きの連続だった。

 道康は下級貴族の者と直接話したくなり、歌子に優秀と思う下級貴族を紹介してほしいとお願いした。歌子は、知り合いの中で最も優秀と感じる文屋康秀を選んだ。

 しかし、皇太子と下級貴族の文屋康秀は身分の差が有りすぎ直接会うことはできなかった。そこで用事で宮中にきた乳母の使用人と偶然お上が鉢合わせし、たまたま話しをするという設定で行われた。

 道康は、文屋との会見で自分が今いかに狭い視野で政治を行っているか気づかされた。彼は、もっと多くの人々の意見を聞きたくなった。

 当時身分が高い女御だと一人一人殿舎が与えられるが、更衣となると常寧殿という大きな建物を仕切って、そこを部屋つまり局を与えられた。その局を町といった。

 文徳天皇の妻の更衣の妻の更衣の身分だった三条町、仁明天皇の更衣三国町といったか感じだった。小野小町は小さな町という意味でつまり小町は本当に小さな局であった。

 道康は、公然と会うことができない人と偶然鉢合わせたという呈で会う場所に小町を利用したのだ。小町の局は、こうして道康が度々訪ねるようになった。 

 道康は聡明な人だった。

 彼は今、天皇が藤原氏や源氏など殿上人としか交わっていないことに気がついた。奈良時代は小野氏や吉備氏、弓削氏など地方出身者や下級の役人などとも天皇家は交わり、多くの多様な人々の進言を受け入れ、意見交換もしていた。

 しかし今は殿上人の当たり障りのない形式的な会話しか耳に入らず、世間の人々の日々の生活や暮らしがどうなっているのさえ知らなかったことに気づかされた。 

 彼はもう一度天皇が庶民の暮らしぶりを確認し、庶民の生活を考え共に生きる政治を行おうと考えた。

 彼は、仁徳天皇の政治を理想と考えた。仁徳天皇は夕方庶民の家の竈から煙が立っていないのを見て、三年間税を免除し三年後多くの竈から煙が立っていることを非常に喜んだという。

 道康は、この理想の政治を行おうことができる優秀で世間の庶民の気持ちが分かる有能な人材を募ろうとした。

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