第9話

 彼は娘婿の仁明天皇の不満に取り入って鉄壁を打ち破り、摂関政治への道を切り開いた。

 どうして良房は、突き崩すことができたのだろうか。

 注目すべき点は、嵯峨上皇が仁明天皇の後を継がせようとしたのは仁明天皇とは全く血の繋がりがない伯父淳和の子である恒貞親王だった事だった。

 それには、こんな事情があった。

 嵯峨天皇は、弟の淳和天皇に譲位した。淳和は、これに感謝して実の子の恒貞親王がいるのにも関わらず嵯峨の子の正良親王を皇太子とした。

 そして正良皇太子が即位して仁明天皇となると今度は嵯峨の娘、正子内親王と淳和天皇の皇子となる恒貞親王を皇太子とした。

 ところが、これがどうも気に食わなかったのが仁明であった。

 仁明にしてみれば、自分の子供が皇位に就くべきと思っていたのに横から余計な人間がしゃしゃり出てきたのである。しかも恒貞親王は嵯峨・淳和の兄弟の血が入り、しかも伴・橘両家が後援し絆は固結びしているほど固かった。

 良房は、この恒貞親王を目論んだ。彼さえ失脚すれば、藤原氏再浮上が可能となるからだ。彼が目をつけたのは嵯峨の皇后橘嘉智子だった。彼女は、嵯峨と淳和の絆が不満だった。嘉智子からすると、正良は実の子供だが恒貞は孫になる。その分自分の地位が下がると感じていた。

 良房は、この嘉智子の不満に取り入った。そして良房は、嵯峨上皇が亡くなるとその混乱に乗じてわずか二日後に承和の変を起こした。

 恒貞親王が反乱を企てたという嫌疑をかけられ、皇太子の地位奪われた。

 忠臣の伴健岑、橘逸勢が流罪となり、良房の上司たる大納言藤原愛発らも左遷された。

 もちろんこれは、でっち上げである。これほどしらじらしいでっち上げも珍しい。

 恒貞は、皇太子なのである。黙って大人しくしていれば、天皇になれる身分である。嵯峨上皇が亡くなってすぐという時期を考えれば恒貞を追い落とし、道康を皇太子に据えようとするクーデターであったことは明らかだ。

 このクーデターで、乙己の変の中臣鎌足の役を良房が演じた。

 乙己の変は、蘇我氏が天皇家を簒奪しようとしたので蘇我入鹿を暗殺した。

しかし、このクーデターはそのような大義名分や正当性も乏しかった。

 それでも、正々堂々と良房はクーデターをやってのけた。

 彼の度胸は、心臓に毛が生えた以上のものであろう。しかもその時の良房の官位は、中納言に過ぎなかったのである。

 これが、怪物良房の摂関政治への道を開く大きな説目である。

 良房はすでに自分の妹を仁明天皇の皇后とし、その皇子(道康親王)を皇太子とし、将来の自分の出世を約束させていた。

 しかも、その皇太子が年ごろになると自分の娘、明子をめとらせた。

 だが、怪物良房にも誤算があった。

 道康が、明子のもとに全く通わなかったのである。いづれは明子に通ってもらおうと考える良房はいろいろ策を巡らし、やがて恐ろしい計画を発動する。

 道康らは、この計画に全く気づいていなかった。  

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