第36話 化け物

魔王軍大幹部であるダバンとズゴンの二匹の龍。

ついに相まみえた二体を前に、アクスとリーナは構えを取った。

「お前どっちとやる?」

「どっち?両方やるわよ」

「そりゃねぇだろ、片方は俺がやる」

「だったら止めてみなさいよ」

リーナは一人で、敵に向かって飛び出した。

素早くズゴンの懐に潜り込むと、地面から飛び跳ね、あごに鋭いアッパーを食らわせた。

リーナのこぶし容易よういりゅううろこを破壊した。

ズゴンの口から血が漏れ出す。

リーナは続けて、頭上ずじょうからこぶしを振り下ろす。

ズゴンの体は地面に叩きつけられ、出来上がった地面のくぼみの中に血が飛び散った。

気づけば姿を消していたダバンが、空に舞いながら氷のブレスをいた。

リーナはすぐさまダバンに向き直り、両手に炎をまとった。

せまる氷のブレスに両手を向けて突き出そうとすると、血まみれのズゴンがリーナの両手をつかんだ。

「しぶとい奴ね!」

りを背後に放つも、ズゴンはひるみはするが決して手は離さなかった。

「俺のタフさめんなぁ!!」

自分もろとも氷のブレスを受けるつもりか、リーナをガッチリと押さえつけていた。

せまる氷のブレスの前に、アクスが立ちふさがった。

氷をまとった手で空を払うと、氷のツブテがブレスとぶつかり合い、ブレスをさえぎった。

ブレスの脅威きょういが消え、リーナは体から赤いオーラを吹き出し、ズゴンを吹き飛ばした。

地面が削られるほどの勢いで吹き飛び、遠くの山へと激突した。

「大丈夫か!」

駆け寄ったアクスに対し、リーナは不満気ふまんげに舌打ちした。

「余計なお世話よ。私に構ってるひまがあったら、敵に攻撃しなさい」

「そいつは悪かった。次からはそうするよ」

二人はダバンに目を向け、今にも飛びかかろうとしていた。

「待て待てぇい!!」

森の中を突き進みながら、ズゴンが戻ってきた。

「てめぇの相手は俺だぁ!!」

勢いのままリーナにつかみかかり、森の深い所へとリーナを押し込んでいった。

突進から身をけたアクスは、すぐさまリーナを助けようと後を追った。

にがさんぞ」

空からダバンがアクスの前に舞い降り、立ちふさがった。

「まずは貴様からだ」

相方あいかたと一緒じゃなくていいのか?」

「大幹部を舐めるなよ。貴様らが倒してきた幹部達とは、経験も力も違う」

「そうか。だけど月で戦った奴と比べたら、俺一人でも勝てそうだ」

「月…?おかしな事を言うものだ…」

「冗談なんかじゃないってこと…戦ってみればわかると思うぜ」

アクスは握った拳を引き、右足を踏み出すのと同時に真正面に放った。

鋭い風が突き刺さるかのように一撃で、ダバンの体勢を大きく崩した。

よろめいたところに近づき、下から拳を振り上げるも、ダバンの尻尾がアクスの腕にからみついた。

ダバンは自身の体を回転させ、勢いがついた状態でアクスを尻尾から放した。

回転の勢いを残ったまま、アクスは森の木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされていく。

ダバンは見晴らしの良くなった森の中を飛び、アクスの真上の位置に着いた。

空中で身動きの取れないアクスの腹に、膝蹴ひざげりを食らわせた。

宙から地面に落とされ、アクスは血をいた。

ひざで体を強く押し付けられ、動けない状態のアクスに、ダバンは口から光を放った。 

耳鳴りの様な音が大きくなるにつれ、光は激しさを増していった。

アクスは手から出した氷を、ダバンの口に投げつけた。

氷はすっぽりと口にはまり、行き場を失った光が口の中で暴発した。

ダバンは後ろに倒れ込み、自由になったアクスはすかさず詰め寄った。

すると今度は地面から強い光が発せられ、アクスが気づいた瞬間には爆発が起こっていた。

爆音と共に大きな黒煙が上がった。

空へと広がっていく黒煙の中から、アクスが飛び出してきた。

爆発の寸前にアクスは空へと大きく跳び、なんとか直撃をまぬがれていた。

それを追って、ダバンが空を飛んだ。

ダバンはその強靭きょうじんうろこためか、傷一つ付いていなかった。

りゅうの俺に空中戦を挑むか?馬鹿め」

アクスが腕を上げると、黒煙の中から氷の槍が飛び出した。

ダバンを狙って向かっていくが、それは容易たやすはじかれた。

「この程度の攻撃、読んでいたわ」

再び腕を上げると、地面に落ちていく氷の槍が、細い針の様になってダバンに向かっていった。

「無駄だ」

しかしそれも、ダバンの羽ばたきによって簡単に吹き飛ばされた。

アクスはとうとう足をつかまれ、地面に向かって投げつけられた。

落下の最中さいちゅう、アクスは地面から氷の柱を作り出し、自身の体を打ち上げるようにわざとぶつかった。

アクスの体は勢いよく空へと戻っていき、空を飛んでいたダバンに体当たりをかました。

思わぬ攻撃にダバンは体勢を崩し、アクスと共に地面へと落ちた。

上へ乗っかったアクスはすぐさま拳を振るうも、ダバンも素早く振り払った。

「…さすがに強えな。この程度の攻撃じゃ、ダメージにもならないか」

「当たり前だ。不意を付かれても、この程度どうってことはない」

土埃つちぼこりが付いただけで、ダバンにはダメージが入ってなかった。

自身よりも格上の相手を前に、アクスは顔から冷や汗を流した。

だが、アクスの顔には僅かに笑みがあった。

再び構えようとすると、アクスの背後からリーナが吹き飛ばされてきた。

リーナは手で地面を掴み、勢いを殺した。

「無事か?」

「まぁね。そっちも手こずっているようね」

「そっちもって事は…」

「あのトカゲが随分と手強てごわくてね…」

すると、リーナが飛んできた方向から、地面が揺れる程の勢いでズゴンが走ってきた。

「逃さねぇぞ!!」

ズゴンの体は血でまみれ、傷だらけになっていたが、何でもないかのように向かって来ていた。

「…アクス、交代よ」

アクスから返事を聞く前に、リーナはダバンに向かって飛びかかった。

「あっ!ずるいぞリーナ!」

リーナに文句を言っているあいだに、アクスのすぐ後ろにまでズゴンが迫っていた。

そして防ぐも無く、アクスのほおに大きなこぶしがめり込んだ。

強烈な衝撃を受けて体がのけぞるも、アクスは力づくで拳を押し返した。

「やるな!お前のようなやつは好きだぜ!」

続け様にこぶしを繰り出すズゴンに、アクスも全力のこぶしを繰り出した。


激しい爆発が幾度いくども起き、地形が原型も無く崩れていた。

ダバンは空を飛びながら魔法を放ち続け、リーナを近寄らせなかった。

「どうした。その程度で私に勝つつもりだったのか?」

飛んでくる魔法を、リーナは後ろに跳んで避けた。

地面に足を着けた瞬間、地面からまばゆい光が漏れた。

地面が爆発し、大きな黒煙を上げた。

上がる黒煙の中からリーナが飛び出し、空に居るダバンに飛びかかった。

「ワンパターンなのよ!あんたの策は!」

大きく拳を振りかぶって放つが、ダバンは真上に逃げ、長い尻尾を振るった。

しかし尻尾は空を切った。

リーナは宙をり、ダバンの上を取った。

「くらえ!『トールトマホーク』!」

雷をまとった足で、かかと落としをくらわせた。

ダバンは一直線に地面へと激突し、地面に倒れた。

目眩めまいで立ち上がれないダバンに、リーナはさらにりをくらわせた。

足で地面に押さえつけながら、執拗しつようり続けた。

たまらずダバンは飛び起き、空高く飛んだ。

口からは血が漏れ、龍の硬い鱗が割れかけていた。

「さっきから空に逃げてばっかりで、大幹部とやらも大したことないのね!」

大声でダバンをあおると、ダバンはニヤリと笑った。

「こちらも本気を出さねばならぬようだな…」

「ハッタリのつもり?あんたからはこれ以上の力はまったく感じないわよ!」

「ああ…そうだ。だが、私達二人ならどうかな?」

ダバンは右手を前へ向けた。

その方向は、アクスとズゴンが戦っていた方だった。

ズゴンはアクスとの戦いの最中さなか、突然体が宙に浮き始めた。

「なんだ!?」

「あー……悪いなアクスとやら、勝負はここまでのようだ」

ズゴンは諦めたかのように体の力を抜くと、引っ張られるかのように飛んでいった。

引っ張ったのはダバンであり、手の中にズゴンの体が吸い込まれていった。

「まさか!」

何かを察したか、リーナがエネルギー弾は放った。

直撃したエネルギー弾は爆発を起こし、黒煙がダバンの体の周りをもうもうとただよった。

次の瞬間、大きな力が黒煙が吹き飛ばした。

そこに現れたりゅうは何かをしたわけでもなく、ただその場に居るだけで凄まじい力を発して煙を吹き飛ばしのだ。

煙が消え、りゅうの姿があらわとなった。

紫色の体に、胸から黒い雷のような模様が四肢に広がる様に浮き出ている。

胸には赤と青の混じった玉が埋められていた。

背中の翼には、黒い炎の模様が浮き出ていた。

リーナはそれを初めて見て、どっと汗をかいた。

目を丸くして見つめるその姿に、驚きを隠せなかった。

「久しぶりに戻ったが、以前よりもさらに力が増しているな」

自身の手足を動かしながら、りゅうは体の具合を確かめていた。

「驚いているようだな。私達は元々一つの存在、いつもは様々な経験を得るために分裂していたのだよ」

「……ご丁寧にどうも。あんたは…なんて呼べばいいのかしら?」

「ダバンでいい。最も、これから貴様を始末するので、名前を呼ぶ機会などないだろうがな」

しかし、まだ余裕があるかの様に、ニヤリと笑った。

「随分とスッキリとした体になったわね。ご自慢の鱗はどうしちゃったのかしら?」

龍の体には鱗が無かった。

「この姿になった以上、そんな事は些細ささいな事だ。ところで、もっと驚いたらどうだ?今貴様の前に居るのは、最強の戦士なのだぞ?」

「最強だなんて大した自信ね。ちょっと強くなったくらいで調子に乗んじゃないわよ」

「くっくっくっ……そういう割には随分と震えているよだぞ」

リーナの体は確かに震えていた。

しかし、ダバンの言葉に苛立ち、恐怖を怒りでかき消した。

「さっきからゴチャゴチャと!さっさと掛かってきたらどうなの!!」

次の瞬間、リーナの目の前にダバンが現れた。

気づいた時には、ダバンのこぶしが目の前にまで迫っていた。

咄嗟に腕で防ごうとするも、防ぐよりも早くこぶしがリーナに届いた。

振り抜いた拳がリーナを吹き飛ばし、地面を削る様に転がした。

勢いが収まり、リーナが立ち上がろうとするも、激しい目眩めまいを起こして地面にうずくまっていた。

なんとか立とうとすると、背中を強くみつけられた。

「ふーむ…やはり身長差がありすぎて、殴るよりも足技の方が良さそうだな」

「誰がチビだっ!!」

力任せに腕を振るうも空振り、リーナの頭上から振り下ろされる足が見えた。

そこに、横から吹雪がダバンを襲った。

ダバンでさえも凍りつきそうになる吹雪を受け、空へと逃げた。

「大丈夫かリーナ!」

駆けつけてきたアクスが、リーナを助けた。

しかし、リーナはアクスの手を払い除けた。

「いいから!黙って手を貸しなさい!!」

あせりからか冷静さは消え、必死の形相で叫んだ。

「わかってる!行くぞリーナ!」

二人は地上から跳び、空高くに浮かぶダバンに迫った。

突風が起きるほどの速さで近づくも、二人が同時に放った攻撃はくうを切った。

ダバンもまた、素早い動きで二人の後ろを取った。

口を大きく開けると、光が口の中で大きくなっていく。

まばたきをするに力は溜まりきり、二人に向かって放たれた。

空中でまともに身動きの取れない中、アクスがリーナを足でった。

リーナは下へ向かって落ち、アクスはりの反動で上へと身をかわした。

巨大な光が二人の近くをかすめ、遠くの山を破壊した。

先程さきほどまでとは比べ物にならないパワーに、二人が冷や汗を流す。

アクスは、自身とリーナの足元に氷の足場を生み出し、み台にしてダバンに再び突っ込んだ。

向かってくる二人に対し、ダバンは横腹から大きな二本の手を生やした。

ダバンはその手で二人をつかみ取り、さらに空高く舞い上がった。

「さぁ、楽しい空中旅行の時間だ」

ダバンの背中に二つの大きな穴が空き、炎の様な魔力が勢いよく発せられた。

魔力を使った飛行により、ダバンは超スピードで空を飛び回った。

縦に横へと移動し、さらにスピードを増していった。

「くそっ…!離せっ!!」

「お望み通りに離してやる」

雲の上まで昇ると、地面に向かって突進した。

地面が見えてくると、二人を地面に向かって放り投げた。

二人は地面に激突し、何度も大きく跳ねた。

やがて勢いが収まると、二人の体は非常に危険な状態だった。

立つ事さえもままならず、アクスは地面をって動いた。

「リーナ……大丈夫か…?」

そばに倒れていたリーナに声をかけるも、返事は無い。

体を揺すり、反応を伺うが動きは無い。

アクスはふところから、サリアから受け取ったポーションを取り出した。

「飲めるか?しっかりしろリーナ…!」

気を失っているリーナの口に、ポーションを無理やり注ぎ込んだ。

ポーションの効果により、体の傷は綺麗きれいに消えた。

リーナは目を覚まし、その場から立ち上がった。

「あんた…!ポーション、全部使ったの?」

「ああ…駄目だったか?」

「……あんたの傷はどうすんのよ」

「俺は大丈夫だ。多少なら…回復魔法が使えるから」

アクスは自身の体に回復魔法をかけるが、焼け石に水と言ったところで、立つ事が出来る様になるぐらいであった。

「あんたは下がってなさいよ…死ぬわよ」

「こんくらい大丈夫だ…まだ戦える…!」

静止も聞かずに、アクスはダバンへと向かおうとした。

その背後から、リーナが殴り付けた。

完全に不意を突かれ、アクスは気を失った。

リーナはローブを脱ぎ、アクスの上にかぶせた。

「悪いわね…しばらく寝ててちょうだい…」

アクスから離れゆくリーナの足どりは、重たかった。

何度も深呼吸をしながら、重い足を動かしていく。

ダバンに近づくにつれ、呼吸の間隔が短くなっていく。

「なんだ?一人で向かって来るのか?」

不可解に感じるも、ダバンは余裕の表情を浮かべて地面に降りた。

ダバンがすぐ目の前にまで近づくと、空を仰ぎながら息を吸い、地面に向かって息を吐き捨てた。

「お願い……なんとかなってよ、私の体」

小さくつぶやくと、自身の頭に触れ、手から魔力を流し始めた。

魔力が頭から体の内部へと流れ、リーナの体を赤いオーラがまとい始めた。

しかしリーナは苦しみ始めた。

頭を痛そうに押さえ、血が混じった悲鳴を上げる。

「がっ!!あああ…!ガアァァ……」

震えている足でなんとか立っていたが、とうとう足から崩れて地面にひざを着く。

激痛が体中を走り抜け、体から血が吹き出た。

目は血で染まり、髪の毛の根本ねもとが頭からの出血で赤く染まっていく。

不気味な姿へと変貌へんぼうするリーナに、ダバンは振り上げた足を叩きつけた。

頭が地面にめり込み、大量の血が流れ落ちる。

「……なにやらやばい気配がしたが、気のせいだったか」

リーナの変化にダバンは妙な寒気を感じていた。

だがなんてことないと分かると、ダバンは興味を無くした。

「さて、もう一方も…」

アクスの元へ向かおうと、足を上げた。

するとリーナはそれをつかんだ。倒れたままの状態で手だけで止めた。

さらにそのままの体勢で、掴んだ足を投げ飛ばした。

ダバンは森の木を巻き込みながら吹き飛ばされ、たまらず空へと飛び上がる。

「……なんなんだあいつは、一体何が起きた…」

恐怖でにじみ出る汗を手で拭い、ダバンはリーナを見た。

リーナはすでに立ち上がっており、ダバンと目が合った。

瞳孔が開き、まばたき一つもせずに見てくるリーナに、ダバンは青ざめた。

それを見たリーナは口元を大きく開き、奇妙な笑い声を発した。

「アハッ!アッハ!!アハハッ!!アッハーハッハー!!!」

声を発しただけで辺りの物は吹き飛び、空には黒雲が現れた。

天気は荒れ、雷が鳴り響く。

紅い瞳に、血で染まった紅い髪。

その姿はまさしく…“紅い悪魔”であった。






































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