モンスタードクター・ヤマザキ / MONSTER : Dr.YAMAZAKI

【03】第1話 : アイアン・バージン〈3〉

｢高額な仕事依頼が舞い込んだねぇ…｣

　疑（ｳﾀｸﾞ）っている為（ﾀﾒ）か､鼻を大きくフンッと鳴らしてみせた｡

　彼は､牛眷族（ｳｼｹﾝｿﾞｸ）のケンタウロスである｡その立派な体格と片方だけの大きな角は､見る者を圧倒（ｱｯﾄｳ）する｡

　いや､むしろ重そうに引きずる左脚と､龍（ﾘｭｳ）の尾で出来た､彼ご自慢（ｼﾞﾏﾝ）の杖（ﾂｴ）がトレードマークと言った所だろうか｡

｢俺が､ローハイドさんに嘘（ｳｿ）を付く理由なんて､ありゃしませんよ｡もっとも､普段なら俺の様な貧乏人が､こんな高価な酒なんて､ありつけたりやぁしない！｣

｢もちろん､貧乏人には無理だなぁ…｣

　─そこは､彼もムダに共感してくれている｡

　俺は､わざと小さな声で伝えた｡

｢あのう…今度の依頼はですよ｡実はですね…ローハイドさんに､300:GOLDを､お返ししても､随分（ｽﾞｲﾌﾞﾝ）と余（ｱﾏ）る大金なんですよエェ…まぁそんな訳でして｣

｢ホホウ…｡それが本当なら､かなり景気のイイ話じゃないかぁ｣

　ローハイド氏も､小さな声で返してくれた｡

　─すると｡

｢なぁモンスター諸君（ｼｮｸﾝ）！！｣

　ただでさえ､デカイ地鳴り声が店内に響（ﾋﾋﾞ）く｡

　さっきまで､ごった返していたのが､ウソの様に静かとなり彼の演説に耳を傾ける｡

｢聞いてくれ！ この景気のイイ兄さんが､お独（ﾋﾄ）りで祝杯（ｼｭｸﾊｲ）の宴（ｳﾀｹﾞ）を､お開きになっている！｣

　辺りを見渡し一声｡

｢そこでだ！｣

　彼は､その巨体の頭上に高々と杖を突き上げた｡

｢宴（ｳﾀｹﾞ）は､大勢の方が愉快（ﾕｶｲ）だよなぁ！ そうだろう？ 皆！！｣

｢ローハイドさん｡なに…を…言って…？｣

　俺は､しがみつく様に彼を見つめる。

｢そこで提案だぁ！ 皆で､兄さんの為に祝杯を挙げようじゃないかぁ｡もちろん､全て､この景気のイイ吾人（ｺﾞｼﾞﾝ）の奢（ｵｺﾞ）りって訳だ｡ありがてえ話だぁ！｣

　今度は､津波となった歓声が押し寄せる｡

｢リザ・ブーさん｡この店で､一番うまい酒を300杯ほど用意してくれ｣

｢でも…ローハイドさん｡一番と言いますとぉぉ…？｣

　リザ・ブーが小さく傾（ｶｼ）げる｡

｢なぁ～に｡言うまでもないさぁ｡我が社の看板ウイスキー､伏見12年だよ｣

　この地獄からの使者は､ウインクで彼女にそう答えた｡

｢今夜の彼の支払いは､スモーキー&カンパニー銀行を通した､ツケとしてくれたまえ｣

　いや､もはや使者どころではない｡

　地獄そのものだ｡

　大魔王サタンの降臨（ｺｳﾘﾝ）だ！

　なるほど､あの巨体｡あの赤い目｡あの青白い牙（ｷﾊﾞ）！

　─サタンそのものじゃないか！

　ドンドンと､酒が皆に回って行くのを楽しそうに､ローハイド氏は眺め､笑っている｡

　俺の方は､まだ､一口も酒を飲んでいないのに､既（ｽﾃﾞ）に頭が回り出した｡

　席に座っているのに､天井が回る｡

　回る…｡回る…｡

　あぁ…回る｡

　─とうとう､俺は本当に倒れてしまった｡

　現に､こうやってブッ倒れた俺の横に､ローハイド氏が背を向けて立っているじゃないかぁ…｡

｢キャー！！｣

　リザ・ブーの悲鳴で正気に戻る｡

　─イヤ！ 倒れているのは､俺じゃ無い｡

　なんと､ローハイド氏の方だ！

　切り倒された巨木が横たわっている｡

｢待て！ 触（ｻﾜ）るなっ！｣

　周りのモンスターが､うつ伏（ﾌﾞ）した彼を､仰向（ｱｵﾑ）けに返そうとしている｡

　俺は強く叫んだ｡

｢脳内出血かもしれない｡安静（ｱﾝｾｲ）にしておくんだ！｣

　モンスター達がビクリとして､手を止める｡

｢リザ・ブー！ 『 救搬竜（ｴﾙ・ﾄﾞﾗｺﾞ）』だ！｣

　まるで､石化魔法をかけられた彼女は

｢で…でも｡ どこ…の病院に連絡を…？｣

　えらく､真っ当な返答を喰（ｸ）らった俺は、

　─そうか…しまった｡

　この場所から一番近い病院は…

　─ええいっ！ 仕方ない！

｢ヤマザキ診療所（ｼﾝﾘｮｳｼﾞｮ）へ､至急（ｼｷｭｳ）！ 連絡を！｣

｢おーい｡こっちだ｡こっちぃー！｣

　救搬竜（ｴﾙ・ﾄﾞﾗｺﾞ）は､5分もしない内にアイアン・バージンの建物上空に現れた｡

　実に竜とは言っても､見た目はどうしたって､大きな翼（ﾂﾊﾞｻ）が生えた犬のゴールデン・リド・リバーだ｡その竜が運んで来た白いコンテナには､大きな赤十字とDr.YAMAZAKI ( ﾄﾞｸﾀｰ・ﾔﾏｻﾞｷ ) の文字がペイントされている｡

｢そうだぁ｡ イイゾ！ 慎重に！｣

　砂ぼこりを舞い上げながら､竜とコンテナは降り立った｡

　次に､コンテナ先端部分の大きなトビラが､ゆっくり開（ﾋ）く｡

　そこから担架（ﾀﾝｶ）を抱いた､蜥蜴眷族（ﾄｶｹﾞｹﾝｿﾞｸ）のウィザードリーが現れ､ドカドカと足音を踏（ﾌ）みならしながら､近づいて来る｡

｢先生～！ ヤマザキ先生～！｣

｢ああ～！ ここだ｡ここだ｡ルージュさん！｣

　かわいい､澄（ｽ）んだ声とは裏腹（ｳﾗﾊﾗ）に､ピンク色のウロコで覆（ｵｵ）われた巨体には､いささか不似合いなナースキャップが､ちょこんと乗っている｡

　しかし､彼女を看護師と他者が認識する為（ﾀﾒ）には､唯一（ﾕｲｲﾂ）の判断材料なのだ｡

｢うぅぅん…重いぃ…！｣

　ルージュの影に隠れてしまい､見えなかったのだが､自分の背丈（ｾﾀｹ）ほどある救急バッグを左右に揺らしながら付いて来る｡

｢やぁ！ ブリオ！ ブリオちゃんも来てくれたのかっ｣

　彼女は今年9歳に成る｡すると一般的には､小学校4年生と言った所だろうか｡

　しかし､生まれ持った頭脳明晰（ｽﾞﾉｳﾒｲｾｷ）と､その後､学費を援助してもらえる幸運に巡（ﾒｸﾞ）り会えた為（ﾀﾒ）､なんと既（ｽﾃﾞ）に彼女は､医学部4年生､花の女子大生なのであった｡

｢患者さんは､どちらですか｡先生っ！｣

　声を揃（ｿﾛ）えて聞いた｡

｢ 建物の中だ｡二人とも､急いで！｣