6章 亡国の竜王

第29話 思い出のお芝居を

★★★(ウハル)



 お芝居を一緒に観て欲しい。


 女性に誘われてしまった。


 それが「お礼」だって言うんだから信じられない。


 この異世界に来るまでに、女の子と関わり合いなんて持ってこれなかったから。

 俺は生まれが生まれの一族の出だったから、俺の好きなタイプの子は俺を知ったら逃げ出した。

 そういう人生だったんだ。


 そんな俺が、女の子から誘われる……。


 精一杯、サービスするつもりでいた。

 それが男ってもんだろう?


 服は、いつぞやのアイアさんとデートしたときに購入した一張羅。

 濃い緑のシャツに、紺色のズボン。

 ……これしか持ってないってのが情けないけど、今はこれが俺の精一杯だ。

 みっともなくは無いはず……!


 待ち合わせの劇場の前で居たら、時間通りにユズさんが現れた。


 紺色の着物に、黄色の帯。

 星形の耳飾りを付けて。


「お待たせしました」


 ……しっかり化粧をしてくれていた。

 正直、ドキッとしてしまった。


「全然待ってないです」


 定番の返答。

 動揺している自分を悟られたく無くて、わざと強めに言う。


 俺はアイアさんに求愛してる身だ。

 そんな俺が、他の女性にときめくなんて……


 駄目だろ。


 そんな俺の内心の動揺を知ってか知らずか。

 ユズさんは微笑みながら言う。


「今日、お誘いした『ゴール王国建国物語』は、私の好きなお芝居なんです」


 笑顔になると、ユズさんは綺麗だった。


 見惚れそうになる。


「そうなんですか」


 相槌を打つ


「……昔に両親が生きていたとき、最初に一緒に観に行ったお芝居で」


 言って、ユズさんは少し寂しそうな目をした。


 ……ああ、謎の黒づくめ集団に殺害されてしまったご両親……。


 俺は、ユズさんには悪いけど、そんな風に両親の良い思い出を語れるユズさんが少し羨ましかった。

 俺にはそんな良い思い出は無いから。


 この世界に来て、親との縁が切れたことが何より嬉しかった俺には……。


 ……本当は、ユズさんみたいに親を語るのが一番いいんだよな。

 それは分かってる。


「そんな大切なお芝居を俺と一緒に観てくれるんですか」


 だから俺はユズさんに感謝した。

 ユズさんの大切な思い出。

 それを今から共有させてもらえる喜びに。


「ええ。さぁ、行きましょう」


 ニコリ。


 また、微笑みかけてくれた。


 いけないのに、またドキリとした。




 お芝居は、面白かった。


 話のスジは、ゴール王国の建国王である聖女王ベルフェが、奴隷民の立場から立ち上がり、力なき民のためにこの地域を支配していた邪竜ユピタという邪悪なドラゴンを退治して、ゴール王国を建国するまで、ってものだ。

 邪竜ユピタ、本人は「竜王」を名乗っていたんだけど、それを「あいつは邪竜よ」と聖女ベルフェが言い放つシーンはメチャクチャ燃えた。

 その後、人間の身でありながら、邪竜ユピタの手下になって立ち塞がってくるキュウビ一族に「竜王陛下に逆らう愚か者ども!」とベルフェたちが罵られるシーンは許せなさが最高だった。

 そして最後、キュウビ一族もユピタも倒して、建国宣言を行うシーンは最高に興奮した。


 面白かった。

 今まで舞台の演劇というものを生で見たことは無かったけど、予想を超えていた。

 こんなに舞台演劇が面白いなんて。


 終わった時、思わず手を叩いていた。

 ふと横を見ると、ユズさんも同様だった。

 初めて観たわけじゃないのにな。


「ウハルさん、良い反応だったと思いますよ」


 俺が手を叩いたことを、ユズさんは喜んでくれた。

 嬉しかった。


 正直な気持ちに従ったことだったけど、それでユズさんが喜んでくれたなら、俺は嬉しい。



★★★(ユズ)



 ウハルさんが私の思い出のお芝居を絶賛してくれた。

 それだけで、私の胸は感激で一杯になる。


 お芝居が終わった後、一緒にお茶屋に入って、劇の感想を話してくれたんだけど、ウハルさん、よく観てた。


 ベルフェがユピタを邪竜と公の場で言い放ち、立ち向かうことを公的に宣言するシーンがどれほど重いかとか。

 キュウビ一族がどれほど卑しくて許せない存在なのかとか。


 真面目にお話を正面から受け止めてくれてたんだ。


「演劇って良いものですね」


 興奮気味にウハルさん。


 私はちょっと引っかかったから


「……演劇御覧になったこと無かったんですか?」


 そう聞いたら


「ええ、まぁ」


 ちょっと恥ずかしそうに、ウハルさん、頭を掻きつつ肯定した。

 ウハルさん、演劇を観たこと無かったんだ……。


 ちょっと、信じられなかった。

 ウハルさんくらいの年齢で、演劇を観たこと無い人が居るなんて……。


 でも、本当なんだろう。

 それぐらい、ウハルさん『ゴール王国建国物語』という演劇に興奮していた。


 そんなウハルさんのはじめての演劇に、私の思い出の演目を見てもらう事が出来て、楽しんでもらえた……。


 私は嬉しかった。


「これからどうします?」


 お茶を飲み、ウハルさんは言った。

 そろそろ、時刻は夕方だ。だいぶお茶屋さんで話し込んでいたみたいだった。


「……そうですね。そろそろ……」


 明日は普通に仕事がある。

 切り上げどきなのかもしれない。


「帰るなら送りますけど?」


 ちょっと、焦った感じでウハルさん。

 私に対して責任を果たそうとしているんだろうか?


 ……多分、ウハルさん、女の子の扱いに慣れてる人じゃ無いみたいだし。




 送ってくれる、って言うならそれに甘えようと思った。

 そこに多分下心が無くて、純粋に責任感めいたもので「送ろう」って言ってくれてるの、分かってたし。


 そして店を出て、私が住み込みで働いている大店の宿舎に向かおうとしたときだった。


「ユズさん、ユズさん」


 ……知らない着物姿の女性に呼び止められた。



 見たことのない人だった。


「誰ですか?」


 当然の事ながら、そう聞く。


 すると女性は愛想笑いを浮かべながら


「フラワーガーデンの新人です。今日入りました」


 言いながら、フラワーガーデン家の家紋が印刷された紙袋を見せた。

 新品だ。


 フラワーガーデンは私が勤める甘味処の大店だ。

 アイスだいふくというお菓子をバカ当てし、1代で大店になった店。


 私はそこで住み込みで働いている。


 今、この人が見せたのは、フラワーガーデン家が対外的に何か出すときに使う紙袋。

 それの、新品。


 外部の人間が持ってるとは考えにくいし、おそらくこの人は言う通り、フラワーガーデンの新人従業員なんだろう。

 私が知らないだけで。


「あ、そうなんですか……で、私に何か?」


 新人従業員がわざわざ声を掛けて来た。

 多分、挨拶とかそんなんじゃ無いんだろう。


 だって今日、1日お休み貰ってるし。


 そんな些末な用事なら、明日言えば済むことだもの。


 そしたら。


「明日以降の配達で、是非お伝えしておきたいことが……」


 配達?


 冒険者の店への事かな?


 何だろう?


「分かりました。それで?」


 この場で聞いて、ウハルさんに送ってもらったら明日に備えよう。

 私はそう思ったのだけど。


「……ちょっとここでは……」


 その新人従業員さん、ウハルさんの方をチラチラ見ながら口ごもっている。


 場所を変えたい?


 しかも、外部の人に聞かれたくない?


 ……どういうこと?


 私の仕事、ただの配達と、出張でのお菓子作りくらいだよ!?

 隠さなきゃいけない事ってあるの!?

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