第9話 助ける!

★★★(ウハル)



 ノライヌ砦から少し離れた茂みの中で


「助けましょう! 報告に戻ってる時間は無いはずです」


 俺と師匠は話し合っていた。


 ここから退くか進むか。

 その是非について。


 師匠は……


「……気持ちは分かる。分かるでござるが……」


 ノライヌロードまで居るとなると話は別でござる。


 師匠は、苦しそうにそう言った。


 ウハル、オヌシは知らぬかもしれないが、ノライヌロードの統率力は凄まじいのだ。

 ノライヌロードに率いられた群れは、完全にロードの言う事に服従するようになる。

 ロードが死ねと言えば、死ぬようになるのだ。


 全てのノライヌが、死をも恐れぬ狂戦士に変貌するのでござる……。


 そんな、師匠の言葉。


 ……なんだよそれ。


 ノライヌロードの「統率力に優れる」ってそこまでなのか。


 ほとんど洗脳に近いんだな……!

 つまり、ロードの制御下にあるノライヌは、脅しも痛みも、何の効果も持たず、命が尽き果てるまで向かってくる恐ろしい怪物になるのか……


 師匠が恐れるのも分かる。渋るのも分かる……。


 けど……



 俺は、見てしまったんだ。



 ノライヌロードに引っ立てられている女の子を。


 旅の途中で襲われたのか、どこかの集落から攫われたのか。


 分からないけど。


 あの、絶望に染まった表情……


 すべてを諦めた、あの表情……!


 見過ごせなかった。



 あり得ない事かもしれないけど……



 アイアさんが同じ目に遭わされたら。

 そんな事を考えてしまったんだ。


 あの子にだって、アイアさんにとっての俺のような、大切に思ってくれる人が居るはずだ。

 その人の事を思ったら……


 許せない。

 助けなきゃ。


 それしか思えなかった。



 だから、言ったんだ。


「……ここで俺、あの子を見捨てて街に戻ってしまったら、どんな顔をしてアイアさんに会えばいいんでしょうか?」


 ガキの我儘だ。

 そう言われるかもしれない。


 脅すつもりも、嫌みを言うつもりもなかった。

 それが正直な気持ちだったんだ。


 ここであの子を見捨てたら、俺はアイアさんの前に立つ資格が無くなる……

 アイアさんがもし俺の事を好きと言ってくれても、その愛を受ける資格が無くなる気がした。


 罪もない弱い女の子を見捨てた奴が、他所で愛を語らうなんて……


 どうしても、白々しい気がしたんだ。


 そしたら


「……分かったでござる」


 危ないが、やってみるでござる。


 師匠の目と言葉には、とてつもない重みがあった。



★★★(ユズ)



 ……もう、お終いだ。

 私の人生は、ここで終わる。


 涙も出ない。


 散々泣き尽くして、涙も枯れ果てた。


 昨日と同じ今日が、来ると信じていたのに。


 私はユズ。行商人の娘だ。

 父さん母さんと3人、街から街へと旅をして、商売して生きて来た。


 コンテニュの街からスタートの街に、魚の干物を売りに行く。

 いつもの商売をしに行くだけだった。


 だけだったのに。


 ……街道を歩いていると、いきなり襲われた。


 黒づくめの人間の集団だった。

 そいつらに取り囲まれた。

 盗賊団の話なんて聞いて無かったのに。


 全く警戒してなかったから、私たちは固まった。


 そこから一早く回復した父さんは「金が目的なのか!?」と、有り金を払おうとした。


 だけど……


 出す間もなく、いきなり首を刎ねられて殺された。


 母さんも、胸を剣で突かれて即死させられた。


 あっという間に、私1人になった。

 天涯孤独……。


 私も殺されると思った。

 恐怖に震えた。


 助かりたいと思った。

 そのためなら、この黒づくめ連中に命乞いをしようとすら思った。


 両親の命を、何の躊躇いもなく奪い去ったこの連中に。


 そのぐらい、恐ろしかったのだ。


 足がガタガタ震えた。


 失禁しなかったのが奇跡だった。


「こ、殺さないで! なんでもしますから……」


 やっと出た言葉が、それだった。


 連中が握っている、血塗られた剣から目が離せなかった。


 私の怯えようを、彼らは嗤っているようだった。


 悔しいとは思わなかった。

 情けないことに。


 だって恐ろしかったのだ。


 連中は言った。


「殺しはしない」


 と。


 金が目的では無いようだった。

 何故って、殺した両親の懐を漁ったりはしなかったから。


 何の目的で、彼らは私たち一家を襲ったのだろう?


 彼らは私の両手を縄で縛った。


 まるで罪人にするように。


 そして乱暴に引っ張って、私を連れて行った。



 ……連れていかれた先……。


 私はそれが分かると、死にたくなった。

 まさか……と思った。

 予想もしていなかった。


「じゃあ、後はヨロシク」


「確かに受け取ったワン」


 野犬の集団に引き渡されたのだ。

 私は。


 ……いや、こいつらは野犬ではない。


 ノライヌ……


 犬そっくりの姿をした、最悪の魔物だ!


 オスしか存在しないから、繁殖に人間の女の子を利用する、悪夢のような魔物。

 私は、そんな魔物たちに引き渡されたのだ!


 私を受け取ったのは、白いノライヌだった。

 後ろ足で立っていて、人の言葉を話していた。


 ノライヌの事は専門的な知識があるわけではないけれど、こいつが只者ではないことだけは雰囲気で分かった。


「いやー、人間と取引だなんて、はじめての経験だワン」


「奇遇だな、実は俺もだ」


 黒づくめと白いノライヌは、そう言葉を交わし合っていた。


 ……ひとつ、分かったことがあった。


 私たち一家は、このノライヌに引き渡されるために襲われたのだ。


「これ、ついでのお土産だ。オヤツにでもしてくれ」


 ドササッ、と。


 黒づくめたちは、私の両親の死体をノライヌたちに投げ出した。


 ありがとうワン、と一言礼を言い、白いノライヌは「喰っていいワン」と一言。


 大小様々なノライヌたちが群がる。


 私の目の前で、両親の死体が貪り喰われていった。


 ……父さん……母さん……


 ここでやっと、私に恐怖以外の感情が芽生えて来た。


 悔しさと、悲しみと、怒り……。


 絶望。


 私が声を殺して泣いていると、私を見て白いノライヌは言った。


「若いワンね。……これから、子供を産めなくなるまでノライヌを産み続けてもらうワン。お前がこいつらの後を追うのは、その後ワン」


 犬の顔に、嘲りと加虐的な表情が浮かんでいた。




 私の人生は何だったんだろう?


 私はこれから、犬の魔物に犯され、犯されぬいて、子供を産まされ続け、挙句殺されて喰われる。


 まだ、恋もしたことが無いのに、私はそんな死に方をするのか……。


 ……私は、髪に自信があった。

 だから毎日手入れをし、櫛を入れ、新しい街に行くたびに、散髪屋さんで整えてもらっていた。


 前髪ぱっつんの方が似合うかしら?

 うん、きっとそれがいい!


 散髪屋さん! 綺麗な前髪ぱっつんにして!


 そんな風にこだわりをもって、散髪屋さんに細かく注文をつけていた。


 お気に入りの、髪。


 ……それが。

 こんな化け物の孕み袋になるために整えたことになるのね……。


 意味……無いじゃん。


 ハハ……。


 白い犬に、縄を引っ張られ、奴らの巣になってる砦みたいなところに連行されながら。


 私は思わず笑ってしまった。

 自分のこれまでの頑張りが、滑稽なように感じられて。


 何だか、自分の事が自分の事で無いようで。


 どこか客観的に見ていた。


 ああ、もうすぐ辿り着くなぁ。


 着いてしまったら、私は何をされるんだろう……。


 お腹空いてるけど……どうでもいいか。


 自殺する勇気は無いけど……長生きしたいとも思わないな……。


「着いたワン。手を出すワン」


 ……辿り着いてしまったようだ。

 言われるがまま、両手を差し出す。


 縄を嚙みちぎれワン、と白いノライヌが手下たちに命令した。


 特に大きいノライヌが、近づいてきて私の手を縛っていた縄を噛み切った。


 私は自由になった。

 手だけは。


 次に要求されるのは……


「着ているものを全部脱ぐワン」


 ……来た。


 脱いだら最後、私はこいつらの孕み袋にされる。


 いよいよ、そのときが迫って来た。

 逃れられない運命が。


 私が、震えていると。


「……どうしたワン? 自分でやらないなら、服を全部噛みちぎらせても良いんだワン!? 肉も嚙み切るかもしれないけどワンがね!?」


 非情な言葉。


 ……もう、避けられないの?


 私は、震えている。


 自分で脱ぐか、この怪物たちに無理矢理脱がされるか。


 無理矢理されたら、きっと怪我をするはず。

 そうなったらきっと痛い。


 こいつらは治療なんか絶対にしないはず。


 だったら……


 でも……それは嫌だ。


 ここに来て、私の中に芽生える人間としての尊厳。

 自らこんな醜い化け物に身体を開くなんて……


 耐えられない……


 ……誰か、誰か助けて……!


 ホロリ、と枯れたはずの涙が流れる。


 そんな、ときだった。


 ガシャン!


 何かが割れる音と共に、砦の石畳に火が燃え広がったのだ。


「何だワン!?」


 アオーン!


 突然の事に、白いノライヌが吠える。


 それと同時に。


 ヒュッ!


 矢が飛来し、ノライヌたちの数匹が、射られ、死んだ。


 何!? 何なの!?


 混乱する私。


 そんな私のすぐ横で。


 ブオンッ、という風切り音と。


 ギャイン、というノライヌの悲鳴。


 同時に、私の腰に回されるものがあった。


 それが男性の腕であると気づいたのは……


 突如乱入してきた、背の高い若い男性に片腕で抱えられていると気づいたときだった。


 斧と槍を合わせたような武器を手に携えた男性に……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る