第3話 冒険者に、俺はなる!

「冒険者になりたいんですが」


「悪いことは言わない。考え直すでござる」




 チートスキルで無双の夢が砕けたので。


 朝飯を食べ終わった後。

(ちなみに山盛りの白ご飯と、メザシと梅干……。白ご飯が主食なんて……最高だ)


 ガンダさんにハロワの場所を教えてもらうとき。


 せめて冒険者になって、名を上げて英雄になる夢くらいは見ようと思ったので。


 冒険者ギルドを教えてください。


 って言ったんだ。


 一瞬、ポカンとされてしまった。


 え、冒険者って職業はあるんだろ?


 昨日、クミ・ヤマモトって人がそうだったって番兵の人が話してたのを聞いたぜ?


 ……俺、何か、変な事を言ってしまったのか?


 ……

 ………


 あ、そうか。


 冒険者ギルドって名前じゃ無いのか!

 きっとそうだ!


「冒険者になりたいんですが」


 言い直した。


 そして、最初の会話に戻る。




「え?」


「……昨日から変だと思っていたでござるが……この世の常識が頭からすっぽ抜けてるでござるな。ウハル殿」


 忘れているのは名前以外のほぼ全て、と考えた方が良いのかもしれぬでござるな。

 大変なことでござるよ……。


 メッチャシリアスな顔で、ガンダさんに心配される。


 え? え?


 ワケが分からない。


「冒険者になりたいって言うのは変ですか?」


「変でござる」


 ドキッパリと断言された。


 えええええ?


 俺が驚いて挙動不審になったからか、滔々と説明してくれた。


 曰く、冒険者っていうのは、金で犯罪以外の事を何でもやる、底辺の職業なんだ、とか。


 かなり言い辛そうにしてたけど、話をまとめるとそういう風にしか取れない話をされた。

 だから率先して選ぶ仕事ではないらしい、って話で。


「でも、この街の伝説の英雄も冒険者なんですよね?」


「クミ殿の事を言ってるでござるか? ……クミ殿は、やむにやまれぬ事情があって、冒険者を志したのでござる。あれは特殊な例……」


 やむにやまれぬ事情って何だろう? ……でも、そういう扱いなのか。冒険者って……。


 言われて、なんとなく理解は出来た。


 言われてみれば、かつての俺の親戚連中が最後に行きつくような仕事のような気がする。

 冒険者って言われると、轟轟としてて、カッコイイイメージあるけどさ。

 やってることを冷静に説明されると、確かに


 不安定、危険、荒っぽい


 ……ヤクザな仕事だ。


 しょうがない。冒険者になるのは諦めよう。

 多分、やってても女の子はキャーキャー言わない。


 別の意味でキャーキャー言われるかもしれないけど。


 ……しかし……そうすると……


 俺……やりたいことがマジで無いな。


 どうしよう……




 とはいえ。

 仕事も無しに、ガンダさんちで引きこもってニートしているわけにもいかないので。


 その日俺はハロワに行って、土木工事の人足の仕事を紹介してもらった。



 土木作業はキツかったけど、言われたことを忠実にこなせばそれなりに役に立ってる実感はあったし。

 その日の労働が終われば、給料が貰える。

 そのときの充足感。それは答えられないものがあった。


 ……異世界チート。憧れてたけどさ……。


 もう、これでいいかな。


 そんな事を、思い始めていた。

 働いて。報酬貰って、それで生活する。

 自分の力で生きる。


 その幸せでもう、いいかなと。


 あの日までは。




 その日、仕事が終わったので、帰宅して、下宿させてもらってるガンダさんに、ただいまを言いつつ


「ガンダさん、風呂行きましょう風呂」


 そう、言おうとしたんだ。


 その言葉が、途中で止まった。

 具体的には、風呂の「ふ」の字を言うときだ。


 ……下宿に、訪問者が居たんだ。

 座布団が2つ並んでて、片方にガンダさんが。

 もう片方に、その訪問者が向かい合う形で座ってた。


 女性だった。


 ……ただの女性じゃ無かった。


 メチャクチャ、綺麗な女性だったんだ。


 年齢は20代くらいだろうか?

 上は白シャツ、下は黒ズボンの男装の美女。

(洋装はこの街では珍しいが、無いわけじゃない……)


 黒髪で、長髪。

 ただ、前髪の一房だけ赤かった。


 鼻筋通ってて、凛々しい感じの美人。

 気が強そうだった。


 そして、特筆すべきなのは、身長。


 男並みに高かった。

 180センチあるかもしれない。


 俺もそのくらいだから、同じくらいか。


 身体が大きい分、身体のボリュームもすごくて。

 豊満な胸。

 それでいて括れるところはしっかり括れれて、目を惹いた。


 黒髪ロング、高身長、キツめ。


 ……俺の理想だったんだ。


 目を奪われた。

 一瞬で恋に落ちた。


 しばらく、じっと見つめてしまった。


 その女性は、俺が帰って来たことにいち早く気づいて、こっちを見て来たが。


 俺が何も言わないものだから「えっと、お邪魔してます……?」言いながら、ひょこ、と頭を下げてくれた。


 そこで、俺も我に返った。


「ええっと、どなたですか?」


 ……誰に言ったんだろう?

 正直、分からないくらいテンパって目が泳いでたと思う。


 そんな俺の問い。


 俺にとって幸いだったのは、その問いに、その美女が答えてくれたことだった。


「アイア・ムジードと言います。ガンダ・ムジードの姪です」


 そう、名乗ってくれたんだ。

 座ったまんま、手を添えて丁寧に頭を下げながら。


 アイア……アイアさんか……


 って、ガンダさんの姪?


 に、似てねぇ……。


 思わず見比べてしまう。


 顔に共通点がまるで見いだせない!


 失礼なのは重々分かってるけど、ビックリだ!


 ……って!


 俺は驚くばかりで、自分が名乗っていないことに気づいた。

 まずい! どのくらい驚いていたんだろう!?


 慌てて、こちらも名乗る。


「ウハルと言います! ガンダさんの家に下宿させていただいてます! お世話になってます! ありがとうございます!」


 ……テンパり過ぎだ。

 何がありがとうなんだ。突っ込まれたら明確に答えられないことを言ってしまっている。


 まずい……かっこ悪いと思われたかもしれない。


 別に今から落とそうと思ってるわけじゃないけど。

 好きになった人に「かっこ悪い」って思われるのは嫌だ!


 でも、アイアさんはそんな俺を笑ったりしないで


「ウハルさんですね。一人暮らしの叔父を、お世話していただきありがとうございます。こちらこそ」


 言って、また頭を下げてくれた。




 そこから先は、あまりよく覚えていない。

 覚えているのはほとんど、2人の間で交わされた会話のみ。


 近寄るのに抵抗を感じて、2人の傍に寄る事すら出来なかったから。

 家の仕事に専念するフリをしながら、会話を盗み聞いた。

 ……ちょっとみっともない、気持ち悪いかも、と自分でも思ったけど。


 やらずには居られなかったんだ。


 それによると、アイアさん、王都ゴールで四天王って仕事をしてたそうなんだけど。

 一身上の都合で、辞表を出して。


 この街に戻って来たらしい。


 ……そうなのか。


 なんたる偶然!


 キモい、って言われるかもしれないけど。

 俺は、運命のようなものを感じてしまった。


 しかし、四天王……。


 どんな仕事だろう?

 語感からすると、戦闘員っぽい気がするんだけど……四天王だし。


 で、アイアさん。

 またこの街で冒険者して生きていくから、その前に叔父さんであるガンダさんに顔見せをしておこう。

 そう思ったから、今日来たんだとか。


 ……そこに居合わせた俺。

 なんという偶然。


 アイアさん……王都で仕事辞めてこっちに戻って来たんだから。


 恋人は居ない、って事なのか?


 もし恋人が居るなら、仕事辞めても王都に留まってるだろうしな。

 遠距離恋愛なんて可能な環境じゃ無いんだから。ここ。


 だったら、俺にもチャンスが……。


 アイアさんの語る内容で、俺の頭は一杯になった。


「じゃ、叔父様。これからよろしくお願いします」


 ……去り際。

 玄関口でペコリと頭を下げて。


 アイアさんは帰っていった。


 その姿まで、綺麗だった……。




「ガンダさん」


 アイアさんが去って、しばらく経った後の事。


 俺は、言った。


「……ウハル殿」


 ガンダさんは、何か感じ取ってるみたいだった。

 まぁ、俺の態度はそうならざるを得ないものがあったのかもしれない。


 言うまでもない、何かを。


 そのとき、俺は再び言ったのだった。


「俺、冒険者になりたいです……いや、なります!」

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