第9話

 そうは問屋が卸さなかった。

 いつもの登校時間。いつもの風景。

 そんないつもの日常に、いつもとは違うものがあった。


 いつもは俺一人の登校なのだが……今日に限っては、こいつが隣にいた。



「おい、鈴乃」

「何かな、正吾?」



 何かな、じゃないよ。

 分かって言ってんな、こいつ。


 俺は周りを見て誰もいないことを確認し、それでも小声で鈴乃に話し掛けた。



「俺と鈴乃が一緒に登校しない理由、分かってるよな?」

「ああ、勿論だとも。だからボロが出ないようちゃんとしようじゃないか」



 まあ……分かってるなら、それでいいんだけど。


 鈴乃にばれないようにそっと嘆息し、近すぎず離れすぎず一緒に歩く。


 特に会話はない。

 鈴乃も、下手に会話をしたらボロが出ると思っているのか、キリッとした微笑みを絶やさず前を向いていた。


 こうなったのも、恐らく昨日の会話のせいだろう。

 俺が夢葉と一緒に登校してると知って、今朝はかなり駄々をこねられた。

 それはもう、近所迷惑になるほどの駄々っ子ぶり。

 子供かこいつは。可愛かったけど。

 これが惚れた弱みか。


 …………。






 っべ、超嬉しい!!!!!!






 まさか高校に入って鈴乃と一緒に登校できるなんて!


 下手したら外で姫モードが出てくるかもしれないけど、それを考えなければ超理想的な登校時間だ。

 明日からは心を鬼にして別々に登校しなきゃあらないが……今だけは幸福に浸っても問題ないだろう。


 感傷に浸っていると、隣を歩く鈴乃が「それにしても」と口を開いた。



「懐かしいな、正吾」

「何がだ?」

「こうして一緒にあることが、だ。小学校以来じゃないか?」

「いや、中学一年のときも一回あったな」

「そうだったか。よく覚えているな」

「そりゃ、鈴乃との大切な思い出だからな。忘れないよ」



 コケッ。え、こけた? 段差もないのに、どうしたいきなり。



「うぐぐ……! 正吾、そういうところだぞ……!」

「何が」

「知らん! ふん!」



 怒られた上に拗ねられた。解せぬ。

 俺、何かしちゃったか? んー……わからん。


 俺より少し先をいる鈴乃を追うように歩く。

 と、直ぐに俺の隣に戻って来た。

 何がしたいんだ、こいつは。



「正吾、中学の時に私が言ったこと、覚えているか?」

「え、中学? 色々と言われたけど……どれのことだ?」



 鈴乃はむっと唇を尖らせると、ちらちらと俺を見て続ける。



「ほら、あれだ。……私以外に、あんまりああいうこと言わないでほしい、ってやつ……」



 あ……あー、言われたな、確かに。

 確か、中一の時だっけ。

 普通に女子と話してたら、いきなり鈴乃にそんなこと言われたんだよな。


 ぶっちゃけ、今でも『ああいうこと』って言うのがわからない。

 俺からしたら、普通に話しているだけなのに。


 ……そういや、巴にも似たようなこと言われてたな。恥ずかしいこととかなんとか。

 分からん。恥ずかしいことは言ってるつもりはないんだけど。


 首を傾げると、鈴乃は深々とため息をついた。



「まあ、正吾だからね……そんな正吾が……」

「そんな俺が、なんだ?」

「な、なんでもないっ」



 ……? 変な鈴乃だ。いつも変だけど。


 そんなやり取りをしていると、鈴乃がちょっとそわそわし始めた。

 このそわそわは……まずい。俺に甘えたいという禁断症状の始まりだ。



「おい鈴乃、落ち着けよ」

「わ、分かっているさ。私は大丈夫、大丈夫、大丈夫……」



 全然大丈夫じゃなさそうに見えるのは気のせいか?

 ぶつぶつと呟いている鈴乃にちょっと引いていると。

 背後から、聞きなれた軽快な足音が聞こえてきた。



「しょーごー! おっはー!」

「お、おお夢葉。丁度いいところに来てくれた」

「何が?」

「お前に会いたかったって意味だ」

「なっ、何言ってんのさ、もう……」



 いや、本当に。ここで来てくれなかったら、鈴乃が暴走してたかもしれないし。

 と、夢葉は俺だけでなく、もう一人いることに気付いたみたいで。



「って、あれ? 鈴ちゃんじゃん! えーなんで!? なんでしょーごと一緒にいるの!?」

「や、やあ夢葉。登校中に偶然会ってね。その流れで、一緒に登校しているところさ」

「そーだったんだ! じゃー私も一緒に行く!」



 と、夢葉は鈴乃の腕にしがみつき、ほくほくとした笑みを浮かべた。


 そう言ってくれると思ってたぞ、夢葉。

 鈴乃も、第三者の目がある中で暴走はしないはず。

 しかもそれが、凛麗学園のトップオブトップのカーストのメンバーであったら、なおさらだ。



「にしし。どうだしょーご、男子のしょーごには、こんなこと出来まい!」



 いや、ドヤられても毎日お姫様抱っこはするから、特になんとも思わないが。

 そんなことは言えないから、肩を竦めて気にしていない振りをした。



「むー、リアクションがつまんないぞー。そこはぎょえーって叫びながら後方伸身二回宙返り三回ひねりしてほしかったのに」

「さらっとH難易度の床運動を要求するな」

「今のをH難易度と即答するって、普段二人はどんな会話をしているんだい……?」



 鈴乃に軽く引かれた。解せぬ。



「どんなって、こんなだよねー、しょーご!」

「ま、そうだな。こんな感じだ」

「むぅ……」



 お、これは嫉妬してる時の顔だな。何に対して嫉妬してるのかはわからないけど。


 乙女心、複雑怪奇なり。


【あとがき】

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 ☆☆☆→★★★


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