第4話

「チェルシー、今夜は舞踏会ですよ」

「はい、お母様」

公式の場で、チェルシーが王と王妃の前に出るのは初めてだった。

「クラーク様もいらっしゃるのかしら?」

チェルシーは淡いグレーの瞳を思い出していた。そして、奪われた陶器のことも。


「それにしてもお姉様はずいぶん、おめかしに時間をおかけになっていらっしゃるのね」

「当然ですわ、もしかしたら王子様に見初められるかもしれないのですもの」

チェルシーの姉、ルイーズはそう言いながらメイクアップに必死になっていた。


「そろそろ出かけますよ」

「はい、お父様」

ミラー家の四人は馬車に乗り、王宮へと急いだ。


王宮に着くと、大広間に通された。

「まあ、なんて大きなシャンデリア」

チェルシーは驚いていた。

「落ち着きなさい、チェルシー」

「はい、お姉様」


社交界デビューと言うこともあって、チェルシーは緊張していた。

侯爵家の令嬢は順に名前が呼ばれ、次々と王と女王に挨拶をしていた。


「チェルシー・ミラー嬢」

「はい」

「ご機嫌よう」

「ありがとうございます」


チェルシーが挨拶を終え、ホッとすると、王の後ろでクラークがいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

チェルシーはクラークに黙礼をして、家族の元に戻っていった。


しばらくして、挨拶が終わると音楽が鳴り始めた。

「さあ、歓談の時間ですわよ」

「はい、お母様、行ってきます」

チェルシーは、真っ先にご馳走の乗ったテーブルをのぞきに行った。


「こんばんは、チェルシー様。お腹が空いているのですか?」

クラーク王子が声をかけてきた。

チェルシーはミートパイを慌てて飲み込んで返事をした。

「こんばんは、クラーク王子。王子もお腹が空いているのですか?」

チェルシーの言葉に、クラークは笑い声を上げた。


「あら、楽しそうですわね」

「お久しぶりです、ヘイゼル様」

ハリス・ヘイゼル嬢が声をかけてきた。

「はじめまして、私ミラー・チェルシーと申します」

「はじめまして、よろしくお願い致します」

ヘイゼルはクラークの楽しそうな様子に、目を見張った。


「こんなに良く笑うクラーク様は、初めてですわ」

「そんなことありませんよ」

「私の顔が面白いのでしょう」

チェルシーがチクリと嫌みを言うと、クラークは笑うのを辞めた。


「踊りませんか? チェルシー様」

「ええ。よろこんで」

二人は広間の中央でダンスを踊り始めた。

「チェルシー様、蚤の市では大もうけされたのではありませんか?」

クラークがチェルシーの耳元でささやいた。


「何故? そのようなことを?」

「オークションでチェルシー様のメイドが沢山のアンティークを出品されていましたから」

「まあ、そうでしたの」

チェルシーは笑ってごまかした。


一曲踊り終えると、チェルシーとクラークは離れていった。

「あなどりがたいですわね、クラーク様」

チェルシーは誰にも聞こえないような小さな声で言った。


その後は、特に変わったこともなく、チェルシーの社交界デビューは無事成功した。

「チェルシー、クラーク王子と何を話していたんだい?」

「お父様、なんでもありませんわ」

「そうか」

ミラー家は屋敷に帰っていった。


一方、クラークは舞踏会を終え、休憩を取っていた。

「チェルシーは、面白い」

クラークはそう呟いてから、葡萄酒を一口飲んだ。

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