第23話 絶望するのは、全部負けてからで良いです。

 神獣及び神龍の能力についての考察

                             四季遥


 神獣の能力。大地の操作。血を振り撒いた対象の治癒、蘇生。血を取り込ませたものの支配。

 蘇生、治癒に関しては字面の通りである。治癒に関しては自身にも働く模様。蘇生に関しては、現状、神獣の再出現の報が無いことから考えるに、自信には働かない模様。

 血を取り込ませたものの支配。これにより、陸戦型の眷属を支配、統率し、あの大侵攻が発生した。神獣に備わっていた知能が合わさり、我々が偶々その日に遠征調査を行っていなければ、東京地区は既に壊滅していたと考えられる。

 望未少佐の証言から推察するに、支配は、支配者の状態によって、効力の強弱があり、弱っていれば、支配の能力も弱まると考えられる。血の所有者と言うべき存在の死亡によって解ける模様。また、現状から考えるに、蘇生と支配は独立した能力で相関性はないと考えられる。また、神獣討伐後の陸戦型眷属の撤退から考えられるのは、死亡前に与えられていた命令は遂行される模様。

 なぜ撤退させたのか、に関しては、小官には確信を持てる考えがありません。

 また、神龍の血には同様の能力は無いと考えられる。もしあったとすれば、一回目の討伐は非常に困難を極めただろう。神龍の能力は、恐らく、対象の能力の奪取。

 神龍が神獣を捕食し、神獣の能力が発現した。神獣に同様の事ができるのであれば、神獣は、神龍の蘇生・支配を選ばず。捕食し、天気の操作を行い、討伐をより困難にしていた筈である。

 陸戦型、空戦型の縄張り争いが行われていたという報告を以前上げたが、お互いがお互い、捕食、蘇生、支配を狙っていたのであれば、神獣、神龍の中でも、対抗意識があったと考えられる。

 そう考えると、神獣には、誇りや矜持があったのだろうか。

 神龍の蘇生を待って、空戦型も揃えて、東京地区に進行する選択もあった筈。自分が死んでもなお、陸戦型を暴れさせれば、東京地区の壊滅も狙えたはず。

 自分が負けたら潔く手を引く。最初から、ライバルの力を借りない。

 そして、目の前に立つのが矮小な人間であっても、油断なく観察してくる目。こちらは強者といえる存在。

 神龍もまた、取り込んだ能力を十全に活かし、また、自身の技とも組み合わせ、水蒸気爆発と思われる現象まで起こした。こちらは、相手を徹底的に追い詰める知能、矮小な存在に対しても全力の姿勢。これは、捕食者といえる存在。

 神魚にもまた、特殊で厄介な能力があると考えられる。



 「ふぅ」


 デスクワーク。やっぱり苦手だ。首を回して肩を回した。


「何していたんですか?」


 その言葉と共に、マグカップが置かれた。中身は紅茶だった。この匂い、あれか、表彰式で貰った奴か。

 顔を上げると、そこにいたのは彩芽だった。


「ありがとう。神獣、神龍。どっちとも直接、討伐までやってのけたお前のレポートが無いのはどういうことだって、参謀本部と研究部からどやされてな」

「書かない割に、ちゃんと考察していたんですね」

「いや、今思い出しながら書いた」


 ……美味いな。鼻を抜ける爽やかな香りが良い。渋みもまた、癖になる。


「しかし、どうしたんだ? こんな時間に。休暇中だぞ」


 時計を見ると、夜の七時。日勤職員は夜勤職員ととっくに交代している。


「先輩こそ、休暇中、毎日来てるって聞きましたよ」

「暇だからな」

「私もですよ。実家にいても、食っちゃ寝です」

「そういうの、大事にしとけ。有希だって、今日はとっくに帰っている」


 椅子を引っ張って来て、彩芽は隣に座った。


「有希先輩には、頼んで帰ってもらいました」

「どういうことだ?」

「話が、あるんですよ」

「聞こうか」


 先輩は、仕事の話だと思っている。きっと、真摯に聞いてくれる。


「……ちょっと待てください。今まとめます」

「最初からまとめて来いよ。らしくないな。まぁ良いよ。ゆっくりで」


 そう言いながら先輩はマグカップに口を付ける。気に入ってくれたようでうれしい。淹れ方教えてもらっておいて良かった。有希先輩に。

 このまま、普通に、楽しくお話しして帰りたい。言わなければ、いつも通りにこれからがあるのだから。……ここに来て怖気づくのか、私。

 はぁ。行くぞ。怖がるな。ここで攻めなきゃ、可能性は生まれない。一歩を踏み出した人に、チャンスの糸が降りてくるんだ。


「言います」

「おう」


 息を整えて。自分の分の紅茶を一口飲んで、からからになってる口に、潤いを与えて。


「好きです」


 そう言い切った。言えた。


「……は?」

「四季先輩のことが、好きです」


 重ねて言うと、先輩、見たことないくらい、目が泳いでる。


「好き、って」

「お付き合いしたいです」


 絞り出された言葉に、はっきりしっかりと、追い打ちをかける。


「あ、あぁ……そういう」


 じっと私は、待った。

 先輩ならきっと、はっきりと答えをくれる。そんな確信があった。


「僕さ、ずっと好きな人がいてさ」

「ふふっ。知ってますよ。そんなの。みんな、知ってます」

「うん。だから……あー……えっと……彩芽の気持ちには、応えられないや」

「はい。答えてくれて、ありがとうございます」


 立ち上がった。

 そして、どうしてだろう。私は。

 馬鹿なことを言ったと思う。でも、後悔はなかった。

 吹っ切れたとも、開き直ったとも言える。

 諦めようと思っていた。砕けると思っていた。 

 でも冷静に考えて、一回フラれた。それくらいで、なんだというのだ。

 だから、私は。



「じゃあ、先輩。先輩のこと、落として見せるんで、覚悟しておいてください」

「……んん?」

「今は有希先輩がいます。もう、空いた席を、狙わなくて良い。埋まってる席を、正々堂々、奪いに行ける」


 敗戦色が濃厚でも、ひっくり返して勝てることを証明してきた人が、目の前にいる。私は、そんな人の、副官なんだ。


「絶望するのは、全部負けてからで良いんです」

 



 ……相変わらず、勢いで生きている女だな。

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