第45話、別れと出会いを繰り返し、青空と雨上がりの時は交差する
SIDE……??
吟也さんとお別れの儀式みたいなことをして。
わたしは、ちょっぴり幸せな気分になれて、『学院長室』と書かれたプレートのある部屋の扉を開ける。
すると、西日のあたる古ぼけた書物と、年季の入った家具に囲まれた真ん中のおっきな机には、真っ白な雪よりも白い髪と、おんなじ色の伸びたあごひげを蓄えた初老の男性が、こっくりこっくりと居眠りをしていた。
「わたしがこんなに苦労……っていうか、わたしは何にもしてないけど、のんきなものね」
その白い髪も、ようやく年齢にあってきたようで。
今の彼が、わたしを見てどうリアクションするのかって考えるとちょっと面白かった。
そのままふらふらと回り込むと、肩肘をつく彼のそばに、彼とわたしの親友が仲睦まじくしている様がよく分かる写真立てがあった。
最近のものらしく、見ているだけで幸せにあてられそうで、ちょっと複雑な気分にもなったけど。
「幸せに……なったんだね」
でも、それでも。
こうして彼が幸せにいてくれているのが分かって。
安心と嬉しい気持ちが断然大きくなる。
これなら、うん。
安心して、わたしも眠れるよ。
なんて、ちょっと達観した気分になった時だった。
ふわりと、一陣の風が吹いて、クリーム色のカーテンが彼にかかる。
「……ん?」
それで目が覚めたのか、起き上がる彼。
わたしは、思わず隠れようとして、そんな彼と目が合ってしまった。
「あれ? きみは……ああ。そうか、会いに来てくれたんだね」
それは…、心地よいバリトン。
わたしは、彼が確かにわたしを捉えているのがわかって。
その時初めて、吟也さんの身体から抜け出し、もとのわたしに戻っていることに気づいた。
吟也さんは、気を遣って席を外してくれたのかもしれないな、なんてことを思う。
どうやってかは分からないけれど。
目の前の彼は、今まで誰にも見えなかったわたしが見えるらしい。
「なに当然のように言ってんのよ。そ、それに、わたしはあの子のことが心配でっ、あなたのところに来たのはついでなんだからね!」
「ふふふ。そんなところも変わらないんだね」
「当たり前でしょ。変わってんのはそっちじゃないの……って! ち、ちょっと!?」
わたしが膨れてそう言うと、彼は何を思ったのか。
ダンディな苦笑を浮かべ、いきなりわたしを引き寄せ、抱きしめてきた。
まるで、ここまで変わったんだよって見せ付けるみたいに。
「来てくれて、ありがとう」
「……あっ」
そして、わたしの耳元で、そんな事を囁いてくれる。
彼は、知っているのだ。
ぬくもりを知らなかったわたしが、そうされるのが大好きだってことに。
わたしは単純だから。それで満足しちゃったんだろう。
自分の身体がだんだんと霞み、消えてゆこうとするのを悟る。
「また、会えるかな……」
それは、まるで昔に(わたしにとっては最近だけど)戻ってしまったかのような、彼の囁き。
わたしをふったくせに調子いいなあなんて、思いつつ。
わたしはそんな彼に向かって……。
「そうね。またそのうち会いにくるわ。その時はわたしの自慢の彼も一緒に連れてくるから」
「……はは」
わたしが片目を瞑ってそう言うと、彼は苦笑して。
ちょっとだけ複雑そうな顔をする。
わたしは、それをしてやったり、なんて思って。
わたしがその世界から消えたのは、その瞬間だった。
それは、決して悲しいものなんかじゃない、希望のある……夢。
わたしは、この世界で過ごした日々を、忘れないだろう。
大切だったひとはもちろん、こんなわたしを助けてくれて最後まで後押ししてくれた赤い髪の、笑顔がステキな男の子のことを。
※ ※ ※
―――『ありがとう、吟也さん』。
僕は、そんな最後のとてもきれいな声と純粋な心を持った少女の言葉を受けて。
全てを見届けると、何だかすがすがしい気持ちで、その場を後にする。
僕は僕で、この後厄介そうな後始末がいくつも残っているのだ。
大いなる野望のためには、休んでなどいられなかった。
「……とは言え、正直マジしんどい」
そう言えばあのはた迷惑な試験は終わったのだろうか?
もしこれで終わっていないのなら、文字通り抵抗すらままならない。
悲しき定めのサンドバックだ。
さすがに死にはしないとは思うが……。
「ま、かったるいし、初めに捕まったもんに泣きつこ」
僕はあえてそんな事を口にして、自らを鼓舞するように歩みを進める。
すると。全くさっきと同じ場所に、サユがいた。
その、なんだか置いていかれた迷子のような姿に、僕は苦笑を浮かべつつ、彼女の元に歩き出す。
「おーい、サユ? まだそんなトコ突っ立っとんかー?」
「……っ」
そう言うと、またしても同じビクつくようなリアクション。
声をかけただけでそんなリアクションをとられると、いささかヘコんでしまう僕であったが。
いつまでもそんな顔させとくのは自分のポリシーに反するとばかりに、さらに言葉を続けた。
「何? 向こうになんかあんの? そうやって入り口ふさいどるってことは」
「……貴女を、ここから先に通すわけには、いかない」
すると、まだ終わっていないですよって雰囲気満々なお答えが返ってくる。
なんだか滑稽に見えるそれに思わず苦笑しつつも。
それと同時に、未だ自分が女の姿でいることに僕は気付かされた。
そう言えば、効力は一日続くってサマルェのやつ言ってたっけか。
本当に長い一日だよ。
どうやら、その辺りでまたいろいろな誤解があるようだけど。
「それでも通るっていったら?」
「貴女の……命はない」
試しにそう聞いてみると、案の定そんな言葉が返ってくる。
僕はそれに溜息をつき、天丼になってまうけどしかたないか、と呟きなながら……さらにサユに近付いた。
「そうか、んじゃ、やってみぃや。ほれほれ、抵抗はせんで~」
「……うう」
さらに加えて降参のポーズをしてそう言うと。
何故かたじろぎ泣きそうな声をあげるサユ。
男には強気だが女には弱気になるところがあることを知ったのはつい最近で。
やはりいつもと違うそのリアクションに、面白い、と思ってしまった駄目な僕は、さらにさらに調子に乗ってゼロ距離まで近付いてしまうと、唐突にサユを包み込むように抱きしめた。
「ほらほらっ、いーから、いーからー」
「あうう」
こうなったら今までの恨み晴らさでおくべきか? なんて邪なことまで考え出す始末。
思わず緩みきった笑顔を浮かべる僕がそこにいたけど。
突然、ガガガガッ! と銃の乱射されるような音がして。
これも天丼やー! と歯軋りしながらサユを抱えてその場を離脱。
そしてすぐにサユを離して間合いを取る。
「外したか~……ちっ」
でもって、そんな事を呟いて近付いてきたのはよっし~だった。
「や、ややややあ、お日柄もよくっ……だ、誰でもいいとは言ったけど、本気で殺されるんはちょっとー」
僕が条件反射で震え上がってそう言うと。
よっし~はふっと陽だまりのような笑みを見せる。
とりあえず、のんびりモードのようだが、油断はできない。
何が起こってもいいように、そんなよっし~を見据え、構えていると。
よっし~はそんな僕を無視し、サユに向かって語りかける。
「もう、全て終わったってさー。ちょっと手違いがあったみたいで。それ、本物の吟也さんだから、刺し入れちゃってももうまんたい~」
「……なんだ、そうか」
眠くなるようなよっし~の言葉に続き、僕の理解できないところで理解しあい、頷くサユ。
すとんっ!
そんな二人のやり取りを、ボケーッと眺めていると。
いきなり僕の顔面すぐ側にあった煉瓦の柱に何の抵抗もなく、いつの間に取り出したのか、赤銅色のナイフが深々と突き刺さって。
「……次は貴様だ」
「ひ、ひぃーっ!?」
何でって考える間もなく、僕の身体は動いていた。
いつもの調子に戻ったサユに、ちょっと安心しちゃてる自分が嫌になりながらも、行く先もわけも分からずがむしゃらに足を動かす。
「あ、えせ関西弁のお兄さん」
すると、そんなこんなで女子寮に入り込んでしまったらしい。
そう呼ばれてピタリと立ち止まり、顔を上げると、女子寮の玄関のドアに寄りかかるようにして、見上げてくるサマルェの姿があった。
「……」
おまえそんなとこで何してんねん、と言おうとして。
しかしその扉の向こうから、扉を叩く音と、誰かの声が聞こえたので。
すぐさま話題を切り替える。
「ん? ……サマルェ、後ろで何か騒いでんで? そこにいてええんか?」
「そ、そうですか? 聴こえないですけど」
僕の言葉にそらとぼけるサマルェ。
まったく役者やな。
僕はそんなサマルェを見て感心すらして言葉を続ける。
「そうなん? 僕にはあんさんの大好きな姉様が出せ出せ騒いどるようにも聞こえるんやが」
「そ、そうですか?」
「そや、吟也とすぅも遊びたいよ~って」
「……嘘ですよね?」
「そやな」
そうして会話をしていくうちに。
ほんのわずかだが、最初よりもさらに扉を押し込むように、塞ぐように前に立つサマルェ。
「……サマルェ・ヴァレス?」
「な、何ですか?」
そこでいきなり普段使うことのない低い声色で、恐怖のフルネーム呼びをすると。
イタズラがばれた子供のように硬直するサマルェ。
僕は、それに答えるように、畳みかけるように、決定的な一言を口にした。
「なるほどな。すぅを守りたかったんか?」
「……」
確信を持ってそう言うと、サマルェは恐る恐る僕を見上げてくる。
「なんや? よっし~とかに聞いてないんか? もう終わったんやって。かわいそうな吟也くんが、かわいそうな目におうたんは、誰かさんの手違いだったそうやで?」
考えるに、女性化してしまう魔法料理ですらカモフラージュだったのだろう。
隠したかったのは、例えば……対象に憑き物が憑いているかどうか分かる魔法料理、だろうか。
その効果はきっと、もし何かがついていれば、その対象が赤く発光するのだ。
だとすると、おそらく生徒全員に試さなければ意味がないだろうし、(これは結果的に僕が当たりだったので、他のものに迷惑をかけたわけではないからまだいいが)魔法料理の効果は二つ以上同時に現れないというのも嘘ということになる。
まあ、僕にしてみれば、そうだろうなとわかっていて最後まで付き合ったわけだからどうこう言えないのだが。
それにそもそも、これらの考えは全て、僕の想像の域を出ない。
証明してみろと言われても無理なので、こうしてサマルェをいぢめているわけなのだ。
「……」
そう言うと、僕を見据える視線が一層強いものに変わる。
僕はその黒い瞳の中に、一瞬だけ普段のサマルェと違う色を見たような気がしたが。
「ああ、テストのことですね? なんだ、もう終わっちゃったんですか? 逃げ回る吟子さん、ぼくも見たかったです」
なんて、にっこり笑うものだから、何だか調子が狂ってしまう。
よっし~をけしかけ、あるいは自身の手で詩奈を襲ったのはお前か、サマルェ?
本当に聞きたいのは、そのこと。
ただ、その帽子に隠された髪が黒であること、くらいのもので。
ちゃんとした証拠は何もないし、やっぱり僕の勝手な想像である。
僕が、そのことを言及するかどうか迷っていると。
サマルェはどう思ったのか、いきなりひょいと、玄関前から移動した。
するとそのとたん、バターンッ! と扉が開いて。
「すぅも、吟也と遊ぶですっ!」
「……ぐはあっ!?」
蹴破るつもりで? タメをつくっていたのか。
その瞬間、クラシックショコラの髪を羽根のように揺らしながら、そんな事を叫んで飛びしてくる、男子用の制服を着た少女、すぅことスゥラ・オージーンの姿が目に入った。
すぅはとんでもない速さで僕のお腹に頭から突っ込み、一緒になってごろごろときりもみしながら、十メートルは転がっていく……。
「あ、吟也! どうして寝てるですか?」
「……うぐぐぐぐ」
そして何事もなかったかのように馬乗りになって、ブルーベリィの瞳を嬉しそうに輝かせながらそんな事を言ってくるすぅに。
僕は突っ込みやらなんやらいろいろ言いたかったが、それらは全て苦しさのあまり言葉にならなかった。
……と。
「吟さんついにダウ~ン。カウント、ワン、ツー、スリーっ、カンカンカンー。スゥラ・オージーン選手勝利です。 試験クリアーです。そんなスゥラさんには。 臨時試験協会から、特典がおくられまーす」
いきなり、そんな声が聞こえてくる。
もう一人の、今回の件全てを把握しているかもしれない相手。
だから、そんな状態になっても、人というものはやろうと思えばやってやれないことはないらしい。
突然の、あまりといえばあまりな新たな闖入者のその声に、僕はついに爆発した。
「くるあーっ、おまいかーっ! この諸悪の根源め! さては全て何もかもお前の仕業やな! 何が臨時試験協会や! あんな特典きいてへんぞっ! あの写真は秘密や言うたやろーっ!」
がばあっと大魔神が変身するように起き上がった僕は、乗っかっていたすぅを跳ね飛ばし、今をもって降りかかった厄介ごとの全てを、目の前で人を食ったような笑みを浮かべる、坂額恵美……通称えっちゃんのせいだと決めつけ、そう叫んだ。
まさしく異議あり!と宣言でもしそうなポーズをとって。
「ぐふふ。ばれちゃーしょうがあるめえー」
すると、えっちゃんは、そう言う僕の言葉に含まれる真の意図を悟ったのか。
真っ向から受けて立つとでも言うように、底意地の悪そうな表情のまま、それでも顔に似合わない笑みをこぼす。
そこにはもはや、何人たりとも入り込めないような殺伐とした空気があって。
「ザッツ、エスケープ!」
「逃がすかああああああっ!」
マイペースそうな見た目とは裏腹に、ものすごいスピードで逃げ出すえっちゃんを、僕は負けるわけには行かぬとばかりに追いかけてゆく。
「えっと……」
「わーい、吟也と一日食い倒れー、吟也のおごりで食い倒れ~っ」
なんだか複雑な表情を浮かべたまま呆然とするサマルェと。
何も知らず能天気にそう口ずさむ平和なすぅが、ただその場に残されて……。
(第46話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます