第40話、そんな風に悪趣味な意地悪をしていると、嫌われますよと怒られる



そして一方では。

セツナが、ヒロと同じように少女の姿をした僕を……それ以上先のない屋根の上に追い詰めていた。



「追い詰めました。……これ以上の抵抗はしないことをお勧めします」

「あはは。まいったな、もう。僕もこれまでみたいやね」


僕はセツナの有無を言わせないような高圧的な物言いに、苦笑して両手を上げる。

いわゆる、降参のポーズだ。



「それで、どうするんや? 抵抗せんでも消すんは間違いないんやろ?」

「それも……貴女次第です。貴女はどうしてこの世界に来たのですか? 何故、吟也さんに取り憑いたのです?」


あっけらかんと他人事のように、言葉をぶつけてくる僕に。

セツナはそんなことを聞いてきた。

セツナが、お遊びの試験ではなく、詩奈が目的だと分かったのはその瞬間で。



「そんなん何故って言われたって分からへんよ。気付いたらここにいて、気付いたら……こうなってたんやもん。そっちこそどうなん? 何でこないなことすんねや? どうせ最期なんやから、教えてくれてもええと思うんやけど」

「それは……」


何のためにやっているのか。

セツナはそう訊かれて、すぐに答えることができないようだった。

それはきっと、彼女自身が詩奈を襲ったその人ではないからなのだろうけど。



「それは貴女が、この場所……世界に存在してはならないものだからです」


代わりに出たその言葉のなんて軽いことか。

言ったセツナ本人ですらその意味を図りかねている、そんな言葉で。



「ふーん? そんなんや。お偉いことで。それじゃ好きにしてええよ。もう抵抗せんしな」


それでも、僕はそれで納得しておくよと言わんばかりに。

上げていた両手を広げ、セツナを受け容れるように手を伸ばす。



「ほんなら、ばっさりやってくれや」


そして、そのまま一歩一歩セツナに近付いていく。



「……っ」


だが、セツナはそう言われても刀を構えることも動くこともできないようだった。きっと、本気で切るつもりなど毛頭なかったんだろう。

目の前にいるのは元々は僕の身体だし、気絶……あるいは行動不能にさせて連れて行けば、なんて思っていたのかもしれない。


なのに、セツナは無抵抗に立ちはだかれて、そんな行動すら起こせないみたいだった。

僕はともかくとして、中にいる存在は消え去ることに変わりはない。

きっと、その本人に殺す理由を問われて、その答えがセツナの中になかったんだろう。



「何してんねや? ほら、もうすぐそこやで。一突きすれば終いや」

「……っ!」


さらに、そう考えているうちに、少女の僕はセツナの懐に入ってしまう。

そのまま抱きしめられるような体勢になり、セツナは声にならない声をあげて。


硬直しうろたえる、その瞬間。

僕が笑みのまま手を伸ばしたのは。

セツナが右手に持つ『漆黒・十六夜』。


奪われる!と思っただろうセツナは、一瞬身体をこわばらせたが。

逆にその手を柔らかく包み込まれ、さらに狼狽していて。


「できないのなら……ジブンでしたるわ」


そう、言われて。

ぐっと腕を引っ張られて。

ずぶり、と刀が僕を貫いても、セツナは動けなかった。



「どう、して……?」


やっと動いたのはその唇。

そんな疑問の言葉。


「どうしてだって?」


かすれるようなセツナの言葉を。

刀を生やしたままなのにもかかわらず、朗らかに反芻する。



それから僕は。

それに答える、決定的な一言を、口にした。



「あんさんの、足止めに決まっとるやん」

「……」


セツナは言われた言葉の意味が理解できなかったんだろう。

そんな中、急にズンと刀が重くなって。

よくよく視線を向ければ。そこには今まで僕だったドロドロな鉛の塊がアメーバのように張り付いているではないか!



「……っ!」


そして再び。

彼女の声にならない叫びがその場に木霊して……。



             (第41話につづく)






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