第28話、本当は、マジックアイテム(ポーション系)使いの規格外



しばらくして辿り着いたのは。

生徒百人は楽に入れる、食堂というフレーズが似合わない豪奢なレストランのような場所だった。

無駄に気質の高い赤胴張りの扉を開くと、そこにはそれなりの人数でにぎわっているのがわかる。



「……さて、サマルェは厨房のほうかな?」


そんな事を呟きながら辺りを見回していると、ちょうどその厨房から長い長いコック帽を目深に被り、薄紅ウェーブの髪をしっかり仕舞っちゃっている、白のフリル付きの紺色のエプロンドレスを身に纏った小柄な赤目の女の子が、デザートらしい紫色のソースがまぶしい一品を台車に乗せて出てくるのが見えた。



「おーい、サマルェ、おはよーさん。ちょっとええか?」

「あ、関西弁のお兄さんっ、おはようございます。……ちょうどよかったです」


吟也がそんな風に声をかけると、はっと顔を上げ、嬉しそうな表情を見せてからそう言うと、台車のストッパーを降ろしてとことこと僕の元へとやってくる。


「何か御用ですか? 朝ごはんのオーダー? それなら今新作が完成したので、皆さんにご披露しようと思ってたとこなんですよ」


そう言ってサマルェこと、サマルェ・ヴァレスは小首を傾げるように台車に乗ったデザートを示してみせる。

よくよく回りを見てみると、そこで食事をしている全ての人のところに、そのデザートが添えられていた。笑顔で舌鼓を打ちながら談笑している人もいるし、評判はすこぶるいいようだった。


サマルェは、当然僕と同じ、ジャスポース学園の学院生の一人だが、クラスは別だった。

とはいえクラスが今となっては数クラスしかないことや、合同授業が多いこともあって、比較的仲のいい友人の一人でもある。

そんなサマルェは、料理に天賦の才を持っており、こうして地元のコックさんと混じってここで料理を皆に振舞うのが常で。


「ああ、それか? 何やうまそやな。ムースか何かか?」

「これは白ごまプリンです。その上にラズベリーソースをかけてみたんです。名づけて『秘密のラズベリーソース』、ですよっ」

『おいしそう……』


身を乗り出し、解説を始めるサマルェに、独り言かなんなのか、そんな呟きを漏らす詩奈。

何はばかることなく、目の前のスイーツに感嘆のため息をもらす詩奈。

なんとなく気になって、サマルェのほうを窺ったけど、やはりその声は、僕自身にしか届いていないみたいだった。

サマルェは、変わらぬ様子でソースは情報(ソース)とかけてるんです、なんて得意げに解説を続けている。


「ふーん、ほないただいとこか。……ふむ。このゼツミョウなすっぱさが絶妙やな。その魔法の料理につこてるみたいな、ネーミングセンスは、どうか思うけど」


僕は二人の言葉を受けて近くの席に座ると、真っ白なお皿の脇に添えられてあったスプーンを掴み、一口いただいてからそんな事を言う。

先ほど話した様々な魔法効果を起こすサマルェの作る料理は、悩める学園生たちの頼みの綱として、愛されていた。

ただ、やはり魔法が絡むせいか、何が起こるかわからないというか、不完全なものが多い。

僕はここ最近、その不完全な料理を完全なものにするため、不幸な生贄……ようは味見役の任を受けており、その効果の大きさは、十二分に理解しているつもりだった。


だからこそ、僕はその料理の力を使って、詩奈の記憶を取り戻せればと思っていたんだけど。

僕は、その後に聞いたまるで邪気のないサマルェの言葉に、絶句する羽目になる。



「あれ、そうです? 魔法料理の中でも結構気に入っている名前なんですけど」「え? 魔法りょ……っ!?」


僕の言葉は最後まで届かなかった。

急に視界がぼやけ、サマルェが幾重にも見えるような錯覚に陥り、僕の意識は激しく浮き沈みを繰り返す。


確かに新作だとは言ったが、これが魔法料理ではないとは一言も口にしていない。

それを特に考えもせずに口にしたのは確かに僕自身ではあるが。


「くっ……気ぃぬいてたわ……」


これは何の魔法料理だと言おうとした僕だったが。

そんな僕を見て、何故だか驚きを隠せない風の、サマルェの姿が目に入った。


自分でやっておいてなんですのとは思ったが。

逆に僕のリアクションがオーバーすぎてうろたえているとも、言えなくもない。


『吟也さん!? どうしたんですかっ?』


当然のように心配そうな声をあげる詩奈。

どうやら中にいる詩奈には何も影響がないらしい。

僕はそんな詩奈にも間接的に答えられるよう、何とか意識を保ちながら口を開いた。


「……この感覚、何かに変形する……タイプのやつやなっ」


僕は以前、カエルになったりサボテンになったりするタイプの料理を試食したことがある。

それと感覚が似ているから、おそらくそういった類のものだろうと考えていた。

それをすぐにわかってしまう自分が何だか悲しかったが。

それより何よりも、僕にはサマルェに訊かなければならないことがあった。

だから、なんだか戸惑っているようにも見えるサマルェが、前の言葉に答える前に。最後の力を振り絞って、言葉を挟みこんだ。


「まあ、そんなんはええねん……一コだけ聞いといたる。これ、他のもんには食わせてないやろな?」


それは、些細な約束だった。

僕自身には、何喰わせたっていいから……他の奴らにあまり迷惑をかけるな、というもの。

少々悪戯好きなところのあるサマルェは、それで過去に一度、問題を起こしたことがあって。

魔法の料理を希望しているならともかく、試食でもドッキリでも自分が全てやってやるからと、半ば一方的に僕がした約束であった。



「……はい、大丈夫です」


僕がそう言ってサマルェから視線を外さず見つめていると。

サマルェも視線を外すことなくそう言って、しっかりと頷いてくれる。


「そか……なら、よし」


ホントは全然よくないのだけれど……。

これも自分の責任だと言わんばかりに満足そうに頷いたところで。



僕の意識はそのまま闇の中へと沈んでいって……。



             (第29話につづく)






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