第26話、それはまるで、失われていたもう一つの翼を取り戻したかのような




僕は、意識して自らを落ち着かせるように努めて。

そもそもどうしてそんな事になったのかを考えてみることにする。



「う~ん。ま、この世界ならこんなこと日常茶飯事って言えなくもないんやけど……どうしてこんなことになったんやろ?」

『それは多分、昨日のことが原因だと思うんですけど……』

「昨日? あ、もしかして、昨日聴こえた助け求めとる声って、君やったんか?」


自信がなさそうにぽそりと呟く声の主。

だが僕は、そう言われてすぐにピンと来た。

ついでに快眠中のカインを起こさないようにクローゼットの開け、話題に上がった昨日の現場へと直行する。



『ええ。……そう、そうですっ。わたしの声を聞いてわたしに手を差し伸べてくれたの、やっぱりあなただったんですね?』

「助けた? 君を僕が?」


何だか嬉しそうな声の主に、そんなことあったっけかなあと考えてみる。

確かに僕の耳に助けを求める声は届いたが、その声の主である彼女の姿はどこにもなかった。

かわりに昨日この場所で見たのは、白く光る炎のような存在感を放つ何か、だ。

それは僕が触れることで消えてしまったわけで。



「あっ、さよか。あれが……いや、うん。そやな。思い出したで。確かに君の呼びかけに応えたんは僕や」


ちょっとだけお茶を濁すように、それでも頷いてみせる僕であったが。

その実心の中では、全ての線が一つに繋がった感じがあった。

昨日見たあの白い炎こそが、今聞こえる声の主そのものだったのだろう。


分かりやすく言えば、彼女が魂そのもののような存在だったのかも知れない。

彼女の言葉から判断するに、そのあたりの自覚はないようだったから、僕はそれを敢えて口にはしなかったけど。


そんな彼女が今こうして僕の中にいるのは。

昨日が僕が触れた時に、憑依……とは違うのかもしれないが、入り込んでしまった結果なのだろう。



―――見えないのに、そこにいる存在。


僕の心に住る存在。

彼女がどうしてそんな目に合っているのかは正直分からなかったけれど。

それを受け入れた僕には、一つだけ分かることがあった。

だから僕は、それを口にする。



「それでや。助けを請うたっちゅーことは、僕が助けなあかん何かがあるってことやろ? 僕は君の何を助ければいいんや?」


それは驚くほど自然に出た言葉だった。

いつもなら心中に照れが燻る言葉にも、躊躇いがないのは。

いつの間にか消失していた、乾きのせいかもしれない……なんてことを思う。


『助けて……くれるんですか?』


ちょっと驚いたような、少女の声。


「はは、何を今更っちゅー話や。助ける気がないなら、こんなこと言わへんって」


本当は、彼女が僕のことを起きるまで待っていたくらいだし、その助ける内容以前に、彼女には僕から出て行く……あるいは離れる術がなく、僕自身にそのことを含めて頼るしかなかったんだろうということが考えられたが。


当然のごとく、そんなことは口にしなかった。

まあ、僕自身、彼女を助けることに嘘偽りがないのは確かだ。


それが、僕のアイデンティティーだというのももちろんあるが。

それよりも深く僕の心の中に、彼女を助けるという選択肢しか存在しないということがあっただろう。


その強い気持ちは、何となく少女にも伝わったらしい。

ありがとうございます、と。

感極まった感謝の言葉を文字通り、僕の心にダイレクトに響く声色で述べた後。

彼女はぽつりぽつりとことのいきさつを語り始める。



曰く、彼女はどうやってこの世界に来たのかが分からないということ。

初めは、夢か……それこそ死後の世界だと思い込んでいたらしい。


それならば何故ここに来たのか。

それはこの世界にいる大切な人に会うためだと言う。


そのことについては、彼女は特に強い確信を持っていたので言葉の通りなのだろう。


だが一つ、ここで問題が起こった。

どうやら彼女、その肝心な大切な人が誰なのか覚えていない……いや、忘れてしまったというのだ。


よりにもよって都合の悪い、そう思わざるをえなかったが。

彼女がそんな風に忘れてしまったのにはわけがある。

それこそが、僕に助けを求めた大きな理由の一つでもあるのだが、この世界を……大切な人求めて彷徨っていた彼女は、突然何者かに襲われたらしいのだ。


彼女は圧倒的な力のもと、殺されかけ……そのショックで記憶をいくつかこぼしてしまったみたいで、ここに来るまで何をしていたのかとか、何者なのかすらも覚えていないという。

そして、もはやこれまでかと思った瞬間、僕の登場というわけである。



「ふーむ、大体事情は把握したけど、それでその、君を襲ったやつのことやけど、顔とか見なかったんか?」

『ごめんなさい。はっきり見えなくて、まっくらでしたから。でも確か……黒い髪のひとだったと思います』

「黒髪、ねえ……それだけじゃちっと弱いわな」


何せ生徒だけでも黒髪はそれなりにいる。

しらみつぶしに探すとなると骨が折れそうだなと、途中まで考えて。

そもそも犯人捜しが彼女の目的ではないだろうと判断し、それ以上はそのことを考えるのをやめた。


「ま、いいわ。とりあえず犯人探しが目的やないしな。それよりも君の……」


大切な人というのが誰なのかを思い出し、探すほう先決やな、と言いかけて。

僕は今頃になって人と人とのコミュニケーションに不可欠なやり取りをしていないことに気づいた。


「ああ、君、やないわ。僕今まで何してんのって感じやったわ。自己紹介の一つもしてへんやないか。堪忍な。僕の名前は紅恩寺吟也、ここの学院の生徒をやっとる。専門は【金(ヴルック)】の属性に関する魔法、能力、奇跡、諸々や。成績は下から数えてベスト10ってとこで、趣味はメカいじり、道具の修理ほか様々。夢は……まあ、そのうち教えたるわ」

『わたしは……その、えっと……』


僕がマシンガンのように捲くし立て、そんな自己紹介を終えると。

そのバトンを受けた少女は、何故か悩むように固まってしまった。


「あ、もしかして、ジブンの名前も忘れちゃったとか?」

『…………はい。その、ごめんなさい。せっかく自己紹介してもらったのに』


何とはなしにそう言うと、とても悲しそうな口調でそう返してくる彼女。

僕は、それを覚えていないのではなく……言えない理由でもあるんじゃないか、なんて思っていたけど。


それならそれで仕方がないとばかりに、明るく言葉を続けた。



            (第27話につづく)






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