第21話、いつの間にやら雨は上がっていて、固まったのは誓った友情



寮とかその他の施設には別の屋上があるのだろうが。

校舎の屋上と言えば一箇所しかない。

随分ベタなロケーションだなあって思いながらその場所に来てみると、いつのまにか晴れ間が見えており……熟れかけの太陽が望んでいた。


すぅは何をするでもなく、そんな太陽を見上げていて。

そのままその太陽めがけて翔んでいってしまうような気がして、僕は思わず声をかけた。



「何や、すぅ。こんなとこにいたんか……休憩か?」

「あ、吟也くん、もう大丈夫なの?」

「まあな、おかげさんで」

「そっか、良かったです。あ、えっと……すぅ、ここには良く来るのです。ほら、空が近いでしょ? 心を落ち着けたい時にはぴったりの場所なんです」

「……」


心を落ち着けるってことは、何か心穏やかやない事があったってことなんだろう。

それを訊いてもいいものかどうか僕が悩んでいると、すぅは思いついたようにふと口を開いた。



「あ、吟也くん、今回の試験、ダントツ一位なんですよね。その、おめでとうです」「あ、ああ。どうもな」


何さ、そのいかにも前フリですっていう会話はっ。

僕がそんな感じで戸惑っていると、すぅはそれに気づいた様子もなく言葉を続ける。



「それであの、その。すぅ、吟也くんに……言いたい、ことが」

「……」


その途端、どんどんどんどんと動悸が治まらず高騰していくのが分かる。

な、何? そのいかにもこれから大事な事話しますって顔は!

まさか、このシチュエーションは、ひょっとしなくてもひょっとするのかっ?

僕がそんな事を考えながら、先を促すために黙っていると。

やがて意を決したように、陽の色をまとって紅潮する顔を上げて。



「あの、すぅと……すぅとお友達になってください!」


……と言った。 



「……あれ?」


しばらくして出た僕の声は、とんでもなく呆けたものだったろう。

え? 何これ?

僕……告白する前から、断られとんの?

友達としか見れない的な?


って、ちゃうやろ!

そもそも告白するって何やねん。

僕は自分で自分に突っ込みを入れながら、混乱する頭を整理する。



「あのっ、駄目……ですか?」


テンパって言葉を失った僕が、何も答えないことを不安に思ったのか、悲しそうにすぅはそう訊いてくる。

その表情で、冗談を言ってるわけでも、間違えているわけでもないと理解した僕は、なんとか我を取り戻し、言った。


「友達? ともだちって言ったんか?」

「……はい」

「なってくれも何も僕たちとっくのまに友達やなかったんか?」


そう最初に言ったような気がしたんだけど。

僕だけ友達と思い込んでたんだろうか。



「え? だって吟也くん、ここに通う女の子とは友達になれないって言ってたから……」

「うっ」


そういやそれも言ったっけ。

すぅの前でそんなこと。

いつの間にやら、性別を隠そうとしてない様子のすぅに、少し首を傾げた僕だったけれど。


一度出た言葉は取り戻せない。

それを強く感じて僕がヘコんでいると、しかしすぅはちょっと微笑みを浮かべてみせて。


「でも、その後吟也くん、自分が強くなったら、すぅたちより強くなったら考えるって言ったですよね? それで今日、吟也くんがテスト一番だったから、もう大丈夫なのかなって思って……」


僕はすぅの言葉を聴いてはっとなる。

確かにそれも言った。その時はそのつもりなかったけど、今は逆にそれも悪くない、いやむしろ喜んでって思っていた。


「そう、やな。間違いなく言ったわ。じゃあこれで、すぅとは友達や。男に二言はない」

「本当ですかっ!」

「ホンマや」

「やったーっ」


僕がそう言うと、すぅは子供みたいに飛び跳ねてバンザイして喜びを表現する。

こいつは成績トップの優秀な奴なのに、何でこんなにズレてるんだって思ったが。

こんなに喜んでるのを見るのも悪くないかとも思えた。


でも……。



「これってやっぱり最初にすぅがこの学院入って来た時の口約束と変わらへんよーな」

「ううっ」


突っ込んだ瞬間、失言に気付く。

何で言わなくていいことを言うかな、この口はっ!

みるみるうちに沈んでいくすぅに、罪悪感を覚え、どうにかしなくちゃって考えて。


僕に、一つの天啓が訪れる。



「そ、そや、いい手があるで。ちょっと付いてきてくれるか?」

「は、はい」


すぅは僕の言葉の勢いに流されるようにこくこく頷く。

そしてすぐに僕らは連れ立ってその場所へと向かった。

着いた場所は、自販機のある……あの休憩室。


僕はそこにある、苦くもなく甘くもないストレートの缶コーヒーを二本買った。

そしてその一つをすぅに手渡す。


「多分な、友達になるっちゅーことはそう簡単に証明できることじゃないと思うねん。友達になろかって言葉で言い合うんも、やっぱり何かちょっと違和感がある気、するしな」

「違和感?」


すぅは、受け取ったコーヒーを転がしながら、僕の言葉を反芻する。


「そう、違和感や。友達は、なろうって言ってなるもんやない。気付いたらなってるもんなんやって、やっぱり僕は思う」

「すぅ、気付けるのかな? 言われても分からなかったのに」


それはきっと、僕の事を言ってるんだと思った。


僕はその煙る雨の降る、始まりの日。

口約束にも足りない流れやすい言葉ですぅに友達になると言った。


しかし、僕の言葉には、実感が……真実が伴ってなかった。

だからすぅは流され、その言葉が信じられなかったんだと思う。

でも……今なら、その言葉に力を込めて、真実をもって言える気がした。


「言葉は流れ薄れてしまうから、実感が持てない……信じられなくなる。なら、誓えばええんや。そうすれば覚えておくことができる。心に、留めることができるんや」

「それは、どうすればいいの?」


祈るようにそう言って言葉を待つすぅ。

僕はそれを受けて、コーヒー缶のプルトップを開けた。


「この缶コーヒーが、僕とすぅの友情の証や。いつか離れる時が来ても、お互いを忘れるようなことがあっても、このコーヒーに誓った友情は、これを飲むたびにはっきりと思い出せる……そんな誓いをするんや」

「誓い……そっか、そうなんですね。それならちゃんと分かります。すぅたちが友達だってこと、分かるです。何だか凄いな……目に見えないと思ってたものが、見えるようになったみたいです」


すぅは僕の同じ行動をして一つ一つ確認するかのように呟く。

それはさながら僕の言った誓いを、心で感じているようだった。


「目で見える……五感で感じられるような言葉が誓いっちゅーこったな」


そして僕らは、グラスで乾杯をするかのように缶をぶつけ合い。

その苦くもなく甘くもないただまっすぐなコーヒーの味を楽しんだ。



僕はその日のことを忘れないだろう。

他人ほど苦くなく、恋人より甘くない。


ただただ真っ直ぐに友達であることを誓った日のことを……。



             (第22話につづく)






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