第13話、少し顔を見ないうちに何だかやさしく思えてしまって



僕は今さっき手に入れた鍵を、おもむろに差し込む。

すると、その扉が開くとともに、このフロアにあるスピーカーの電源が入った。

僕は開いた真鍮製の扉に寄りかかるようにして天井を見上げ、声を上げる。


「もしー? こちら紅恩寺。ただいま到着したでー」

『……遅いっ! 何をもたもたしてるんだ貴様はっ!』


最初に聴こえたのは、サユの声だった。

すぅ以外にはまるで関心がない様子だったので意外といえば意外なリアクション。



「何って、こちとら一人でしんどいねんで。時間制限ないんやから少しくらい堪忍せいや」

『……次のフロアから魔物のレベルが上がるようですけれど、問題はありません?』「ないない、モーマンタイや」


僕はセツナにそう答えながら足を投げ出し、座り込み、血と汗がこびり付いた鬱陶しい髪を振り払う。


『ほんとに? ほんとに大丈夫ですか?』


疑いより心配気な気持ちが伝わってきそうなすぅの言葉。


「ああ、まあ……強いて言えば熱うて熱うて適わんな。白くま喰いてー」


止まらない血と汗で歪んだ視線の先には、煮え滾るマグマの如き炎の海。

それは、僕が放った中級火炎魔法……【ボルカノ・カムラル】によるものだった。その中でたくさんの魔物たちが苦しみ悶え、消えていく……。


これが映像なしの無線で良かったわ。

かっこ悪いトコ、見せずに済むしな。



『……わたしたち、もう次のフロアに行こうと思うんだけど、どうするの? ちょっと休む?』


僕は、そんなヒロの言葉を聞き立ち上がった。


「かまへんかまへん。さ、どんどん次行こか」

『そう? じゃあわたしたちも行くね。ここからは余計に油断しちゃ駄目だよ』


こうして声だけ聞いてると分かっていたけど可愛い感じがしかしないでもないヒロの声。


『……そろそろ疲れも溜まってくるころだろう、集中力を切らすなよ』


さりげなく一番大事なことを注意してくれてるサユ。


『次はおそらく私たちが先に着くと思われますが……スピーカーの電源は入れておきますので、着き次第声をかけてくださいな』


何だかんだ言って待っててくれるんだなって思える、セツナの言葉。


『あの、その……頑張ってください!』


そして、ただひたすら真っ直ぐに励ましてくれる、すぅ。


「……ああ、了解や!」


僕は四人のそれぞれの言葉に力強く返事を返す。

流石に一人は結構堪えていたけど。

何からしくないって思える彼女たちの言葉が、力を与えてくれるような気がしていて。


そんな考えを胸に抱きつつ。

僕は四番目のフロアへと、足を踏み入れたのだった。




四番目のフロア自体は、あまり変わってはいなかった。

ただ、白と青が織り成す岩石状の煉瓦でできたそのフロアの中心に、一体の魔物が佇んでいる。

そいつは青いたてがみのライカンスロープのようだった。

右手にレイピアをぶら下げ、ねめつけるようにこちらを見ている。


一体ということは、それだけ力を持ったレベルの高い奴なんだろう。

なんて思った瞬間、ふっとそいつは消えた!


(下っ?)


僕はとっさに反応して、ワンハンドソードを振り下ろしたが。

あまりの速さについていけず、腕に鈍い痛みを覚え、剣を手放してしまう。



そしてその刹那、隙を突くように僕の顔めがけてレイピアが迫ってくる。


「……っ!」


僕は間一髪それをスウェーし、その反動を利用して呪を紡いだ。


「炎の烙印よ、敵を焼き印せっ!【スカー・カムラル】ッ!」 


【炎(カムラル)】の魔力爆ぜる音と衝撃に、そのまま僕は弾き飛ばされる。

それでも何とか体勢を直すのに成功した僕が見たものは、剣先だけを焦がした獣人の姿だった。


(あれを、レイピアで防いだやと?)


なるほど一匹でいるだけはあるらしい。

ここに出てくる魔物たちは、大抵過去に存在したものか、あるいは創造されたものたちだ。


僕が戦った中ではもちろん段ちに強いレベルのやつだった。

生半可な技じゃびくともしないってことを悟った僕は、気持ちを切り替え高レベルの魔法詠唱を開始する。


「紅髄玉に燃ゆる煉獄の宝石よ! 塞がりし障害に灼熱の裁きをっ、【カーネリアン・カムラル】ッ!」


魔力込めた叫びとともに繰り出したのは、僕がここで習った魔法の中でも単純に威力の高いものだった。

赤白い火炎弾が目標に着弾したと思うと、凄まじい炸裂音がし、そのまま青色の獣人を飲み込んでいく……。



(やった……か?)


いくらレベルの高い魔物とは言え、あれを受けて無事なはずはないだろう。

そう思い、僕は火山口のように燃えさかる地面が収まるのを待ち、鍵を探そうと一歩踏み出した時だった!



「……な、何っ!?」


とても近くでそんな音がして。

見ると、血塗れのレイピアが僕のわき腹を貫いていて。

ズブッと抜かれる衝撃によろめく視線の先には……僕の影から生まれ出た黒色の獣人の姿。


(こ、こいつッ……影をっ!?)


がくんと膝に力が入らなくなり、そのまま後退ろうとして。

何かにぶつかりはっとなる。

そこには本体の、もう一体の青い獣人がいて……。


(しまっ……!)


無慈悲にも振り下ろされる剣とともに……僕の意識はぶつりと途切れた。



             (第14話につづく)






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